〖親愛なるピンクトパーズへ〗 ─並木通りの宝石研磨師は願いを叶える魔女らしい─

pico

Ⅰ.花嫁は海を越えて

Ⅰ-01 帰らない旦那様





 土間にこしかけ、父の横顔をながめる。

 それがわたしの、いちばん古い記憶。


 シュー……チャプッ。

 サー……チャプッ。

 研磨盤けんまばんをたくみに扱い、原石を磨いてゆく父。


 ルビー、サファイヤ、ペリドット、ガーネット、ひすいにラピスラズリ。

 うまれ故郷は多くの宝石を産出していたこともあり、宝石研磨師けんましだった父は毎日しずかに石と向きあっていた。


 形をつくり。面をとり。

 磨き、磨き、磨き。

 たいせつなのは、手ゆびの感覚。ひかりにかざし、そのうつくしさを、輝きをたしかめながら。


 するとあっという間に、くすぶった原石が煌びやかな宝石へとすがたを変える。

 そのさまを見ていたわたしはずっと、使と思いこんでいた。












「……なつかしい夢」


 わたしは、うっすらとまばたきをする。まだ日は昇りきっていない。


 この地域は日中と夜の気温差が大きい。ぶるると肩をふるわせ、毛布に体をもぐりこませる。

 もう一度寝ようとまぶたを閉じたものの、すでに眠りは破られていた。


 起き上がってショールを羽織り、養父がくれた手鏡に手をのばす。

 持参金のひとつとはいえ、こんな高価なものを持たせてくれるなんて。養父には、感謝してもしきれない。


「……もう瞳の色が変わってる」


 外の薄明りをたよりに、瞳の色を確認する。

 瞳の色は、


(この街に来てから、魔封じが一日もたなくなってきてる……)


 ため息を吐き、みずからに魔封じをほどこす。もう一度鏡を見て、瞳の色が薄茶色に変わったのを確認した。


「絶対に


 魔女は、禁忌の存在。

 魔封じを怠れば、特徴的なその瞳の色によって、わたしが魔女であると気付かれてしまう。


 他国から嫁いできた嫁が魔女だった、なんてことが知れたら、旦那様や養父に迷惑をかける。


 ……その旦那様は、一度顔を合わせたっきり1週間も帰ってこないけれど。


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