第4話 ケルベロス戦(3)


「ッ……流石の威力だな。スパイクランチャーも使っているのか」


 間一髪物陰に隠れたルリは、一斉射撃の様子を見てそう言った。

 何やらケルベロスが叫んでるように見えるが、爆音でかき消されている。

 そんな中、ルリに通信が入った。


「こちらジャズ。無事かルリ」


「こちらルリ。問題ない」


「流石の威力だな。これならひとたまりもないだろ」


「どうだろうな」


 気を抜くなとでも言いたそうな声でルリはそう返事した。


「そのことなんだが、お前今回やけに指示多かったよな? 予定外の強さだったのか?」


「ああ。強いと思って動き出したが、案の定強かった」


「確かにデカかったけどよ……」


「体の大きさ、配下のガルムの数、この町に他のモンスターがいないこと、砲兵ガンナーを潰しにかかる行動。いくらB級とはいえ、こんなこと初めてだ」


「言われてみれば、こんだけ騒いでも他のモンスターが寄ってこないな……」


「しかも爪も異様に発達してる。掠っただけでスクラープの装甲が剥がれた」

「だから徹底的にやる。一斉射撃が終わったら近接部隊メレーで叩くぞ。各員に伝えといてくれ」


「分かった。じゃあ後でな」


 そう言うと、ジャズは通信を切った。


「フゥ……」


 通信を終えたルリは一息つく。

 それに合わせて、スクラープを纏う白い光は消えていく。


 体が痛い。


 スクラープの出力レベルが6にもなると、少し動くだけで全身筋肉痛になってしまう。

 長時間使えば、全く動けなくなってしまうだろう。


「……そろそろか」


 何とか体を起き上がらせ、戦斧を担ぐ。

 一緒射撃が終わる頃合いを見て、近接部隊でトドメを刺すためだ。


「こちらルリ。近接部隊各員、突撃の準備をしろ。ここでトドメをさす」


「応っ!!!」


 トドメという言葉を聞いて、今までで1番大きい声で返事をする。

 ルリも味方の位置を確認し、戦斧をグッと握り直す。


 正直一斉射撃で死んでくれるとありがたい。

 近接部隊の全員がそう感じていた。

 そう思っていると、次第に射撃音が小さくなってきた。


「……?」


 ルリは異変を感じた。

 ケルベロスの叫び声が聞こえず、土煙でよく見えないが、姿あるようにも見えない。


「死んだのか? その場で倒れてるから見えないだけなのか?」


 いや、今考えるのはやめよう。


「こちらルリ。近接部隊行くぞ」


「応ッ!!」


 射撃が終わると同時に、近接部隊による突撃が始まった。

 ケルベロスの位置から見て、色んな角度から隊員が出てくる。

 完全ではないが、包囲網を張れている。

 あれだけの攻撃を受けたら瀕死の状態のはずだ。

 全員が全速力で、立ち込める土煙に突入していく。


 しかしそこにあったのは大きな穴だった。

 あのケルベロスの大きさと同じくらいの穴が。


「お、おい! いないぞ!」


 ジャズが大剣を振り回して土煙を払うが、やはりいない。


「穴を掘って一斉射撃を凌いだ?」


 スーリンがそう言った瞬間、近接部隊全員が少し後退り、穴からケルベロスが飛び出してくることを警戒する。


 しかしルリだけが、騎兵トルーパーと砲兵の方向にターボグライドを最大出力にして走っていた。



◇ ◇ ◇




「おい! こちらベルハラ! 何かあったのか!」


 何やら近接部隊の様子がおかしいと感じたベルハラは、ジャズに通信を入れる。


「こちらジャズ! ケルベロスが穴掘って一斉射撃を凌いだ! もう一度出てくるところを俺らで叩く!」


 ジャズはそう伝えると、通信を切った。


「おい! まだ聞きてぇことが!」


 砲兵と騎兵は弾を撃ち尽くしており、騎兵は新しい弾薬の補充。

 砲兵は、スパイクランチャーからまた普段使っている銃に持ち替えている最中だ。


「あれ? ルリこっちに来てない?」


 砲兵の1人がスクラープのレンズのズーム機能を使い、ルリの姿を確認した。


「ケルベロス討伐したのかな?」


 もう1人の砲兵とそんな呑気なことを話していると、ルリからの通信が入った。


「こちらルリ! 総員に伝える! ケルベロスが地中に潜った可能性が高い! 全員下に注意しろ!」


 ルリは珍しく焦った声で、第4小隊全員に現状を伝えた。


「嘘......あれだけ撃って死なないの......?」


「ケルベロスが地面に潜るとか聞いたことないぞ......」


 あちこちから不安や焦りの声が上がってくる。

 そんなみんなの不安をかき消そうと、アリナが指示を出した。


「こちらアリナ! 砲兵と騎兵各員に告げる! ケルベロスが穴を掘ってアタシたちの一斉射撃を凌いだとしても、穴を掘ってる間は絶対攻撃が当たってる! だからきっと簡単に倒せる! だから弱気になるな!」


