第6話 新入隊員


 第4小隊はその後、任務のこと以外は何も喋らずに帰路についた。


 もう少しで基地に着くという時に、沈黙が続く近接部隊メレーが乗る車両の中で、突然マルクが口を開いた。


「……ルリ」


 その声には怒気が混じっていることはすぐに分かった。


「どうした」


「なんで途中から俺らに雑魚の処理をさせて、1人でケルベロスと戦った?」


「全員で行けば逃げ回っていたガルムが落ち着いて、挟み撃ちの形にされていた」


「それでも誰か連れてくべきだろ」


「スクラープのレベルが違うから俺についてこれないだろ。そこではぐれたら狙われる」


「そこまで強い自覚があるんなら倒せよ! 変異してからあんなに互角だったんなら倒せただろうが!」


 マルクは立ち上がりながら叫んだ。


「……変異するか怪しかったから、一斉射撃で確実に倒そうとした」


「でも穴を掘って逃げられた挙句、リサが死んだ!」


「ちょ、ちょっと......」


 ラトは言い過ぎと言いたそうだった。


「ああ、読み切れなかった俺にも非がある。悪かった」


 ラトを手で制して謝罪する。


「悪かったで済むと……!」


 揺れる車両の中、マルクはルリの前に立ち、右手を振りかぶった。


「おい落ち着け。全部ルリに責任があるわけじゃない。俺たちにだってある」


 近くに座っていたジャズが殴ろうとすることを止める。


「チッ……」


 マルクは舌打ちをすると、自分の席に戻る。


「……最期見送ったんだろ。なんか言ってたか?」


 マルクは、先ほどとは違った低い声で聞いた。


「ちょっとした約束をした」


「……」


「みんなじゃなくてリーダーに言ったんだ。ちゃんと守りなよ」


 黙るマルクを横に、スーリンがルリの方を見てそう言った。


「……ああ」


 ルリが面と向かって返事をしたとこで、第4小隊全員に通信は入った。


「こちらベルハラ。そろそろ着くぞ。降りる準備しとけ」


 ベルハラは基地に近づいたことを告げた。

 通信が入ったことにより、会話はそこで終わった。




◇ ◇ ◇




 基地に戻り、任務完了の手続き、スクラープを脱いで点検、物資の確認等を済ませる。

 もちろんリサの遺体も、黒い袋に入れた状態で、担当の人に預けた。


 第4小隊が基地に戻ってきた最後の隊だったため、やることを済ませたところで、G17隊は講堂に集められる。

 このように、この基地には朝礼と終礼のようなものがある。


 他の小隊が集まってる中、重い足取りで並んでいく。

 その時第4小隊は全員不思議に思った。

  朝の集合よりも、明らかに隊員の数が少ないのだ。


「よし! 任務ご苦労だった! 各小隊報告!」


 朝もここで指揮していたG17の隊長がみんなの前に出てきて声を張る。


「はっ!」


 各小隊長4人が前に出る。


「第1小隊! ゴブリン30体討伐完了! 軽傷8名! 重傷者2名!」


「よし! 次!」


 次々と任務完了の報告を済ませていくが、やはり今回は負傷者が多い。

 聞く限り、敵の数が多いという報告が目立った。

 隊員の顔もだいぶ暗い。


「よし! 次!」


「第4小隊、ケルベロス1体、ガルム48体討伐完了。軽傷1名、死者1名」


 ルリは淡々と報告する。

 一瞬講堂がどよめく。


「おい死者だってよ……」


「でも統計だと負傷者2名だぞ。凄いな」


「標的が弱ってて少ないとかじゃないのか? 死んだ奴は油断したとか」


「静粛に!」


 隊長は、あることないこと言う人たちを黙らせる。


「明日は任務はないが、新入隊員が来る日だ。朝礼に遅刻するんじゃないぞ!解散!」


 どうやら明日に新入隊員が来るようだ。

 迎える雰囲気としては最悪だが。

 報告会は終了した。




◇ ◇ ◇




「ルリ」


 誰かから名前を呼ばれ、ルリは目を開ける。

 外はとっくに真っ暗で、ルリも自室で寝ていたが、誰かが部屋に尋ねてきたようだ。

 ベッドから起き上がり、腰をかけた状態で口を開いた。


「開いてるぞ」


 部屋の入室を許可すると、部屋に入ってきたのはミーナだった。


「寝てた?」


「いや、問題ない。それで何の用だ」


「一応他の小隊について調べたから報告を」


 どうやらミーナは、他の小隊が多くの負傷者を出していた理由を調べていたらしい。


