Ⅳ.魔女として、研磨師として

Ⅳ-01 お姉様







 戴冠式あとの首都凱旋パレードも、大成功だった。

 一日中あっちこっちと動いていたジェミニとわたしは、疲れ果てて眠り落ちた。

 その、翌日。


「ジェミニ! あんたこれ、どういうことよ!?」


 朝食を済ませた我が家に飛び込んできたのは、流行のライトグリーンのドレスを身にまとった、黒髪の見知らぬ女性。


「姉上、おはよう。朝から元気だな」

「呑気に挨拶なんてしてる場合じゃないから!」


 息まいて飛びこんできたその女性は、なんとジェミニのお姉様だった。


 お姉様は、商会の販売事業部のトップ。

 お会いするのは初めてだけど、商会が扱う製品の販売促進や広告を手がけていると聞いている。


「なにも知らなくて恥かいたわ!! どうしてくれるの!?」


 お姉様は、街で配られていたらしい号外紙を、バンッとテーブルに叩きつける。


 号外紙には、『光をはなつサファイアが新たな女王陛下を祝福』と大きな見出しが書かれている。


「なによこの、光るサファイアって!!」

「戴冠式が終わるまでは家族にも明かさぬようにと、商会長 父上 が決めたことだ」

「じゃあ戴冠式が終わったその日に、報告しなさいよ!!」

「悪い。姉上のことを忘れていた」


 状況がつかめず戸惑っていると、ローレンスさんが強めの咳ばらいをする。


 ジェミニは大きなため息をつくと、わたしに向き直った。


「ティアナ。私の姉の……」

「初めまして。しばらく海外に出ていたから挨拶ができていなかったわね。

 フローリア・ヴァンダーヴェルトよ。これから家族としてよろしくね」


 ジェミニの紹介を遮り、お姉様は自己紹介をしてくれた。


「てぃ、ティアナです。よろしくお願いいたします」


 お姉様の態度の豹変に驚きながらも、わたしは挨拶を返す。


「姉上は私と兄にだけ当たりがキツいんだ。基本的には良い人だ、たぶん」

「あんたがちゃんと報告・連絡・相談しないからよっ!!」

「姉さんに話せば疾風のごとく噂が広まるからな」

「ほんっと、ナマイキ! 昔はあんなに可愛かったのに……!!」


 やはり状況はつかめないが、2人は心底仲が悪いというわけではないらしい。


 ジェミニは、「さっさと説明しなさい!」と怒るお姉様を別室に連れていった。

 2人はそのまましばらく部屋から出てこなかった。







 数十分後。

 相変わらずの強い口調でジェミニをまくしたてながら、お姉様は部屋から出てきた。


「あんたちゃんと、この子に話しときなさいよ!」

「わかってるさ」

「じゃあね、ティアナちゃん。今度一緒にお茶でもしましょ!」


 ジェミニの返答など構いもせず、お姉様はわたしに手を振って家を出ていった。

 まさに、嵐のような人だった。







「ジュエリーブランドの……立ち上げですか」


 ローレンスさんが淹れてくれたお茶をふくみ、ジェミニはようやくひと息つく。

 そして、お姉様との話の内容について聞かせてくれた。


「あぁ。昨年から計画はしていたんだが、戴冠式の準備や鉱山の管理で手が回らなくてな」


 かねてより、新たなジュエリーブランドの設立を計画していたらしい。


 現在はヴァンダーヴェルト商会のいち部門として、裸石ルースや宝飾品の販売を行っている。

 その部門の一部を、ヴァンダーヴェルト傘下の新たなジュエリーブランドとして独立させるという計画だそうだ。


「その話を、戴冠式のレセプションパーティーで陛下に申し上げたところ……なんと王室御用達ロイヤルワラントの任命を頂けることになったのだ」


 王室御用達ロイヤルワラント


 その任命を受けた店は、王室に対する商品の提供が優先的に行えるようになる。

 さらには、王室御用達ロイヤルワラントとして紋章ロイヤルアームスを掲げることができるようになるという。


「今回宝飾品店として任命頂けるのは、うちが唯一だそうだ。非常に名誉あることさ」


