Ⅳ-02 新ブランド立ち上げ






 それからは、怒涛のように日々が過ぎていった。


 戴冠式の翌々日、ジュエリーブランドの立ち上げが正式に発表された。

 前日の号外紙の効果もあり、ブランドに関する噂はまたたく間に首都中に広がった。




 新ブランドの商号についてはなんと、女王陛下直々に命名を賜った。

 【Starly Jewelerスターリージュエラー(星灯りの貴石店)】。

 儚げでうつくしい、煌びやかな宝石のイメージにぴったりの商号だった。


 その商号をうけ、わたしが研磨する宝石は【StellaMare ステラマーレ(海の導き星)】という固有のデザインとして売り出すことになった。




 【Starly Jewelerスターリージュエラー】の一号店は、中心街にほど近い並木通りの一角に建てられていた。


 お店のコンセプトのひとつが、職人の技巧を「見える化」することだった。

 店頭にも簡単な作業台があり、そこでも研磨や宝飾加工ができるようになっている。

 12月初旬の開店を目標に、店内は着々と工事が進められていた。


 わたしたち職人は、製品作りに追われていた。

 限られた人数で製品を作るので、利益率の高い質の良いものを多くつくることが求められる。


(大変だけど、ずっと石と向き合っていられるのは、しあわせだ)


 研磨工房からは、職人長ふくむ数名が引き抜きされていた。工房長マスターは、「俺はこの工房に骨をうずめさせてくれ」と断ったそうだ。


 ジェミニもいるので、以前のように仕事時間外で研磨をすることは少なかった。

 それでも工房で働いていた頃に比べると、研磨に費やす時間は圧倒的に増えていた。







 11月第4週のこの日は、感謝祭。

 ニューアミリア中がお祝いムードに包まれるなか、さらに喜ばしい報せが国内を駆け巡る。


「女王陛下がご懐妊された!!」

「女王陛下、バンザイ!!」


 サラ女王陛下が、皇太子となる第一子をご懐妊されたのだ。

 その報せは、開店を翌週に控えた【Starly Jeweler】 スターリージュエラー にとってはさらなる朗報となった。


「戴冠式の宝石をつくった魔女聖女の研磨師が、店を出すらしいな」

「あの魔女聖女が磨く宝石は、願いを叶えるって噂だぜ。なんせ、10年も子ができなかったサラ様がご懐妊されたのだから」


 噂はふたたび、またたく間に首都中に拡がり、開店前にも関わらず各所からの問い合わせが相次いだ。







 そしてとうとう、ブランド第1号店オープンの日がやってきた。


 午前の開店と同時に、お客様が殺到した。

 販売担当のスタッフが、嬉しい悲鳴をあげる。


「女王陛下のご懐妊がいい宣伝になったな!」

「昼前には在庫がはけるな。保管庫から運んで来よう」


 購入のためには来店予約を必要としてはいるものの、来店制限はなく、購入数にも制限はない。


 【Starly Jewelerスターリージュエラー】自体も価格設定は高めにされているし、【StellaMare ステラマーレ】に至っては他の商品の3倍ほどに価格が設定されている。


 それでも、初日に販売予定だった【StellaMare ステラマーレ】の商品は、午前のうちに売り切れてしまった。


 【Starly Jewelerスターリージュエラー】のそのほかの商品も、好調だった。

 超高品質の宝石の数々に、一流の研磨・宝飾加工とあって、普段は訪問での販売が多い上流階級の顧客の来店も多かった。


 もちろん、店舗での販売だけに留まらない。

 外国向けの商品は通常の3倍ほどの価格帯だったにもかかわらず、そちらも好評ですぐに売り切れとなったようだ。


 在庫一覧とにらめっこしながら、ジェミニと主任ワイアットさんが今後の方針を話し合う。


「【StellaMareステラマーレ】はすぐに在庫分が途切れそうだ……そろそろ受注生産に切り替えるぞ」

「承知しました」


 順調に思われた【Starly Jewelerスターリージュエラー】だったが―――問題は、ここからだった。




 お姉様は、ニューアミリア北部や西部の視察に出ていた従業員からの報告書に目を通し、ため息をついた。


「北部の街では、10倍近い値で転売されているって……東部では20倍の金額で売られているものもあるそうよ。

 それでもバンバン売れていたって」


 【StellaMareステラマーレ】の宝石は、通常では考えられないような価格での転売が相次いだ。


「転売目的での購入者が、想定よりも多かったようね……」

「やられたな。価格帯を大きく変えなかったのがあだとなったか」

「ここまで需要が膨れあがるなんて、想像できないわよ」


 転売への対応策が確立するまでは、受注生産の受付も一旦中止することになってしまった。

 新たにお客様に売ることができないまま、時間だけが過ぎてゆく。


(とにかくわたしは、磨き続けるしかない)


 わたしは、商売に関しては専門ではない。

 わたしに求められているのは、とにかくうつくしく、宝石を研磨することだ。






 その日は、12月の最終週、ホリデーシーズンの直前だった。


 朝からすこし、眩暈がしていた。

 あと少しで、受注分をつくり終える。

 かじかむ手を温めることさえも忘れて、研磨に没頭した。


 そうしてようやく受注分を作り終えたとき───そのままわたしは、意識をてばなした。


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