第32話 強く


「隊長が、スタンピードの生き残りだと……」


「嘘でしょ……」


 ナグールとエイリーンが目を見開いた。


「ただ運が良かっただけだ。実はあの時、我々D8隊は屈指の強さを誇っていた」


「じゃ、じゃあ隊長も強かったりするんですか?」


 エイリーンの部下がおずおずと聞いてきた。


「自分で言うのもなんだが、スクラープの出力レベルは5だった」


 5と言うと、ルリたちと同じ小隊長レベルである。


「だが、俺より強い奴はたくさんいた。レベル8の奴だってな」


「レベル8!?」


 ラギルスが声を張った。


「そんな我々は、私を含む5人以外は壊滅した」


「人型ですか?」


 ルリは人型モンスターにやられたと推測した。


「……その通りだ」


「やっぱり――」


「だが、俺は確かに見た。人間がモンスターになる瞬間を」


 瞬間、部屋が静寂に包まれた。

 全員が隊長の言葉を理解できなかったからだ。


「どういうことだ!」


 声を上げたのはグラルバだった。


「スクラープか……ッ!」


 ルリが眉間に皺を寄せた。


「その通りだ。スクラープは、人間を限りなくモンスターに近づけるものだ」


 またしても沈黙が訪れる。

 その沈黙を破るように、隊長は話を続ける。


「ラギルス。スクラープとはどのようなものだと習った?」


「えっ、体の動きを補助することで、何倍もの力を出すことができる装備です……よね?」


 隊長の問いに、ラギルスは不安になりながらも、ちゃんと答えた。


「実は違う。人間の力に合わせて、スクラープは力を引き出すんだ。補助ではない。無理やり引き出しているんだ。もちろんリミッターはあるから分かりにくいがな」


「ええっと、つまりどういうことですか?」


 ラギルスは助けを求めるように、ルリの方を向いた。


「……スクラープを使って力を解放すると、それに伴ってスクラープが力を引き出す。お互いに依存していき、最終的には制御不能になる……ということか?」


「概ね合ってる。私の説明が少し下手だったか。ハハハッ」


「笑ってる場合か......」


 吹き出した隊長に、ルリは引いてしまう。


「その理論なら、10代から20代の隊員が多いことも納得だ。年寄りにはキツすぎる。それで、主な基準は?」


 グラルバは詳しく言及した。


「基準のスクラープ出力レベルから、2つ以上上昇するとかなり危険だ。気づかぬうちに何かしらの機能が失われている可能性が高い」


「でもそれって機密事項なのでは?」


 ナグールの部下の男が聞いてきた。


「ああ、このことがバレたら私は首が飛ぶだろうな。いや、もしかしたら消されるかもしれない」


 とんでもないリスクを冒している自覚はあるのに、隊長の口角は上がった。


「まあそれは考えあってのことだ。問題ない」


「それで? スクラープについて、これから変更することはあるのか?」


 ルリは解決策はあるのか聞いた。


「ハッキリ言わせてもらうとない・・。これでもかなり安全に作られてる方だ」


「……」


 解決策はないようだ。

 このままではいつかモンスターになってしまうのではないかと、みんな黙ってしまった。


「まあそんな顔するな。無理に出力を上げなければいい話だ」


「でもスタンピードは無理に出力を上げなきゃ乗り切れないんじゃないんですか? 今の話の流れじゃ」


 エイリーンの言った通り、これからモンスターになる可能性がある、スタンピードがある。

 そもそも、生き残れるかも分からない。


「だから言っただろ? 俺はスタンピードの生き残りだと。同じわだちを踏む気はない」


 隊長は自信満々にそう言うと、これからの計画について話しだした。

 内容を簡潔にまとめると、任務は一旦止め、スタンピードのための準備をすることになった。

 主に基地、部隊の強化である。


「――以上だ。改めて、今までスクラープのことを黙っていてすまなかった」


 隊長は計画を伝え終わると立ち上がり、ベレー帽を脱いで頭を下げた。


「…………」


 ――誰も言葉を発せず、部屋を出ていった。




◇ ◇ ◇




「ふぅ……」


「あっ! ラギルスおかえり!」


 ラギルスが部屋に戻ると、アリナが元気よく迎えてくれた。

 今回報告会はないと、隊長のアナウンスで告げられたので、ラギルスは真っ直ぐ部屋に帰ってきた。


「おかえり」


 ミーナも奥から顔をひょこっと出した。

 物資を運び終えた隊員たちは、一足先に部屋に戻ってきていたのだ。


「遅かったじゃん。難しい話でもしてたの?」


「後でまた連絡あると思いますが、スタンピードに向けて準備をするそうです」


「へぇー。じゃあ任務はしばらくなし?」


「そうみたいです」


「ラッキ〜」


 アリナは万歳しながらベッドに倒れ込んだ。


「でもずっと訓練と座学じゃない?」


 ミーナは無表情でそう言った。


「えぇ〜」


「まあ生きる為ですから」


「……私たち、生き残れるのかな」