 その声で、不安がっていた隊員も少しは変化が起きたようだ。


「そ、そうだ! 穴を掘ったってことはそれだけピンチだったってことだ!」


「きっと勝てる!」


 アリナはやる気がどんどん伝播していくのを感じた。


「よし! そうと決まれば武器を持って厳重警戒!」


「応ッ!」


 なんとか砲兵と騎兵はまとめることが出来た。

 あとは迎え撃つだけだ。


 その時だった。


 ゴゴゴゴゴと地面が唸りを上げるように揺れた。


「……来る!」


 アリナは銃を構える。


「ッ……!」


 他の砲兵も銃を構え、騎兵は弾薬を補充し終わり、急いで機体に乗る。


「クソッ、こんな近くに出たら撃てねぇじゃねぇか」


 ベルハラは、近距離戦では味方を巻き込む可能性が高いので主砲を撃つことができないことを察する。


「お前ら頼むぞ!」


 だから機体が小さく、巻き込む可能性が低い他の騎兵3人に主砲を撃つことは任せ、自分は副砲で迎え撃つことにした。


 ゴゴゴゴゴと、地面はまだ唸りを上げる。


「い、いつ来るんだ」


 なかなか現れないケルベロスに、隊員たちがまた不安になってきている。


 その時地面の揺れと唸りがピタッと止まった。


「ッ……!」


 隊員たちに緊張が走る。


「ヴャオオオンッ!!!」


 雄叫びと共に土が盛り上がり、ケルベロスが飛び出してきた。

 その姿はあの凛々しいケルベロスとは思えないほど醜く、青い血だらけで、アンデッドのようにも見えた。

 不幸中の幸いか、ケルベロスが出てきたところは誰もいないところだった。


「で、出たぞー!」


 砲兵の1人が声を上げると、全員が臨戦態勢に入る。


「動く前にやる! 総員構え!」


 アリナがみんなの先頭に立って指揮を執り、こちらから攻撃を仕掛けようとする。


「なんか最初見たときと変わってない?」


 誰かがそう言った。

 言われてみれば、骨格が少し変わっているように見える。

 特に前脚が大きくなっており、今まで以上に化け物のようになっている。


「今はそんなこと考えなくていい! 総員! ――」


「ヴァンッ!!!」


「え」


 ケルベロスが現れた直後、ケルベロスの攻撃範囲に入らないよう距離を取った。

 しかし、様子のおかしいケルベロスは、その距離をほんの一瞬で詰めてきた。

 アリナの眼前には鋭利な爪があり、今からじゃとても避けられないと察した。


「アリナぁ!」


 誰もが動けない中、ターボグライドを最大出力にしてアリナに飛び込んだのはリサだった。


「ちょっ……!」


 リサがアリナに飛び込んだことにより、間一髪のところで攻撃を躱すことができた。

 勢いのまま2人は転がり、ケルベロスと少し距離を保つことができた。


「何してんのリサ!」


 アリナはすぐに起き上がり、なぜ危険を冒してまで自分を助けたことを怒る。


「アハハ、体が勝手に、動いてね」


 リサは軽く笑い飛ばした。

 お互いに無事なことを周りも察したのか、目の前のケルベロスに集中する。


「それよりも、アイツ、強くなって、ない?」


 リサは途切れ途切れな声で、ケルベロスが明らかに変化していることをアリナに確認する。


「でもあれだけボロボロなら、消耗させたら勝手に死ぬと思うけど」


