Ⅲ-10 研磨という魔法







「パビリオンに、星ぃ!?」

「そうです!」


 翌朝。

 工房長マスターが工房に来るなり、わたしは昨晩考えたサファイアのデザインについて相談した。


下部パビリオンに模様を描くことで、正面から見たときに星の形に見えるようにできないかなって」

「そんな、上手くいくかぁ!?」

「やれるだけ、やりたいんです。

 ただでさえまだ見習いのわたしが研磨するんだから、できることはぜんぶしたい」


 サラ王女がどんなデザインを好むかは、わからない。

 あのサファイアを活かすたった一点のデザインで研磨すれば、済む話。プロの研磨師ならそうすべきなのかもしれない。


 しかし、わたしにとってはこれがだ。

 自信をもってやり遂げるためには、期日内にできることはすべて、試したかった。


「じつは俺も同じようなこと、考えたことあります。星っていう発想は、なかったけど……」

「こんなときじゃなきゃ実験的なことはできないんだ、取締役ボスが良いって言ってんなら、やんなきゃソンじゃねぇか!?」


 職人長や、ベテランの研磨師も背中を押してくれた。

 工房長マスターも頭をかきながら、「やるしかねぇか」と賛同してくれた。






 そこからは、試行錯誤の連続だった。


 わたしが磨けば、宝石はひとりでに光ってしまう。

 そのため、

① 白光りしないよう、テーブル面は多くとらない。

ファセットを多くつくることで、角度を変えたときの煌めきと鮮やかな青を際立たせる。

下部パビリオンの最下部に特殊な研削をおこなうことで、正面から見たときに星のかたちが浮かび上がる。

 この3つを狙いに、デザインの検討をはじめた。


上部クラウンのテーブル面は五角形にして、この中に星がぴったりはまるように……」

「あらかじめインクで印をつけておいた方がいいな」


 練習用に用意しておいた大粒のカラーストーンを研磨し、試作1号ができあがった。


 この時点で、思惑の半分は成功していた。

 正面から見たとき、下部パビリオンの底面に描いた星の模様が、くっきりとテーブル面に浮かびあがっていたのだ。


 しかし星の形がいびつで、お世辞にも美しいとは言えない。それに、五角形のテーブル面と下部の星の角度が微妙にずれている。


「きっちり五等分するのが難しいな……」

「角度を一定にしないと、ですね」


 微妙な角度の差を調整するために、他の研磨師も総出となって、角度を一定にたもつための新しい器具まで開発した。


 普段の宝石研磨は、原石の状態に合わせながら感覚だよりでおこなうことが多い。

 これほど微細な研磨をすることは、通常ではほとんどない。


「どうでしょうか……?」


 試行を重ね、ようやくうつくしい星の形が描けるようになった。

 ジェミニに見せ、最終的な判断を仰ぐ。


「……いい。正面からはくっきり星の形が見える。

 それにどの角度から見ても、光がいい具合に反射している」

「よかった……!!」


 こうして、デザイン画……というか、もはや設計図と呼ぶべきものができあがった。







 仮の石での研磨を終えた時点で、一度サラ王女に試作品を確認していただいた。


 いくつかのデザインを持ち込んで、その中から気に入ったものを選んでもらう。

 サラ王女が選んだのはやはり、星のカットのものだった。


「試作品とは思えないくらい、素敵。楽しみにしてるわ」

「ありがとうございます」


 サラ王女の言葉に、わたしはほっと胸を撫でおろした。






 そして、研磨カッティング本番。

 200カラットのサファイアと、改めて対峙する。


「手が、震えます」


 商会長お義父様からもジェミニからも、歩留ぶどまり(原石の重さと研磨後の宝石の重さの対比)は気にせず思い切って行け、と言ってもらった。

 それでも、これを失敗したら本当に、あとがない。


「大丈夫。ティアならできる」


 ジェミニに背中を押され、大きく深呼吸をした。

 研磨師仲間に見守られながら、研磨を開始する。


「一番青みの強そうなここを……テーブル面にします」


 テーブル面は、王冠にセッティングした時に真正面にくる、いちばん目に入りやすい面。

 ここが完璧でなければ、すべてが台無しになってしまう。


(大丈夫……このサファイアの内部は、夢に出てくるくらい観察してきた)


