第21話 20年


「まだか……!」


 襲ってきたフォーンを全滅させたルリ部隊は、通信があったレオ部隊が出撃した方向に向かっていた。

 策が上手くハマり、全員無傷で討伐した隊員たちは、猛スピードで援護に向かっている。


「ちょっとルリ速いよ〜!」


 ラトの言う通り、隊員たちと少しづつルリとの距離が空いてきている。


「……部隊各員、お前らは仮拠点に向かって森からの脱出準備をするようにしろ」


 その様子を見たルリは、少し考えるような素振りを見せると、別行動の指示を出してきた。


「ちょっと待ってくれ! 1人でどうにかするのは無茶だ!」


 パトリッドがルリを止めようとした。

 そもそも、ルリは援護に行くと行ったが、死者が出たとは言っていない。

 ここでそれを言ってしまえば、士気に影響が出てしまうだろう。


「確認したが、今レオ部隊は仮拠点に退却しながら戦っている。ここは仮拠点で迎撃準備や、森からの脱出準備を整えるべきだ」


「誰が指示を出すの?」


 ずっと黙っていたミーナが口を出した。


「そうだ! レオに続いて君がいなくなったら誰が指示を出すんだ!」


 パトリッドも便乗した。


「いるだろ適任が」


 ルリは分かりきったような口ぶりでそう言った。


「では後で会おう。これより第4小隊小隊長ルリは、単独行動を開始する」


「いやまだ言いたいことが――」


 パトリッドの言葉を無視して、ルリはターボグライド全開で走っていってしまった。


「はぁ……いつもあんな感じなのか?」


 ため息をついたパトリッドは、ミーナに聞いた。


「うん。でも、私たちを信用してるからこそだから」


「?」




◇ ◇ ◇




「ハァアアアッ!」


 逆走したレオは、死神に斬りかかった。


「ちょっと待て!」


 アランは叫んだが、もうレオは止まらない。

 全速力で走っているため、すぐに距離が空いてしまった。


「ど、どうするの!?」


 ダルカンはアランに判断を委ねる。


「クソッ! 俺が呼び戻してくる! 先に行け!」


 アランは急ブレーキをかけ、急いでレオの所に戻ろうと逆走し始めた。


「アランさんっ!」


 リャオがアランの名を叫んでいたが、すぐに聞こえなくなってしまう。


 レオが戦ってくれるおかげで、きっとアイツらは仮拠点に着くだろう。

 だが、レオが勝って戻ってくる確証はない。

 だからと言って俺にできることは……なくはない。


「使うならここか」


 そう言うアランの手には、フラッシュグレネードがあった。


 誰にも言ってなかった、もう1個のフラッシュグレネード。


「ぐっ……!」


 背中がズキリと傷んだ。


 まさかさっき庇ったときに……。


「……」




◇ ◇ ◇




「ハァ、ハァ」


 レオは度重なる攻撃で、完全に死神の足を止めることができた。


「もう、みんな行ったかな?」


 後ろを振り返ると、誰の姿も見えなかった。


「……やっといなくなったか。これで本気を出せる」


 ジャイアントサーペントのときのように、レオの雰囲気が変わった。


「ウゥ……?」


 死神も異変に気づき、身構えた。


「行くぞ?」


 確認を取るようなことを言うと、先ほどとは全く別の戦闘スタイルで、死神に攻撃を始めた。


「フフフッ……」


 四方八方から斬撃を浴びせるレオ。

 瞬間移動する暇もなく、防御するしかない死神。

 見るからに、有利なのはレオだった。


「アハハハハハッ!」


 逆走した際に言っていたことは何だったのかと思わせるような、高らかな笑い声をあげる。


「やっぱり1人で戦う方がいいなぁ!」


 それもそのはず、今のレオの戦い方は、場を広く使った相手が予想もつかないような動きをするのだ。

 集団戦では、目の敵にされる戦い方である。


「まあアイツなら合わせるだろうけど」


 レオはボソッと呟くと、更に加速した。


「グッ......」


 あの死神も、流石に限界のようだ。


「これでトドメだ――」


 一瞬レオの姿が消えたと思うと、死神の懐に忍び込み、剣を腹に突き刺していた。


「アッ……」


 死神の腹部から、紫色の血が噴き出した。


「フンッ!」


 レオはそれを確認すると、剣を一気に引き抜いた。


「ウゥ……ゥ」


 死神は膝をついた。

 今も紫色の血が流れ、地にボトボトと落ちている。


「まあ本気を出せばこんなもんか……」


 少しガッカリしてるレオは、剣を振り下ろし、付着した血を払った。


「おいっ!」


 その直後、レオの後ろ、つまり部隊が逃げてる方向からアランが追いついてきた。

 その姿を見たレオは、いつものような態度に戻った。


「どうしたんだい? コイツなら討伐したから安心して――」


「違う! ソイツはスクラープを纏ってるんだ!」


 アランは、レオの言葉を遮った。


「……まさかっ!」


 アランの言いたいことが理解したレオは、バッと死神の方を見る。


「ウオオオオオオオッ!」


 死神は今までで1番大きい雄叫びを上げた。


「くっ......!」


 レオは異変を感じ、後ろへ飛び退いた。


「ウゥ……」


 死神は立ち上がった。

 体に白い光をまとった状態で。




