第19話 兆し


「え......? な、んで......」


――ズシャッ。


 人型モンスター、いや、ここからは死神と呼ぶことにしよう。

 死神は、第1小隊の砲兵に刺した刃を引き抜いた。

 砲兵は膝から崩れ落ち、倒れてしまった。

 刺された箇所から血が溢れ出てきている。


「ウゥ......」


 死神は引き抜いた大鎌を振り上げた。


「目を閉じろ!」


 アランが声を荒らげた。

 隊員たちは、反射的に目を瞑った。


 アランの手に握られていたのは、グレネードのような物だった。

 それを放り投げた直後、辺りが光に包まれた。


「ァ......」


 死神は目が眩み、その場で混乱している。


「ダルカン!」


 予め話を合わせていただろうダルカンが、アランの合図で死神に突進する。


「フンッ!」


 その勢いのまま、武器の槌矛でぶん殴った。

 15mほど吹き飛んだ死神は、少し足元がおぼつかないのか、大鎌を杖代わりにしている。

 流石のパワーだ。


「スーリン!」


「あ、ああ!」


 スーリンが、アランの合図で死神に追加攻撃を仕掛ける。


 さっき言っていたのはこのことか!



『スーリン、ダルカン。2人にだけ話しておくことがある』


『? 陣形については今話しただろう?』


『これから先、もしものことがあったら、俺はフラッシュグレネードを使うつもりだ』


『も、もしものことって......』


『死を覚悟するようなことだ』


『数は?』


『2』


『私たちはどう動けばいい?』


『お前たち2人には――』



「ハアアアアッ!!」


 目が眩んだ相手をダルカンが吹き飛ばし、立て直される前に私が追撃する。

 これは倒す策ではなく、退却のための策だ。


 策が順調に進んでいる中、スーリンは激しく後悔していた。


 私の決断がもっと早ければ、死神と遭遇することもなかったかもしれない。

 私が優秀だったら、対抗策を考えて、あの子を死なせずに済んだかもしれない。

 私がもっと強ければ......。

 強ければ!


「スクラープ出力上昇......レベル5!」


 スーリンは、死神の手前でスクラープの出力レベルを5に上げた。


「ハッ!!」


 死神の左肩から斜めに、剣を振り落とした。


「ウウッ!?」


 まだ視界が取れない死神は、スーリンの攻撃をモロに食らった。


 行ける!


「ハァアアアアアッ!」


 間髪入れずに、あらゆる方向から斬撃を浴びせる。

 死神はなかなか倒れないが、相当怯んでいるように見えた。


 まだ出力レベル上昇に慣れてない。

 体がどんどん重くなっていくのを感じる。

 それでも手を止めるな。

 とにかく剣を振れ。


 スーリンは、呼吸を忘れるほどの集中力を保ちながら斬撃を浴びせる。

 しかし、流石に限界が近づいてきたのか、視界が狭まってきているのを感じ取った。


「クッ............ハッ」


 スーリンは一瞬だけ呼吸をし、攻撃を継続しようとした。

 その瞬間、スーリンの視点が90度回転した。


「???」


 何が起こった?

 倒れたのか?

 呼吸をしなさすぎた?

 早く、立たなければ......。

 まず呼吸を整え、て。


「スーリン!!!」


 アランやダルカンが名前を呼んでいる。


「大、丈......」


 スーリンは言い切る前に白目を向いて気を失ってしまった。


 なぜその光景が見えたのか、それはスーリンのスクラープの顔のパーツの左半分が破壊されていたからだ。

 呼吸をした一瞬、死神は大鎌を凄まじい速さで叩きつけたのだ。

 反射的に盾でガードしたが、力でねじ伏せられ、左腕がひしゃげてしまった。

 そしてその勢いのまま倒れ、今に至る。


「オォ......」


 トドメを刺そうとすると大鎌を振り上げる。


「貴様ァ! よくも第1小隊うちの隊員を!」


 その瞬間、目の眩みが治まったレオが、死神に迫っていた。


「ッ......ウォォォオ!」


 トドメを刺す余裕がなくなった死神は、レオを迎え撃つため構える。


「......チャンスだ! 今動ける者はいるか!」


 アランは死神がレオに集中している間に、退却の準備をしようとした。

 が、振り向いたアランの目に映ったのは、明らかに士気が下がり切った隊員の姿だった。


「お前ら何ボサっとしている! 退却だ! 逃げるんだよ!」


 アランの指示により、なんとか第4小隊の砲兵は動ける兆しを見せた。

 しかし第1小隊は、完全に腰が引けているように見えた。

 尻もちをついて、立ち上がる様子を見せない。


 この調子じゃまともに逃げることも......。


「おい立て! このままじゃ全滅だ! あの高速移動のカラクリが分からない以上、1人ずつ潰されるのがオチだ!」

「ダルカン!」


「は、はい!」


 ダルカンはいきなり呼びかけられてつい敬語になってしまう。


「スーリンを助け出して即退却するぞ。手伝え!」


「う、うん!」


「リャオ!」


「え? 私!?」


 もう1人の第4小隊の砲兵の名前だ。


「なんとかコイツらを立ち直させてくれ。全員で生きて帰るぞ。ソイツもまだ生きている」


 先ほど倒れた第1小隊の砲兵は、別の隊員に抱えられながらも生きながらえている。


「わ、分かった!」


「行くぞダルカン!」


「応ッ!」


 2人は意を決して、死神の元へ向かった。




◇ ◇ ◇




「なるほど......分かった」


 グラルバは誰かと通信を取ったと思うと、すぐに切って部隊全員に指示を出した。


「仮拠点に向け、退却する。全員回れ右だ」


「はぁ? 急に何言ってるんだよ」


 マルクが不満の声を上げたが、グラルバは無視して、退却の準備をする。


「ふぅ......」


 しかしグラルバは、戦う直前の雰囲気を醸し出していた。


 嫌な予感がする。



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