 石の内部の色ムラや、内包物の位置。

 どう削ればもっともサファイアが輝くのか、何度も何度も頭の中で試作してきた。


 工房長マスターとサファイアの内部を確認しながら、慎重にテーブル面を削る。


「……よし、よし。いいぞ、いい色合いだ、最高のブルーが表にきた!」

「よかった……!」


 大きな原石なので、おおまかに周囲を切断していく。たったこれだけの作業で、首筋に汗がしたたり落ちる。


「荒削り、していきます」


 さらに周囲を荒く削り、大雑把に形をつくる。


 色ムラのある部分は、内側におさめることができた。正面から見れば色ムラを感じることはなさそうだ。

 まず、第一関門はクリアした。


下部パビリオンを、削っていきます」


 荒削りで円錐状となった下部パビリオンに、細かくファセットをつくっていく。中研磨なかけんまという工程だ。


 ここで角度がズレてしまうと、星の形がいびつになってしまう。

 慎重に角度を合わせながら、ガードル(上部クラウン下部パビリオンのあいだの部分)の近くに10個の面をつくる。

 さらにその下に、10面。

 さらにその下に5面。高さを変えながら、ファセットを増やしていく。


「どうでしょう……」

「……大丈夫、ほとんどズレはない。面は均等にとれてるぞ」

「では、星の部分を削ります」


 そして下部パビリオンの最下部に、10個の三角形を組み合わせた星の形を描く。

 大きく削る必要はないので、少し削っては確認し、少し削っては確認し。


 そうしてようやく、星の形ができあがった。


「いいんじゃないか。あとはテーブル面からどう見えるか、だな」


 工房長マスターの言葉に、ほっと息を吐く。


 今度は、上部クラウン中研磨なかけんまをおこなう。

 デザイン画と照らし合わせながら、角度を変え、位置を変え。5面、10面、10面……と、順に削っていく。


 完成形に近づくにつれ、徐々にサファイアがひかりを帯びてゆく。


 最後の仕上げ磨きをはじめると、そのひかりはよりいっそう強くなる。


(あぁ、なんだか、泣けてくる)


 なぜだかわからないけれど、胸が痛くなった。


 思えば、いつも宝石がひかりを帯びるのは、宝石研磨の工程のなかでわたしがもっとも好きな瞬間だった。


 形ができ、艶を帯びてゆく、そのとき。

 研磨という魔法にかけられて、原石が宝石へとすがたを変えてゆく、そのとき。


「すげぇな。サファイアが……喜んでる気がする」

「俺も、感じる……って工房長マスター、泣いてんのか!?」

「泣くだろ、こんなもん! こんな、美しい研磨は、見たことねぇ……!!」


 石は、こころだ。

 研磨師であるわたしの想い、この宝石の持ち主となるサラ王女の想い。そしてこの石に心を寄せる、皆の想い。

 その想いをこころにのせて、磨いてゆく。


 うつくしく光れ、輝け。

 この国に住まうひとびとのこころの、導き星となるように───












 それから数日後。

 戴冠式は、無事に執りおこなわれた。


 なんとわたしとジェミニ、それに商会長お義父様も、戴冠式の列席者として急遽招かれることとなった。


 戴冠の瞬間。

 厳粛な空気につつまれていた会場から、しずかな歓声が上がった。


 ティアラの中央でひかりを放つ、サファイア。

 それはまさに、祝福の青いひかり。


(陛下の白い肌に、よく映えている……)


 そしてその奥に、たしかに煌めく星。


 ひとびとの自由のために。ひとびとが迷わぬように。

 王冠を戴いたサラ女王陛下は、凛と立ち、唇を結んだ。







 王宮での戴冠式が終わると、王宮前の自由の広場にてお目見えが行われた。


 首都中の市民が、戴冠したサラ女王陛下をひと目見ようと集まっている。

 陛下がお姿を見せると、市民は大歓声と拍手で陛下の戴冠を祝した。


「人生とは航海のようなものだと、祖父は言いました」


 女王陛下はその場で、国民に対してのお言葉を述べられた。

 戴冠式の参列者も広場に出て、女王陛下のスピーチを拝聴する。


「海はひろく、やさしく、そしてすべての生命の源です。

 しかし、ときに海は荒々しく波たち、人々に試練を与える。嵐にのまれ、闇につつまれ、どこに向かえば良いのかわからなくなることもある」


 女王陛下のお言葉を聞き逃すまいと、市民はしずかに耳を傾ける。


「そんなとき、ひとつの光が見えたならば……船乗りはその光を目指すでしょう。

 灯台のひかり、街の灯り、星の輝き───きっとそこには、安寧と救いがあるからです」


 あぁ、届いている。

 わたしの想い、皆の想いは、サファイアを通じて女王陛下に届いている。

 そして想いは、民へと伝わってゆく。


「王冠にひかるこの輝かしい星のように、私があなたがたの道しるべとなります。

 あなたがたの幸福のために私は、命を賭してでも立ち続けます!」


 陛下の言葉に、民衆は大喝采をおくった。


(サラ女王陛下はきっと―――この国のひとびとを導く、ひかりとなる)


 真夏の空の青の下で。

 陛下の王冠のサファイアは、そのブルーを惜しみなく瞬かせた。







 Ⅲ.第二の人生を、この街で fin.

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