第5話 ケルベロス戦決着



 その場にいた者は全員唖然としていた。


「嘘っ……ルリがあんなに押されてるなんて……」


 目の前には、ケルベロスの目まぐるしい攻撃をなんとか防ぎ続けるルリの姿があった。


「最初のぶつかり合いは互角だったのに……」


「え、援護射撃を!」


「無理......あんな速いの当てれる気がしない……」


 砲兵ガンナー騎兵トルーパーは、どうしようと狼狽えている。


「こちらアリナ。どうするベルハラ」


「どうもこうも、アソコに入んの無理だろ」


 アリナとベルハラも、自分の力では戦いに参加できないと察する。


「じゃあ勝利を祈るしかないよね……」


 何もできない不甲斐なさで、アリナは俯いてしまう。


「いや、きっかけなら作れるんじゃねぇか?」


「きっかけ?」


 ベルハラは何か考えがあるようだ。


「形成が逆転するためのな」


 ベルハラはそう言うとアリナとの通信を切り、誰かに通信を入れた。




◇ ◇ ◇




「クッ……」


 ルリはケルベロスの攻撃に防戦一方だった。

 もう4足歩行のケルベロスは姿はなく、後ろ足だけで立っている状態だった。

 全体で見るととてもバランスが悪く、おぞましいという言葉が似合うほどに体が変形していた。


 攻撃のパターンもさっきとは違う。

 レベル6でもここまで差があるか。


 前脚、いやもう腕と言ってもいいだろう。

 それほど変形した前脚は、リーチが長くなっているので、反撃しようにも距離を易々と取られてしまう。


 何かきっかけがあれば……。

 変異したとはいえ、命を削って戦っているのは確かだ。


 ルリはなんとかケルベロスの攻撃を躱しながら、起死回生の一撃を狙っていた。

 そのためにも1度かなりの距離を取る。

 幸い、今ケルベロスはルリに夢中だ。

 他の隊員は、刺激をしなければ襲われることはないだろう。


「ヴァァアッ!!」


自分がお前より強いと主張するように腕を広げて吠える。


その時だった。

突然、ケルベロスの3つの頭から青い血が飛び散った。


「ギャンッ!!!」


 何が起きたのだとルリが呆気に取られてると通信が入った。


「こちらミーナ。やっと動きが止まったから、3人で残りの目を潰した。今のうちに」


 先ほどベルハラは、ミーナたち狙撃手スナイパーに通信を入れていたのだ。


 ルリは返事は後にし、とにかくこの好機を逃すわけにはいかないと、ケルベロスに急接近する。


「ッ……!!!」


 ケルベロスも危険が迫っていることを察したのか、どこから来るか分からない敵を迎え撃とうとする。


「ヴァァアッ!!」


 ケルベロスはタイミングを計り、前方に大振りな攻撃をする。


「フンッ!」


 しかしルリは後ろに回っており、背中を戦斧で思い切り叩きつける。


「ギャァアッ!!」


 久しぶりに、ケルベロスにマトモなダメージが入った。

 悲痛な声で叫びながらも攻撃を受けた方向に大振りな攻撃をした。

 もちろんルリは容易く躱しており、すぐさま次の攻撃を仕掛ける。


「凄い……ベルハラはこれを狙ってたの?」


 この光景を見ていたアリナは形成が逆転し、ルリがケルベロスを圧倒していることに驚いている。

 そんなことを言ってると、ちょうどベルハラから通信が入った。


「こちらベルハラ! まだまだやるぞ! 砲兵に空に向かって銃を撃つよう指示しろ! もちろん弾切れまでな!」


 ウキウキな声でベルハラはそう伝えてきた。


「え? わ、分かった!」


 とりあえず理解する暇はないとアリナは思い、ベルハラの案に乗ることにした。


「こちらアリナ! 砲兵各員! 空に向かって撃て! とにかく撃てぇ!」


「ど、どういうこと?」


「よく分かんないけど、何か考えがあるんでしょ!」


 アリナの指示に疑問を持ちながらも、砲兵は空に向かって銃を撃ち始めた。


「ヴゥ……?」


 ケルベロスは目が見えるわけでもないのに、周りをキョロキョロし始めた。


 そう。

 今視力を失ったケルベロスは、聴力と嗅覚に頼る他ない。

 それを見越したベルハラは、銃声を響かせ、銃撃の火薬の匂いを漂わせた。

 これでケルベロスは圧倒的に不利になった。


「まさかここまで有利になるとはな」


 ルリは先ほどとは一変した光景を見て、少し驚いていた。


「おーい! 俺たちもいるぞー!」


 後ろから声がしたので振り向くと、手を振るジャズを先頭に、近接部隊メレーの6人がスクラープで走ってきていた。


「ちょうどいい。手が足りなかったところだ」


「あー、見て大体分かったぜ。チャンスだなこれ。よっしゃトドメ行くぞお前らァ!」


「応ッ!!」


 そこからは一方的な戦いだった。

 ケルベロスの攻撃は簡単に見切られ、B級モンスターの面影はもうなかった。




◇ ◇ ◇




「こちらルリ。第4小隊総員に伝える。今回の標的、ケルベロス及びガルム48体の討伐完了だ」


 うつ伏せに倒れてピクリとも動かないケルベロスを前に、第4小隊総員に標的の討伐を完了したことを伝えた。