「そんなことをしていたのか」


「うん。気になったから」


「何か分かったのか?」


「実は、他の小隊の討伐目的のモンスターも変異したらしいよ」


「……なるほど」


 ルリは顎に指を添える。

 リサが死に際に言っていたことを思い出した。


「全体的に変異、いや進化と言ってもいい。それが意味することは……」


「襲撃に耐えられない?」


「まとめて襲撃されたら人類側は負けると思う」


「私たちは今最前線にいるから」


「俺たちが1番にやられるな」


「どうするの?」


「上からは戦えと言われるだろうが、時間稼ぎがいいとこだな。大事な人間だと思われてれば撤退の命令が出されるだろうが」


「……」


「まぁまだ可能性の話だ。俺たちは言われた任務をこなしていればいい」


「本当に大丈夫?」


「心配するな。最悪俺がなんとかする」


「なんとかって?」


「それはその時次第だ。さぁもう寝ろ。明日は新入隊員が来るからな」


 ルリは立ち上がり、ミーナの横を通り、扉を開ける。

 ミーナはルリが開けた扉から廊下へ出ていく。


「気にしないでね。リサのこと」


 そう言って、自分の部屋の方向に歩いていった。


「……」


 戻って行ったことを確認したルリは、扉を閉めてまた眠りについた。




◇ ◇ ◇




 今日も朝、隊員が講堂に集められる。

 きっと昨日言っていた新入隊員の件だろう。

 隊長の後ろに何人か見知らぬ顔の隊員がいる。


「よし! 今から新入隊員を紹介する! 各自! 配属される小隊の前へ移動しろ!」


 隊長が後ろにいた十数人の隊員に指示を出す。

 それを聞いた新入隊員は移動を始める。


「よし! 各自自己紹介をし! 今日は小隊長から色々と教えてもらうように! 解散!」


 半分投げやりのような形で、朝の集まりが終わった。

 解散した後、各小隊で自己紹介が始まった。

 昨日のこともあって、歓迎する雰囲気ではないが、みんな空元気で対応している。


 第1小隊が5人、第2小隊が3人、第3小隊が3人、そして第4小隊は……。


「うちは1人か」


 ルリがそう呟くと、新入隊員が自己紹介を始める。


「今日からG17第4小隊に所属することになった、ラギルス・エラルです! 17歳です! 精一杯頑張るので、よろしくお願いします!」


 今回の新入隊員は女性で、年齢はルリより1つ上だ。

 身長は175〜6cmだろう。

 茶髪のポニーテールで、左頬に傷跡があるのが目立った。

 それでも表情は柔らかく、愛嬌があるように見える。


「ああ、よろしく」


 ルリは軽く返す。

 他の隊員は一言も喋らず、疑うような目で見ている。


「え、えっと……」


「ここの生活についても色々説明する。ついてこい」


 話が続かず戸惑っているラギルス・エラルに、ついてくるよう指示する。


「ミーナも来てくれ。女性関係の問題は任せる」


「分かった」


「他のみんなは解散してくれ。何かあったら報告するように」


 みんなは返事をせずに、散らばっていった。

 ルリも色々な場所に案内するため、ラギルスとミーナを連れていく。




◇ ◇ ◇




「あの……」


 階段を上り終わり、長い廊下を歩いていると、後ろについてきているラギルスが話しかけてきた。


「なんだ?」


 ルリは立ち止まり、話を聞こうとする。


「さっきの自己紹介で、みんな睨んできてたんですけど……何かまずかったですかね?」


「……名前はラギルス・エラルだよな。呼ばれるならどっちがいい?」


「えっと、ラギルス……ですかね?」


「そうか。じゃあお前は今日からラギルスと名乗れ。それと敬語はいい」


「ええ!? そ、そんな! 代々受け継いできた大事な苗字ですよ! あと敬語は使います!」


「その苗字が問題だ。お前貴族かなんかだろ」


「一応軍事関係の支援を行っていますが……」


「じゃあ尚更苗字を名乗るな。ほとんどの奴が貴族が嫌いだからな」


「そ、そんな……」


 ショックを受けているラギルスの後ろからミーナがひょこっと顔を出した。


「そもそもなんで貴族がこんなとこにいるの?」


「それは……お父様とお母様に言われたからです。立派な戦士になるようにと。これでも! 士官学校では実力トップ! スクラープもカスタム可能の実力です! 私立派な戦士になりますから!」


