第33話 嵐の前の静けさ


――次の日


 次の日の朝礼、しばらく任務はなしで、スタンピードに向けての準備をすると伝えられた。

 当然、スクラープの秘密は教えられなかった。

 隊員たちの8割は、ラッキーとしか思っているようだ。

 しかし、基地の整備や防衛設備は手伝わなければいけないので、休みというわけではない。

 日替わりで訓練もするので、なんなら今までよりハードかもしれない。

 死ぬ心配がないのが、いいところではあるが。


 第4小隊も、半数が整備に向かい、もう半数は、各自で訓練に向かった。




◇ ◇ ◇




「どうしたの? わざわざ呼び出して」


「そうだぞ。早く訓練したいんだが」


「どうせ無駄な筋肉つけるだけでしょ?」


「ああ?」


 朝礼後、ミーナは訓練日であるアリナとジャズを呼び止めていた。


「アリナには言ったけど、私たちも必殺技を覚えるべきだと思うんだ」


 ミーナはニヤッと笑った。


「必殺技だと?」


「あー、昨日言ってた"とっておき"ってやつ?」


 ミーナはアリナに頷く。


「私たちは、近接部隊メレー砲兵ガンナー狙撃手スナイパーの代表なのに、誰もスクラープの出力上昇ができない」


 聞いた2人は、悔しそうな顔をした。


「そりゃあそうけど、だからこの準備期間に――」


「短期間じゃ無理」


 ミーナはアリナの言葉を遮った。


「もしできるようになっても、調整できるようになるためにはもっと時間がいる。それで体力が奪われて、戦闘中に動けなくなるのは絶対ダメ」


「確かにな。となると、ミーナが言ってた必殺技……」


「結局スクラープの出力を上昇することには変わりないんだけどね」


「どういうこと?」


「スクラープの出力を、瞬間的・・・に上昇させる」


「「瞬間的?」」




◇ ◇ ◇




 朝礼後、ミーナたちとは別に、ルリはある人物を呼び出していた。


「すまん。また体を診てもらえるか?」


「え……」


 ルリが呼んだのは、車両で一緒だったハナの元だった。


「いやこんな人気のない部屋まで呼び出すから、告白でもされるかと思ったよぉ」


 呼び出されたハナは、ホッとしたような、ガッカリしたような、複雑な反応をした。

 ちなみにルリとハナは、今日は訓練日である。


「じゃあこの椅子座ってて。救急キット持ってくるから」


 部屋には、素朴な椅子と机があった。


「悪い。先に言うべきだった」


「いいっていいって。周りに知られたくないんでしょ?」


 ハナはルリの意図を汲み取ってくれた。

 小走りに部屋を出ていった。


「――そういえばあの砲兵にも聞きたいことがあったな。任務で一緒にいた部隊の……」


 疲労で名前忘れたかもな……。

 そもそもどんな声だった?

 レオよりしっかりしてた気がするから、話がしやすいと思ったんだが。


「アイツが戻ったら聞いてみるか」




◇ ◇ ◇




――G17基地・書庫


「――少しでも情報はないのかっ……」


 朝礼後、基地内にある、大量の書物を保管してある書庫に訪れていたのは、グラルバだった。


 体への負担があることは、言われなくても分かってる。

 俺も出力上昇できるからな。


「だが……」


 それでも隊員に子供が多いのは何故だ?

 30歳を超えても、軍人ならばスクラープを装備できるはず。


 関係がなさそうな本も含めて、片っ端から本を漁っていく。


「そもそも、スクラープを作った経緯は? モンスターにはモンスターで対抗しようとしたのか? それとも――」


 この書庫の本をすべて読むには、訓練や整備も含めて、数ヶ月はかかりそうだ。


 途方もない作業だが、誰かの手を借りることはできないので、とにかく読む手を止めなかった。




◇ ◇ ◇




――G17基地・外壁前


 今日が整備担当になっている隊員たちは、外壁強化のために外に集まっていた。


「大丈夫ですよリャオさん。今日は戦わないですから」


「は、はい。ありがとう、ございます」


 ラギルスはリャオとともに、整備に来ていた。

 リャオは昨日、昼食からのみんなの手厚い励ましによって、外に出れるほどには精神が回復していた。


「おーい!」


 人ごみをかき分けてきたのは、任務でラギルス部隊に所属していたトーカだった。


「トーカさん! あなたも整備に?」


「ああ! また会えて嬉しいよ」


 2人は握手を交わし、再会を喜び合った。


「そっちの子は?」


「あっ、こちら第4小隊の砲兵所属のリャオさんです」


「リャ、リャオです」


「よろしく頼む」


「は、はい……」


 ビクビクしながらも、トーカの言葉に応える。


「ん?」


「実は――」


 ラギルスは、トーカにリャオの状態を説明した。


「なるほどね。私もできる限りサポートするよ」


「ありがとうございます」


「――総員静粛に! 本日は、外壁の外に穴を掘ってもらう! 硬い土を掘ること、土を運び出すことは、重機で行う!」


 普段裏方の仕事をしている大人の隊員が、本日の説明を始めた。


「そういえば、小隊長はいねぇのか?」


 トーカがルリがいないかキョロキョロする。


「そうですね。ルリさんは今日訓練日のはずです。何か用でも?」


「いや、任務で同じ部隊だったパトリッドって奴が、凄い褒めてたから気になってな」


「確かに言われてみれば、ルリさんはとんでもない人かもですね」


「例えば?」


「モンスターの詳細を覚えているので、作戦をすぐ思いつきます。しかも非常事態が起きたときは、被害を最小限に抑えるよう指示を出して、先頭に立って戦いますね」


「とんでもないスペックだな……」


 トーカは若干引いている。


「とにかくソイツは、戦闘力、判断力、指揮能力、そして記憶力が優れていると」


「はい」


「本当に人間?」


「アハハ……さあ?」


 ラギルスは、乾いた笑い声を出した。




◇ ◇ ◇




 あれから2週間経ったが、スタンピードは来なかった。

 それを見て、基地の整備も着実に進めていった。

 週に2日ほど休暇があったため、隊員の不満は少なかった。

 任務で怪我を負うこともなく、最前線に立つ身としては、不安になるほど平和な日々を送っていた。


 ――スタンピードは来ないのではないか。


 隊員の半数はそう思い始めたとき、そんな安易な考えを壊す事件が起こる……。

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