 それを聞いた隊員たちからは、喜びや安堵の声が上がる。


「これより帰還の準備に入れ」


「はっ!」


 ルリは、隊員たちの気が抜けきる前に帰還の準備を促す。

 その指示を聞き、隊員も再度気を引き締めて帰還の準備にかかる。


「ッ……!」


 ルリも、長時間上げていたスクラープのレベルを下げる。

 長時間レベルを上げていたこともあり、身体中が悲鳴を上げている。


「流石に効くな。これは……」


 一気にダルさと脱力感が押し寄せる。


 細かい指示は誰かに任せて車両で休もう。


 ルリはターボグライドを微力ながら稼働させ、車両へと向かっていく。

 他の隊員のほとんどは、ケルベロスを荷台に運ぶ作業をしている。

 そんな時、ルリに誰かから通信が入った。


「こちらリサ。ちょっと、肩貸してくんない? 1番後ろの、車両にいるから」


 通信を入れてきたのはリサだった。

 確かにさっきから姿を見ていない。

 なんで俺がと疑問に思いながらも、この体じゃ何も手伝えないので、リサがいる方へ向かっていった。




◇ ◇ ◇




「あ、こっちこっち……」


リサの声がした方を見ると、車両の影から飛び出した手が手招きしていた。


「はぁ、俺も立ってるのがやっとなんだがな」


ルリは嫌味っぽく言いながら、車両の後ろを覗く。


「ッ……」


そこにいたリサは、スクラープの首から上を外に出した状態で、車両に背をもたれて座り込んでいた。

背中から大量の血を流しながら。


「スクラープから溢れるほどの......今手当てを――」


 手当のため、人と医療道具を持ってこようと振り返るルリの足を、リサは力なく掴んだ。


「いい……自分がもう、助からないことは、分かってる」


 途切れ途切れに、もう手当のしようがないことを伝えた。


「それに、結構傷大きいし、ここじゃどっちみち、治療できない」


ルリはその言葉を聞き、覚悟を決めた。


「……ではみんなを呼んでくる」


 リサはゆっくり横に首を振った。


「みんなに、見られて死ぬのは、ちょっと恥ずかしい」


 僅かに笑みを浮かべながらそう言った。


「でもなぜ俺が?」


「ルリに、言いたいこと、あったから。ガハッ……」


 吐血の勢いで、倒れそうになるリサを急いで抱き抱える。


「ゆっくりでいいぞ」


「最近、モンスターの、様子がおかしい、よね? 今日も、だけど」


「……ああ」


「近々、絶対、何かが起こる。そしたら、私みたいに、誰かが、死んじゃうかも、しれなぃ」


 リサの次第に声が小さくなってきた。


「もちろん、ルリの可能性、だってある!」


それでも、最後の力を振り絞るように声を張る。


「でも、あなたは強い。感情も、全然出さないし、冷徹で冷静、だから」


「苦手なだけだ……」


「フフッ……あなたは、そのままでいい。あなたが、ブレたら、小隊がブレちゃう、から、あなたを、軸に、守って、あげてね」


「……分かった」


「それと、アリナには、気にしないで、って、言っといて」


「ああ」


「それから、ぁ」


 ああ、もう声が上手く出ない。

 言いたいことまだまだあったのにな。

 意識も朦朧としてきた。

 死んじゃうのか、私。

 あっ、これだけ伝えたいな。

 完全に私の我儘だけど。

 私の生きた証として。


「ル……リ……」


 リサが何かを伝えようとする。

 ルリは耳を近づけた。


「この、狂った世界で、苦しむ人たち、を、救ってあげて、ほしいな」


「それは……」


「私の、夢、任せても、いい? 我儘で、ごめんね」


 涙を流しながらリサはそう言った。


「ああ、任せろ」


「ありが、とう……」


 力の限り伝えたいことを伝えたリサに、どっと重みが増した気がした。

 顔を見ると、リサの目から光が消えていた。

 ルリは丁寧にその場にリサの体を寝かせ、手で瞼を閉ざした。


「……」


「おーいルリ〜? リサ見なかった〜? ってかスパイクランチャーのことも伝えないと。ってかてか! 1人で戦ったことも怒ってるんだからね!」


 リサを探しに来たアリナが、ルリに場所を聞く。

 他にも話したいことが何個もあるようだ。


 ルリは立ち上がり、車両の影から出てくる。


「アンタその血は!」


 ルリのスクラープには赤い血がベッタリとついていた。


「リサならそこにいる。丁寧に運んでやれ」


 ルリはアリナの肩に手を置き、そう言った。


「え?」


「それとお前に、気にしないでと言っていた」


「まさか……」


 何か嫌な予感を察したアリナは、ルリの手を払い、車両の影に突っ走った。

 すぐにアリナの悲鳴が聞こえてきた。


 ルリは振り返ることなく、車両に向かっていった。


 その日、G17第4小隊が1人少なくなった。

 久しぶりに死者が出たからか、この出来事は、第4小隊を狂わせることになる。






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