第20話 混沌


「ダルカン、さっきと同じやり方で行くぞ」


「分かった」


「チャンスは一度きりだ。しくじるなよ」


「うん」


 死神とレオがコチラに気づいた瞬間、アランはフラッシュグレネードのピンを抜いた。


「喰らえっ!」


 アランはフラッシュグレネードを死神とレオの足元に投げた。


「なっ、またか!」


 レオには申し訳ないが、巻き込まれてもらう。

 多分退却したくないとか言い出すだろうから、目が眩んでいる隙に一緒に回収しよう。


 眩い光が辺りを包んだ。


「ウゥ……」


「うおおおおっ!」


 先ほどのように、ダルカンが死神を弾き飛ばした。

 しかし、今回はそこまで飛ばなかった。

 それでも、ダルカンはスーリンを、アランはレオを担いで、ターボグライド全開で逃げ出した。


「よし! 逃げるぞ!」


 アランはリャオに呼びかける。


「いつでも行ける!」


 なんとか全員を立たせたリャオは、狙撃手も含めて逃げる陣形を整えていた。


「レオ部隊! 退却だ!」


 合流したアランの合図で、一斉に仮拠点に向け走り出した。


「リャオ」

・性別:女

・年齢:15歳

・第4小隊砲兵ガンナー所属

・緑髪のショートカット。155cm。

・誰に対しても敬語で話す元気いっぱいな子。




◇ ◇ ◇




「やばいやばいやばいやばい!」


 第1小隊の砲兵は焦りの声を上げた。

 退却して直後、後方から木が倒れる音がずっと鳴り響いていたからだ。


「焦るな! 向こうが音を立てて追ってくるなら、距離の把握がしやすい!」


 アランは落ち着くように言った。

 その時、視界がハッキリしてきたレオが、アランに担がれた状態で暴れだした。


「おい下ろせ! 勝手に退却など誰が指示した!」


「俺、第4小隊砲兵アランが指示を出した。逃げきるまで俺が指示を出す」


「ふざけるな! 僕は戦うぞ! まだ僕の全力を見せていないんだ! 絶対勝てる!」


「だったら最初から出せ! お前の身勝手な行動、考え方で致命傷を負った者がいる。その時点でお前の指示はもう聞かないことにした」


「ッ……」


「冷静になれ。この部隊の最高戦力がその様子だと、この部隊の生存率はぐっと下がる」


「ふぅ……分かった。もう大丈夫だから下ろしてくれ」


 抱えられている部下を見たレオは、興奮を抑えることができた。

 走りながらレオを下そうとすると、下ろす途中に自分で飛び降り綺麗に着地した。


「せめてもの償いだ。僕が殿しんがりを務める」


 レオが言った殿しんがりとは、最後尾で敵を足止めする役割のことだ。


「ダメだ。お前は先頭に行け」


「なん――」


「忘れたのか? この森はフォーンがうろついているんだぞ。いざ出くわしたときに足止めされたら確実にアウトだ。だから、強いお前は先頭を走ってくれ」


「そ、そうか。分かった。引き受けよう」


 すんなり受け入れたレオは、加速して先頭に躍り出た。


「随分素直になりましたね」


 リャオがアランにそう言った。


「ずっとこのままがいいんだがな」


 アランは鼻で笑いながらそう言った。


「ウオオオオッ!!!」


 先ほどよりも死神が近づいてきていることを、その咆哮が示していた。


「まだ距離はあるな。このまま行けば仮拠点に着く」


「着いた後どうするんですか?」


「森を抜けて野営する感じか? だがそれだと仮拠点を森に外にして迎撃準備をさせておくべきか」


「じゃあすぐに連絡を――」


 ――ギャッ


 リャオが喋っている途中、アランの背後で断末魔のようなものが聞こえた。


「あっ……ああっ」


 一部始終を見ていたリャオは、震えた声を絞り出した。

 アランはバッと振り返ると、あの死神が立っていた。

 その横では、体が真っ二つにされて倒れている第1小隊の砲兵の姿があった。


「うっ……!」


 グロテスクな光景を見たリャオが吐きそうな素振りを見せた。


「足を止めるな! とにかく逃げるぞ!」


 部隊は足を止めることなく、全力で森を走り抜ける。


「ね、ねえ! シュルケは! あのまま置いてくの?」


 第1小隊の狙撃手がそう聞いてきた。


「……そうか、シュルケというんだな。あの男の名前は」


「答えてよ!」


「悪いが置いていく」


 特に感傷に浸ることなく、アランは淡々と言葉を並べた。


「え……で、でも!」


「来るぞぉ!!」


 アランが隊員を置いていく決断をすると、第1小隊の近接部隊メレーが叫んだ。

 死神が次の標的にしたのは、狙撃手スナイパーの女だった。


「避けろ!」


 間一髪、アランに手を引かれて攻撃を交わす。


「あ、ありがとう」


「ぐっ、感謝するのは生き残ってからだ!」


 幸い、1回1回の攻撃には少しの間がある。

 死神の追ってくる速度が少し落ちた。


 やっぱりだ。

 アイツは瞬間移動ワープ能力を持っている。

 あの倒木はブラフで、距離があると油断されていた。

 だがその能力よりも厄介な問題がある。

 滑るような走り方。

 マントの隙間から見える鋼の体。

 あれは紛れもなく……。


――スクラープ


「おい! やっぱり僕が最後尾を走るべきだ!」


 先頭にいるレオが、痺れを切らして怒鳴ってきた。


「黙って走れ! こっちは上手くやる!」


 アランは大丈夫だと怒鳴り返す。

 続けた部隊全体に指示を出す。


「レオ部隊よく聞け! アイツは瞬間移動が可能だ! 理屈は分からん! 突然目の前に現れるかもしれないから注意して走れ!」

「あとリャオ、先に仮拠点に連絡を入れてくれ」


「む、無理、です。走りながら瞬間移動にも、気をつけて通信、なんて」


 リャオはすっかり萎縮しており、今にも転びそうなほどフラフラしている。


「お、俺がやる!」


 第1小隊の近接部隊が名乗りを上げた。


「助かる。仮拠点にはA級かS級の別モンスターが現れたこと。重傷者2人と死者1人と伝えて――」


「……ました」


 重症の砲兵を抱えていた別の砲兵が、何か言った。


「なんだ?」


「死に、ました……」


 抱えている砲兵の腕はだらんと垂れて、絶命していることは目に見えて分かった。


「……重傷者1人、死者2人と伝えてくれ」


「わ、分かった」


 すぐさま近接部隊の男は、仮拠点に連絡を入れた。


「うおおおおおっ!」


 突然、レオが前方から声を上げながら逆走してきた。


「な、何してんだ!」


 アランはすぐさま止めようとしたが、するりと脇を抜けて、死神に向かっていった。


「悪いが! これ以上僕は冷静でいられる自信がない! ここで戦わなかったら僕は

……僕は!」


 部下が2人も死んだからか、レオは激しく興奮していた。

 もはや、言葉で止めることはできない。


「なぜ死に急ぐことを……おいお前! 名前は?」


 アランは、先ほど連絡を頼んだ近接部隊の男に名前を聞いた。


「セ、セキだ!」


「よしセキ! 追加でレオが交戦中とも伝えておいてくれ」


「分かった!」


 そして全部隊に自体が伝わり今に至る。


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