 そもそも、王室御用達ロイヤルワラントの仕組み自体、独立戦争中は途絶えていた。それがこの数十年の間に、ふたたび制度として復活したようだ。


「それに、ブランド立ち上げ前に王室御用達ロイヤルワラントの任命を受けるなど、前代未聞。

 それほど、陛下は戴冠式の王冠を喜んでくださっているということだ」


 喜ばしい話だというのに、ジェミニの口ぶりも、表情も、重い。


「今回は、宝飾品、研磨、鑑定の各部門から精鋭を選り抜き、ブランド立ち上げにかかわってもらうつもりでいる。

 姉上と話していたのは……ティアをそこに加えるかどうかという、話だ」


 思わぬところでわたしの名前が出てきて、瞼をぱちぱちと瞬く。


「わたしは……研磨師としては、新人です」

「わかっている。しかし戴冠式の成功は、君の功績によるところが大きい。

 単純にブランドのことだけを考えれば、私も姉上も君をブランドに加えるべきだと考えている」


 そこでようやく、話がつながった。


 お姉様は、わたしの存在を知らなかった。

 戴冠式の王冠にことを号外紙で知り、説明を求めてここにやってきたのだろう。


 そして、、という話になったに違いない。


「以前言ったことは変わらない。

 私は君がやりたいと思うことを支援する。君がやりたくないと思うことは、絶対にさせたくない」


 ジェミニは、これまでに見たことがないほど気弱な表情で、ぽつぽつと語る。


「魔女の磨いた石、光る石、戴冠式の王冠を担当した研磨師―――どれをとっても、話題を集める。

 君がブランドに関われば、確実に目を引くことになる。いわば、広告塔のようなものになってしまう。じっくりと石と向き合う余裕も、なくなるかもしれない」


 ようやく、ジェミニが沈んだ顔をしている理由が、わかった。


「おそらく、君の本来の技術になど目もくれず、人々は君の磨いた石を欲するだろう。

 君が……どんな過去を背負ってきたか、どれほど真摯に石と向きあってきたかなど、気にも留めない者もいると思う」


 ジェミニの瞳が、きらきらと潤む。

 こんな状況にもかかわらず、やさしさと慈愛に満ちたその瞳に何度も救われてきたことを、わたしは思い出していた。


「俺は、ティアに傷ついてほしくない。だからこそ、決断できずにいる」


 答えが出せないのは、ジェミニがわたしのことを大切に想ってくれているからだ。

 そのことが嬉しくて、場もわきまえずに漏れてしまいそうになる笑みをこらえる。


「お姉様は、なんと?」

「……君が研磨師として生きていきたいのなら、受け入れるしかないと」

「わたしも、そう思います」


 ジェミニとともに初めて研磨をした、あの夜から。

 遅かれ早かれ、いつかはこんな日がくると覚悟していた。


 磨けば、光る。良くも悪くも、普通ではない、特別な石。

 一足飛びに評価を受け、足りない技術を魔力で補っているようなもの。それでも周囲は、わたしの石を評価する。


 それをどう扱うか、ジェミニはきっとわたし以上に真剣に考えてくれていたに違いない。


「わたし、やります。かならず……新ブランドに貢献できるよう、頑張ります」


 わたしが言うと、ジェミニははっと顔を上げる。

 言葉を探すように唇を噛むジェミニに、わたしはそっと笑顔を向ける。


「大丈夫です。ここには味方が、たくさんいます。皆さんがいるかぎり、わたしはかんたんには傷つきません」


 だれよりも、あなたが。

 あなたがわたしのことを想ってくれている。


「絶対に、無理をしないでくれ。だれよりも一番に、自分のことを考えてくれ」

「わかりました。ありがとうございます」


 こんなにも無敵な、いまのわたし。

 そんなわたしを、見知らぬだれかが傷つけることなど、容易にできるはずがないのだ。

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