 実力にかなりの自信があるようだ。

 実際、スクラープがカスタム可能ということは、ルリと同等の力を持っているということになる。


「……いい自信だな。頑張れよ」


「はい!」


「あと、お前には知ったことではないが、昨日第4小隊は死人を出したばっかりだ。当然みんな気分が悪い。気をつけるようにな」


「そうだったんですか……」


 ラギルスは悲しい表情で俯いている。


「そんな気にするな。お前は会ったこともないしな」


「じゃあ、なんであなたはそんなに平気な顔してるんですか……」


 ラギルスはかなりデリカシーのないことを聞いた。

 ルリは振り返り、2人に背を向ける。


「……そう見えるか?」


「……」


「なんか空気暗い。早く行こ」


 ミーナはこの空気が嫌になったのか、案内を急かす。


「それもそうだな。案内を再開するぞ」


 ルリは案内を再開した。

 その後をラギルスは、申し訳なさそうについていった。

 ミーナもその後に続く。




◇ ◇ ◇




「……最後に部屋の紹介なんだが」


 最後の案内場所は、ラギルスがこれから世話になる部屋だった。


「ここって……」


 ミーナが少し驚いている。


「そう。共同部屋だ。3人で1部屋だ」


 部屋の扉の横には2つの名札があった。

 1つはミーナ。

 そしてもう1つが……。


「アリナ……さん?」


 ラギルスは名札に書かれてる名前を読んだ。

 ミーナはルリに駆け寄り、小言で質問する。


「大丈夫なの?」


「上の決まりだ」


「私不器用だから多分フォローとか橋渡しとかできないよ」


「大丈夫だ。そこまでお前に期待してない」


「えっ」


「あのー? 入らないんですか?」


「そうだな。ほら説明してやれ」


 流石に女性の部屋にズカズカ入るわけにもいかないので、ポカンとしているミーナの肩を揺らして部屋の説明を促す。


「はっ! ま、任せてっ」


 少し焦った様子で、ミーナは扉を開けた。

部屋には、3つの机、2段ベッドと普通のベッドが置かれただけの質素な部屋だった。

 多少机の上に置物が置いてあるが、女部屋にしては殺風景だった。


「俺は外で待ってるから簡単に説明してくれ」


 ルリは扉の横で壁に寄りかかって部屋の案内を待つことにした。


「わ、分かった。どうぞっ」


「お、お邪魔します」


 若干緊張した様子でラギルスは部屋に入る。


「んんっ。改めて、G17第4小隊狙撃手スナイパー代表、ミーナ。よろしく」


「はい! よろしくお願いします! ミーナさん!」


 改めて挨拶をしたことで、少し和むことができた。


「そこがラギルスの机。寝るとこはは2段ベッドの下ね」


 ミーナは早速、指差しながら説明を始める。

 かなり張り切っているようだ。


「そしてそこのベッドで丸くなってるのがG17第4小隊砲兵ガンナー代表のアリナ」


 アリナは今朝の集まりにも来ておらず、昨日の夜からずっと、ベッドで丸くなっている。

 部屋に2人が入ってきたのに、一切反応を示さないアリナにラギルスが近づく。


「初めまして。今日からG17第4小隊に所属されることになったラギルス・エ……ラギルスです」


 まるで病人に話しかけるように、優しい声で自己紹介をした。


「……ん」


 アリナはチラッと声のした方を見る。

 ボヤけながらも、茶髪のポニーテールの女性が見えた。


「リサっ!!!」


 突然大きな声を出して、ガバッと起き上がった。


「キャッ……」


 突然のことで、ラギルスは少し怯む。


「リサ……じゃない……」


 顔をよく見て、似ているが別人であることが分かったのか、また元の体勢に戻ってしまった。


「あの、リサさんって?」


 ラギルスは振り返り、ミーナに聞いた。


「それは……」


「さっき言った死者だ」


 いつの間にか、部屋に入っていたルリが答えた。


「えっ、あの、す、すいません!」


「だから気にするなって言っただろ」


 ラギルスは急いで謝罪したが、ルリはそう言いながらアリナに近づく。


「アリナ。辛いのは分かるが、明日は任務だ。今日中に切り替えろ」


「……」


 それだけ言うと引き返し、部屋を出た。


「そういえば、お前のスクラープ見てなかったな。見せてくれ」


「えっ! ちょっ……」


「……行こ」


 急遽部屋の説明が終わり、戸惑っているラギルスを置いて、ルリとミーナは倉庫に向かっていく。


「あーもう! アリナさん。帰ってきたらお話しましょうね」


 ラギルスは、また優しい声でアリナにそう言い残し、2人の後を追って行った。



『ラギルス・エラル』

・性別:女

・役割:近接部隊。

・年齢:17歳

・茶髪ポニーテールの身長179cm。

・今日からG17第4小隊に所属した。


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