◇ ◇ ◇




「確かに、あの滑るような走り方。斬った感触。スクラープを着てると言えば辻褄が合うね」


 レオは冷静に解説しているが、息を切らしている。


「ああ、しかも今のアイツの姿」


「「スクラープの出力上昇」」


 2人は声を揃えて言った。


「あの中身は人間ということか?」


「いや、僕が刺したところから流れた血は紫色だ。今は人間じゃないはずだ」


「今?」


「昔は人間で、いつの間にかモンスターになってたみたいな話。じゃなきゃ瞬間移動ワープなんて使えないでしょ」


「……だったら、俺たちもいつかああなるのか?」


「それは……」


「ウオオオオオオオッ!!」


 とんでもない結論に繋がろうとしたとき、しびれを切らしたのか、死神が攻撃を仕掛けてきた。


「この話は勝った後にしようか」


「勝てるのか?」


「正直怪しい。君も自分の身は自分で守ってくれ」


「はいはい」


 アランはそう言うと、ターボグライドで後ろへ大きく下がった。

 逆にレオは剣を振り上げて前へ上がった。


 正直援護すらできるか怪しい。

 変に意識させて瞬間移動されたらアウト。

 俺はここぞという時に介入しよう。


 アランはそのまま茂みに入っていった。


「賢明な判断だ、なっ!」


 レオは死神に向かって剣を振り下ろした。


「……あ?」


 しかし剣は死神にたどり着くことなく、右から振り回された大鎌によって、吹っ飛ばされた。


「嘘だろ……」


 茂みに潜んでいたアランは、ただその光景を見ているだけだった。


 出力レベルが上がったとはいえ、あそこまで速くなるのか?


「がっ……」


 レオは受身を取れずに、ゴロゴロと転がってしまう。

 幸い、柄の部分に当たったので斬られてはいないようだ。


「ウオオオオッ!」


 しかし死神は、とんでもない速さで追撃に来る。


「やむを得ない!」


 アランは、茂みから立ち上がってフラッシュグレネードを構える。


「こっちを見ろぉ!」


 大声を上げて死神の注意を引く。


「ウゥ?」


 死神は足を止めて振り返る。

 すでにアランの手からはフラッシュグレネードが放られており、辺りを光が包み込む。


「グッ…………ウゥ?」


 目の眩みが解けた死神は、辺りを見渡した。

 そこにはアランの姿も、倒れていたレオの姿もなくなっていた。

 目が眩んでいる隙に逃げられたのだ。


「グゥゥウオオオオオオオッ!!!」


 怒りの雄叫びが、森中に響き渡った。




◇ ◇ ◇




「ハァ、ハァ……!」


 アランは、レオを引きずりながら逃げていた。


「うぅ……クソッ……」


 レオはまだ意識が残っていた。


 度重なる連戦で消費していたレオが、あの化け物に勝てるわけない。

 性格が変わるほどの戦い方の変更は、かなり体力を消耗するだろうしな。

 もう勝機はないから逃げるしかない。

 だが……。


「なっ、お前ッ……」


 レオは逃げた跡に血痕が目立つと思ったが、そこまで血を流していない。

 スクラープの隙間から少し垂れる程度で、出血は抑えられている。

 そう、この血はアランから出ていたのだ。


「ハッ、庇ったときに喰らっちまった」


 先ほど狙撃手スナイパーを庇ったときに脇腹を斬られていたようだ。

 今すぐに治療しなければいけないほどの深手だ。


「そのままじゃお前……」


「死ぬ、だろうな。だが、まだやれることはある」


 アランはそう言うと、走っているスピードを緩めて、木にレオの体を預けた。


「どういう、つもりだ……」


「どうもこうも、ない。お前を逃がす」


 アランは脇腹を押さえながら、逃げてきた道を振り返った。


「だが――」


「言ったよな? 俺が指示を出すって」


「くっ……」


「まあ、俺ごときが十分な時間を、稼げるわけでは、ないからな。走れるようになったら、早く逃げてくれ」


 そう言うと、アランはゆっくりと逃げた道を戻っていった。


「待て……ぐっ!」


 レオは起き上がろうとしたが、まだ体の言うことが聞かなかった。




◇ ◇ ◇




「ハァ、ハァ」


 不味いな。

 体が寒くなってきた。


「ゴフッ……!」


 スクラープの顔パーツの隙間から、血が噴き出した。


 そういえば、もう20歳なのか。

 17のときに所属になったから、3年も生き残れたのか。


「ハァ、ハァ……ハハッ」


 どうせなら誰かに見届けてもらいたかった、なんて思ってたりしてな。

 まあ、1人でそっと死ぬのもありか。


 アランの脳内には、走馬灯のようなものが流れていた。


「ウゥゥゥ……」


 いつの間にか、追ってきた死神が、アランの目の前にいた。

 声色から相当イラついていることが分かった。


 これは怖いな。


 死神をいざ見上げると、絶対に勝てないほどの絶望を感じた。

 それでもなけなしの力を振り絞って、銃を構える。


 まあこんな世界で、20年も生きられただけで満足か。

 いや……。

 まだ20年か……。


「ウオオオオオオオッ!!」


 またもや、森中に雄叫びが響き渡った。

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