「いや、あの速さなら、消耗させる間に、死人が出ちゃ、ウッ……」


「ちょ、ちょっと大丈夫!?」


 リサが苦しむ様子を見せる。

 心配になったアリナが近寄るが、リサは手を出して近寄るのを止める。


「大丈夫! 急に、出力上げて、体がビックリ、してるだけ」


「そ、そう? じゃあちょっと休んでて」


「で、でも」


「これは命令! 休んでる間に倒すから待ってて」


 アリナは笑顔でそう言い、ケルベロスに向かっていった。


「総員構えー!」


 アリナの指示により、固まっていた隊員は我を取り戻して銃を構える。

 ケルベロスは自分の変化に驚いているのか、次の攻撃を行っていない。


「撃てぇ!!!」


 アリナの一声を皮切りに、銃声が響き渡った。




◇ ◇ ◇




「ッ……!」


 砲兵たちの近くまで来ていたルリが、ケルベロスの雄叫びを耳に入れる。


「こちらルリ。近接部隊各員に伝える。砲兵と騎兵がいる場所にケルベロスが現れた。全員そこに向かえ」


 近接部隊に一方的に通信を入れ、現場へ急いで向かった。


 やはり近距離戦が得意だから砲兵と騎兵を狙いに行ったか。

 やはり今回の敵、知性がある。

 特殊個体? 変異種? 戦いの中で進化?

 今はそんなことはどうでもいい。

倒せばいいだけだ。


 ケルベロスを考察をしながら走っていると、銃声が響き渡った。




◇ ◇ ◇




「お、おい。俺らどれだけ撃った?」


 砲兵の1人の男がそう言った。


「つべこべ言わずに撃って!」


 同じ砲兵の1人の女が男を叱り付ける。


「でも、全然倒れる気配がないぞ.……」


 スクラープ用の銃で、マガジンの半分の弾薬は撃ったはずだ。

 それでもケルベロスにダメージが入っている様子は全く見えない。


「クソっ!!」


 騎兵の1人も主砲を撃ち続ける。

 傷口を狙って撃っているので、怯ませることには成功しているが、こちらもマトモなダメージが入っている感覚はない。


「怯んでることは確かだ! 後衛は残弾数気にしながら撃て! 前衛はとにかく多くうち続けろ!」


 アリナが指示を出し、形成をなんとか保とうとする。


「こちらアリナ!! ルリ! 今どこ! 早く援護に来て欲しい!」


 このままケルベロスが何もしないとは限らないので、急いでルリに来てくれるよう通信を入れた。


「こちらルリ。もう目の前だ」


「え?」


 砲兵の後衛の背後から青いスクラープが迫ってきていた。


「ッ……!!」


 ケルベロスはハッとした。

 自分にとって、この中で1番の天敵の匂いがしたからだ。


「ヴヴヴ……ヴァアアアア!!!!」


 ケルベロスはおぞましい雄叫びを上げた。

 砲兵と騎兵は思わず銃撃の手を止めてしまった。


「しまっ――」


 ケルベロスは、先ほど見せた尋常ではない速さでルリに向かっていった。


「……スクラープ出力上昇。レベル6」


 ルリも雄叫びに呼応するかのようにスクラープの出力を上げた。

 ルリのスクラープは白い光に包まれ、さらに速さを上げる。

 ケルベロスは前脚を、ルリは戦斧を大きく振りかぶった。


 次の瞬間、鋭い金属音に似た音が響き渡った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る