第26話 憧れ


「ハァッ、ハァッ」


 このままだと追いつかれる。

 足音からして、20体はいるぞクソっ。


 ルリは、体に無理がないほどの速さで走っている。

 走れるほど体力は回復したが、傷が癒えているわけではないようだ。


 無理してでも全速力で走りたいところだが、もしレオが保護されずにいた場合、引きずってでも連れてかなきゃいけない。

 そのときのための体力は残しておきたいが。


「フォオオオオッ!!!」


 声が聞こえる近さに――。


「ハァ……いた」


 ルリの目線の先には座り込んで休憩しているレオがいた。


「やっぱり、ダメ、だったか」


 レオは満身創痍のルリの姿を見て、ゆっくりと立ち上がった。


「ああ、だがあの人型モンスターはどこかに行った。早く逃げるぞ」


「凄いじゃないか。退かれるなんて。でもなんで逃げるんだ?」


「土産を置いていきやがった」


 ルリは自分の背後を指さす。


「フォオオオオッ!!」


 咆哮が聴こえてくる。


「ハハッ、最後にフォーンに、殺されるのは、ちょっと」


「そうだぞ。ここで逃げ切れなかったら、第1小隊の奴らに伝えといてやる。立派にフォーンに轢かれて死んでったてな」


 レオと合流できたからか、ルリは冗談を言えるようにはなった。


「だったら、逃げ切らないと、だね」


 ターボグライドで走っても、体に負担がかからないほどには回復したようだ。


「ほら行くぞ」


 ルリはまた動き出した。


「ハハッ、もうちょっとけが人を労わってほしいな」


 レオも後に続き、2人は少し遅めのペースで走り出した。


 ルリの奴、仕草を見るに肋骨を折ってるっぽいが、それほどの戦闘の後、なぜそんなに動ける。

 応急処置をしたのか?

 フォーンに追われながらは無理か。

 もしかして……。


「どうした? 置いてくぞ」


「……なんでもない」


 レオは、一旦このことは置いといて、逃げることに集中した。




◇ ◇ ◇




――仮拠点にて


「クソっ、こっからどうすりゃいいんだ」


 全部隊に連絡したベルハラが、頭を抱えていた。


 スクラープのレベルが5以上のヤツは今ここにいないし、第1小隊の騎兵たちは自分じゃ動けねぇ指示待ち人間だしよぉ。

 逆に言えば、指示すれば難なくこなすんだがな。


「ベルハラ、この状況どうする?」


 そこに、第4小隊の騎兵の1人、イオが話しかけてきた。


「黙ってろ今考えてるところだ。あと敬語で話せって言っただろう餓鬼が」


「相変わらず口調が悪いね。焦ってるとすぐそうなる」


 ベルハラに悪態をつけられたが、表情を変えることなく、煽るように言葉を吐く。


「脱出しかないでしょ。僕らがやられたらお終いだし」


 イオの言う通り、物資や隊員を乗せた車両を率いる騎兵の機体がやられてしまえば、この中隊の「足」がなくなるということなのだ。

 だからといって、私たちが森から脱出してしまえば、ここを離れている隊員たちの帰る場所がなくなるということだ。

 厳密には遠くなると言うべきか。


「チッ......」


 決めきれない。

 己の判断能力のなさを痛感した。


「......?」


 歯を食いしばりながら、焦る表情を見せるベルハラに、突如通信が繋がった。


「誰だ?」


「こちらグラルバ......」


「イオ」

・性別:男

・年齢:14歳

・第4小隊騎兵所属

・黒髪で、片方の目が前髪で隠れている。149cm。

・小柄な見た目とは反して、誰に対してもズバズバと言葉を吐く。




◇ ◇ ◇




「ハァ、いよいよまずいな」


 ルリとレオは、懸命に走っているが、フォーンはすぐそこまで迫ってきていた。


「そういえば、仮拠点に通信は入れたのかい? このことを伝えないと、被害が拡大するよ」


「……さっきの戦いで壊れた」


「……実は僕も」


 絶体絶命の状態に、通信機能も損なわれてしまった2人。


「……とにかく逃げるぞ。ここまで近づかれたら、迂回する余裕もないしな」


「アハハ、ここまでピンチなの久しぶりだよ」


「笑ってる場合か」


「いや本当に久しぶりだよ。君に助けてもらった以来かな。君は覚えてないと思うけど」


 ふと、そのときの映像が、レオの脳内に流れた――。


 当時、新規隊員だったレオは低い難易度のゴブリン討伐に赴いていた。


『ひっ!』


『ギャハハハッ!』


『…………?』


『……フンッ、ゴブリン相手に腰抜かせてんじゃねぇよ』


 ゴブリンを相手に、萎縮していたレオを助けたのがルリだった。

 これが2人が初めて出会った出来事だった。


『……ご、ごめん』


『まあ、誰だって最初はビビるもんだ。気にするな』


『でも、君は僕と同じくらいの年なのに、怖くないの?』


『怖いに決まってんだろ。誰だってそうだ』


『じゃあどうして……』


『みんなモンスターを、この世界を恐れながら生きているんだ。そんな奴らには、頼れる存在が必要だろ』


『リーダー? になりたいの?』


『まあそんなとこ。もう何も失いたくないから……』


『……もっ』


『?』


『僕も! 君のような人間になるよ!』


 立ち上がったレオは、声を荒げてそう言った。


『……勝手にしろ』


 ルリは、すぐに他のゴブリンを倒しに行ってしまった。

 しかしその後ろ姿はとても大きく見え、レオの向上心がさらに上がった。


「――でも、結局君みたいにはなれなかったな」


「あ?」


「あれからスクラープもレベル6にするぐらい努力もして、小隊長まで昇格した。でも、どうやら調子に乗っちゃったみたいだな。いつの間にか忘れていたよ。あのときの気持ちを……」


 だんだんと、レオの走るスピードが落ちてきていた。


「……御託はいいから走れ」


「この中隊は君に任せていいかな? どうやらまだ僕は未熟だったみたいだ」


 レオは、ホッとしたような声でそう言った。


「フッ、じゃあ今日からお前は俺の部下だな」


 ルリは鼻で笑った。


「そうだね。もう僕はただの駒だ。ここで見捨ててもらっ――」


 レオの言葉を遮るように、ルリはレオを肩に担いだ。


「お、おいっ、何のつもりだっ」


 わざわざ立ち止まって担がれたことに、レオは驚いていた。


「馬鹿だな。部下を見捨てる奴が、頼れる存在になれると思うか?」


 ……覚えていた、のか?


 レオはその言葉に、何も答えなかった。


「飛ばすぞ。振り落とされんなよ」


 ルリはターボグライドをフル稼働し、先ほどの何倍ものスピードで走り始めた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る