Ⅰ-03 聖なる使命者



 




 それから2週間が過ぎ。

 ようやくローレンスさんが、旦那様を迎えにいく支度を始めた。


「お、奥様も……ですか?」

「ダメ……でしょうか」


 3週間、閉じこもりっきりだったわたし。

 せっかくの機会なので、ローレンスさんと一緒に旦那様を迎えにいきたいと申し出たのだ。


「構わないとは思いますが、半日がかりの移動になりますし、途中からは徒歩での移動になりますが……」

「歩くのは慣れています。できるだけご迷惑にならないようにするので……」


 ローレンスさんは渋々といった様子で了承してくれた。






「ここが……仕事場……?」

「はい。ここは、ヴァンダーヴェルト商会が管理する鉱山です」


 田舎道、山道を抜けてようやく辿りついた旦那様の仕事場。それは、深く深く掘り下げられた鉱山だった。


(宝石の鉱山が……あったのね)


 一見しただけでは、なんの鉱山なのかは判別がつかない。

 けれど魔女は、原石ラフストーンの気配を強く感じとる。


 掘り下げられた鉱山からは、ダイヤモンドの原石ラフストーンの気配が伝わってきた。


(だからここでは、魔封じがちゃんと効かなかったのね……)


 魔女にとって宝石の原石ラフストーンは、魔力の根源だ。

 その原石が豊富な鉱山が近くにあったために、魔封じが十分に効かなかったのだろう。


「……レディ。なぜ君が、ここに居る?」


 その声に、振り返る。


 3週間前に比べやつれた様子の旦那様が、こちらに怪訝な表情を向けていた。


 するとローレンスさんが、深々と頭を下げる。


「私がお声掛けいたしました。奥様はこの3週間、閉じこもりきりでしたので……」

「いえ、あの、無理を言ってついてきたんです。申し訳……ありません」


 わたしが言うと旦那様はいっそう眉根を寄せながら、ひとつ息を吐いた。


「……危険なのであまり、近付かないように。

 もう少しで引き継ぎが終わるので、待っていなさい」


 しずかに言い放つと、旦那様はきびすを返した。

 ―――と、その時。


 ドン、と心臓が揺さぶられる感覚があった。

 大気のゆらぎ。大地の声。

 うずまく大量の水、その急流の気配を感じる。


 あわてて気配のほうへ視線をやると、坑内の壁を掘削くっさくする作業が行われている。


「……あそこは、駄目です」


 思わず漏らしたわたしの言葉に、旦那様が足をとめる。


「なにか言ったか?」

「いますぐ作業をとめて! そうしないと……」


 言い終わらぬうちに、作業中の壁面が大きく崩壊した。

 さらにそこから、大量の水が溢れ出す。


「地下水脈か!?」

「〖解呪アンバインド〗!!」


 考える間もなく、わたしはみずから魔封じを解いた。


「〖凍結フリーズ〗っ!!」


 壁から溢れ出た水を凍らせ、水の流れをき止める。

 崩壊した箇所まで距離があるせいか、魔力が急激に減ってゆくのを感じる。


「き、君は……」

「早く! 皆さんを避難させてください、長くはもちません!!」

「わ、わかった!」


 旦那様は、すぐに状況を理解してくれた。指示を出し、作業員を次々と避難させてゆく。


 周囲の原石ラフストーンから魔力を吸収しながら、わたしはなんとか〖凍結フリーズ〗を持続させる。


 数分かけ、ようやくすべての作業員が避難を終えた。

 わたしはその場で、意識をうしなった。










 仮設小屋のベッドのようなところで、目を覚ました。


 なぜここに居るのか、すぐには思い出せなかった。

 数秒かけ、むりに魔封じを解いたために気絶したのだと理解する。

 そしてその刹那、ふかい後悔に襲われた。


 人前で、魔法を使ってしまった。

 魔女であることが知れれば、幽閉もしくは処刑。酷いときには、その家族までも処刑の対象となってしまう。


「起きたか」


 声の主は、旦那様だった。

 わたしは飛び起きて地面に伏せると、ひたいを床につけた。


「申し訳、ありません……!!」


 いまわたしにできることは、ひとつしかなかった。

 みじめに顔を伏せ、なんとか許しをうことくらいしか。


「わたしはどんなむくいも受けます!

 しかし養父ちちはわたしが魔女であることを知りません、どうか、どうか養父への詰責きっせきはご容赦くださいませ……!!」


 わたしを祖国から助けだし、親代わりとなって育ててくれた養父。

 わたしはその養父すらもだまし、魔女であることを隠して生きてきた。


「素性を隠して嫁入りするなど、許されるはずがありません!!

 旦那様にも、多大なご迷惑を……」

「ティアナ。顔を上げなさい」


 わたしの言葉をさえぎり、旦那様は凛とした声でわたしの名を呼んだ。


 身体を震わせながら、おそるおそる顔をあげる。

 すると旦那様はひざまずき、やさしく穏やかな表情でわたしを見つめた。


「君は……いろいろと勘違いをしている」

「え……」


 状況が理解できず、わたしは大きく目を開いた。


「第一に、私は怒ってもいないし、迷惑などかけられていない」


 旦那様は地面についたままのわたしの手をとり、やさしく両手で包みこむ。


「君は、私の大切な従業員の命を救ってくれた。

 感謝こそすれ、君を恨むなどありえない。本当にありがとう」


 思ってもみない言葉をかけられ、わたしはぱくぱくと口を動かした。


「第二に、君が魔女であっても問題はない」

「なっ……!」

「この国……ニューアミリアでは、魔女を『聖女』聖なる使命者と呼ぶ」


 旦那様の言葉に、わたしは身を乗り出した。


「ほ、ほかにも魔女が、いるのですか……!?」

「多くはないが、いる。人々は魔女聖女を愛し、うやまっている」


 信じられないことだった。

 祖国では、わたしと母以外の魔女はみな処刑されたと聞いていた。

 排斥はいせきの対象でしかなかった魔女が、『聖女』とよばれ愛されるなんて。


「それが、本来の瞳の色か」


 思わず、はっとする。

 魔封じを解いたせいで、わたしの瞳の色は薄紅色に変わっていたのだ。


 魔女は、魔力の根源となる原石ラフストーンと同じ色の瞳をもつ。

 人々を惑わせ狂わせる瞳といわれ、魔女は処刑されたあと目玉をくりぬかれる。


「す……すみません。魔封じを、解いてしまったから……」


 目を伏せながら言うと、旦那様はふっと笑い声をもらした。

 旦那様はわたしの頬に手をそえ、そっと顔を上げさせる。




「うつくしいな。

 まるでピンクトパーズのような瞳だ」




 ざぁ、と暖かな風が吹きぬけたような、そんな感覚におそわれた。


 黒くきらめく美しい瞳に見つめられ、わたしは旦那様の言葉を反芻はんすうする。

 そして急激に恥ずかしさがこみあげてきて、身体じゅうの体温が上昇してゆくのを感じる。


「浸水の処理をしなければならなくなったが、数日もすれば街に戻る。

 もうしばらく寂しい想いをさせるが……待っていてほしい」


 旦那様の言葉がうれしかったのか、ただただ安堵したのか。

 わたしはいつのまにか、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。


 旦那様は、それ以上なにも言わなかった。

 指で涙の雫をすくいあげながら、わたしの頭をやさしく撫で続けてくれた。




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