 天井を一点見つめたまま、アリナは続ける。


「今日みたいに、S級並のモンスターが現れるかもでしょ。スタンピード」


「……可能性はありますね」


「いくら準備しても勝てるかな」


「それは……」


 ラギルスは、きっと勝てると言えなかった。

 本人も不安を抱えていたからである。


「――勝つよ」


 2人は部屋の奥の窓に目を向けた。

 ミーナがじっとこちらを見つめ、ラギルスの代わりに、アリナの問いに答えた。


「根拠は?」


「秘策がある」


 ミーナはフフンと笑った。


「秘策? 何それ」


「私ができたら教える」


「まだできないんかい」


「アハハ……」


 ラギルスは苦笑いをした。


「まあ何とかなるかもね。ルリもいるし」


「まあ確かに。ルリさんの判断能力、指揮能力共に優秀ですし、何より強いですもんね」


 アリナもラギルスも、ルリのことを強者としてもリーダーとしても認めているそうだ。


「頼りすぎるのはよくない」


 ミーナは2人の意見を若干否定した。


「そうする為にも頑張ってるけどさ、最後の最後には助けられちゃうんだよね~」


「そこも含めて、準備期間で頑張って強くなりましょう!」


「ん~。まあラギルスがそう言うなら頑張っちゃおっかな」


「もう~。私が言わなくても頑張ってくださいよっ」


 これじゃまるで母と子だ。

 そんな和気あいあいとしている2人とは裏腹に、ミーナはうつむいて暗い顔をした。


「――私はルリに頼られる存在になってるのかな」




◇ ◇ ◇



「……調子はどうだ」


「ベッドで包まってます。表情も虚ろで……」


 ルリは、ある第4小隊の女子部屋に来ていた。

 2人部屋で、同室の狙撃手のユキに、中の様子を聞いた。


「分かった。あとは任せろ」


 ユキの肩に手を置いて、下がるように伝えた。

 ユキは一礼すると、その場を立ち去った。


「……よし」


 ルリはドアをノックした。


「……入るぞ」


 当然中からの返事はないが、一言言って部屋に入る。


 部屋の中は散らかされている様子はなかった。

 異変があるとすれば、右側にあるベッドに、タオルケットで包まって体育座りしている者がいることだ。


「――リャオ」


 顔が見えるように、正面に立ったルリは、隊員の名前を言う。

 レオ部隊に所属していた砲兵だ。


「……」


 反応はなく、ずっと一点を見つめていた。

 目に光はない。


「まずは、よく無事に帰還してくれた。ありがとう」


 ルリは膝をついて、目を合わせる。


「……ありがとう?」


 ルリの言葉に、掠れるような声で反応した。


「私、アランさんを守れなかったんですよ?」


 自分自身を嘲笑うように言葉を続けた。


「あまりの恐怖に、銃もまともに撃てないっ。足も情けなく震えてっ。何よりっ!」


 涙を流しながら、声を張り上げたが、その後は口をパクパクさせ、上手く言葉が出てこない。

 ルリは黙って次の言葉を待った。


「――アランさんがレオさんを助けに行くと言ったとき、私も行くと言えなかった。体が動かなかった。自分が、情けないっ」


 リャオは俯いてしまった。

 いつも明るい彼女がここまで心を閉ざしてしまうとは、それほどまでに精神に負荷がかかってしまったようだ。


「……リャオ。アランは助けてほしいと言ったのか?」


「……いえ」


「アイツは自らその道を進んでいったんだ。そしてレオを助け出した。だったらよくやったと、見送ってやれ」


「でも――」


「それでも自分が悪いと後悔しているならば、二度と同じことをするな。どれだけ対策をしようとな、何が起こるか分からないんだ。そんなか俺たちができることは、過ちを改めることだ」


「改める……」


「ああ。そうすれば、前の自分より一歩、心も体も前に進める」


「……もうアランさんは戻らないんですよ?」


「そうだ。もうアランは戻ってこない。改めることができないことだってある」


「じゃあ、どうすればいいんですか……」


「俺を頼れ」


「え?」


 リャオは顔を上げた。


「どこにいようと、お前が俺を頼ったらなんとかしてやる」


「……」


「怖がることは情けないことではない。その恐怖が、お前を今日まで生かし、これからも生かすんだ」


「……」


「……俺はこういうのは苦手なんだ。もう行くぞ」


 ルリは立ち上がり、ドアに向かっていく。


「じゃあまた後でな。昼飯は久しぶりに、みんなで食堂で食べるから。お前も来いよ」


 そう言い残し、ルリは部屋から出ていった。


「――ふぅ」


 ドアを閉めたルリは、壁に寄りかかった。

 先ほどのリャオの顔を思い出す。


 強くなってやるよ。

 たとえモンスターになろうとも。


「上等だ」


 ルリは覚悟を決めた顔をして、どこかに向かって歩き出した。


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