Episode 27「習得」

 スキルは、習得しただけではまだ使うことはできず、そして使うには装備する必要がある。

 装備する方法は至って簡単で、スキル一覧から好きなスキルを選択し、装備ボタンを押せば、【スキルフレーム】画面へと移動。


 【スキルフレーム】とは、プレイヤーが持つ計10個(正確にはアクティブ用が5個、パッシブ用が5個)のスキル装備枠のことで。

 この【スキルフレーム】にスキルを装備することで初めて、スキルの発動及びスキルの効果を得ることができる。

 ちなみに、【スキル:植物成長速度上昇】みたいな【パッシブスキル】、つまりスキル発動動作が必要ないスキルなんかももちろん、装備しなければその効果の恩恵は得られない。


 そうして、選択したスキルを条件に該当する丸枠へと嵌め込めたら完了。

 





 私は以前【スキル:植物成長速度上昇】を装備した時と同じようにして、【スキル:魔力探知】を装備した。

 ちなみに、【魔力探知】は【アクティブスキル】なので、【植物成長速度上昇】とは別列の枠に入れなくてはならない。


「よしっ」


 決定ボタンを押し、スキルを固定する。

 これで、いつでも自由に【魔力探知】を使用できるようになった。



――私はスキルフレームを見て、なんだかワクワクとする。

 合計10枠。埋まっているのは2枠だけで、他の8枠はまだからっぽだ。

 余ったこの枠を、いつか強くてロマンのあるスキルたちで埋められる日が来るのだろうか。つい、そういう想像をしてしまう。


 今はまだ、本当に、想像したり願ったりしてばかりな私だけれど。

 全部が叶うことを夢見るからこそ、今はただ、目の前のことに集中しよう。

――リーファさんを探し出すんだ。


 それに、スキルを教えてもらう約束だってしたんだしね。

 忘れてもらったら困るよ、本当にリーファンさんったら。




◆ ◆ ◆




 【アクティブスキル】は【パッシブスキル】とは違い、発動するためにはある動作が必要。

 しかし極々簡単。

 方法は、その名前をただ唱えるだけ。 


「――【魔力探知】!」


 【魔力探知】を発動させることに成功した。

 すると時間を置くこともなく、視界に変化があった。

 

 ズン、と音でも鳴りそうな勢いで、頭を鷲掴みにされたような頭痛が起こる。

 今度は、ぐわんと目眩がし、思わず瞼を閉じる。

 

 明確な痛みはなく、虫を見た時のような強い不快感に近い。

 あるいは酔いの類。


 我慢はできるレベルなので、そんな不快感が消え去るまで、私は藻掻くように額を手で覆った。


 占い師は、何も言わない。

 固唾を呑むよう、ただただ見守ってくれている。

 今は、それだけですごく安心できた。


 

――やっと目眩が引いてきたかな……。

 

 さきほどまでの不快感が消え去り、私は恐る恐ると瞼を開いた。

 そして、今度は別の不快感が私を襲った。

 間違いなく副作用の類ではなくて、私自身の感覚によるもの。


――視界に映る景色が灰黒く、ところどころが黄緑色に光っている。


 そんな奇妙なものを目の当たりにすれば、誰だって不快感は覚えるだろう。

 なるほど、どうりで17歳未満がプレイ対象外になるわけだ。

 大丈夫、私は今年の4月に17歳を迎えている。


 

 にしてもこれは中々……うん、気色が悪い。



 色のせいで、目で物を捉えるのが難しい。

 その上ところどころに光る――黄緑の粒子。

 なんとなくだけれど、つまるところその黄緑の粒子が【魔力】なんだろう。



「どうじゃ? 見えるようになったかの」


 占い師が確信したように問い掛けてくる。

 キリッとした彼女の表情が、今だけはものすごく頼もしい。今だけは。


「はい、それはもうバッチリと」

「そうか、それは安心じゃな。……しかし、お前さんにとっては初めての経験。気分の良いもんじゃあないだろう?」

「まあ、正直」

「はっは、それで良い。ワシだって最初は気持ち悪くってなぁ、何回もゲロったわい」


 かっかっか、と豪快に笑っている。

 こういう場合、なんて反応すれば良いのか迷うからやめてほしい。


「じゃが、慣れればなんてことはなくなる。それにはかなりの時間を要するが……」

「かなりの時間……」

「そんな不安がらんでもええわ。見るもん見えりゃそれで良いんだ。大して時間は掛からない」


 バン、背中を叩かれる。

 今は、そんなスキンシップさえ、私の心を落ち着かせてくれる。

 この占い師。怪しい時と頼もしい時の差が激しいな……。







「で、何が見える?」

「えっと……視界が暗くなって……黄緑色の光とかが見えます」

「そうか。まあ、問題はなさそうだねぇ」


 これは特訓だ。

 なんでも、使用当初は見えるべきものが実際とは異なって見えたり、見え辛かったりするらしい。


「まだ少し、視界がぐわんぐわんします……」

「だろうねぇ……。今はとにかく慣らすんだね。気張るんだよ」

「は、はいっ……!」


 また背中をバシッと叩かれ、意気込む。

 絶対にものしてみせる、と。



 それから暫くの間、私は特訓に励んだ。

 まあ特訓と言えば聞こえは良いかも知れないが、端から見れば、ただ物をじっと見つめたり、目を開けて閉じてを繰り返したり、下手すれば変人扱いされてしまう。

 しかし、人通りのないここなら、そんな心配はする必要もない。

 占いの館が路地裏にあって助かった。


 

 




 5分で目眩が消え。

 10分で物がハッキリと見え。

 20分で不快感も消えて無くなった。


 黒と灰と黄緑の視界。眼に見えるにしては、カオスここに極まれりな色合い。

 しかし、慣れてしまえば案外に苦でもないな。そう思う自分に内心驚かされている。

 何はともあれ、だ。


「大丈夫そうです!」

「そうかい! 案外早かったじゃないか。よくやったね」


 キリッと格好の良い笑顔で褒めてくれる占い師。

 負けじと、私もキリッと顔を強張らせてみる。


「心なしか顔つきも立派になった気がするわい」

「っ……!」


 なんと! まさかの効果あり!

 ふっ、これで私も大人の一歩を――


「なんてな。お前さん、言った途端に頬が緩んでおるぞぉー?」

「そんなっ!?」


 その言い草――まさか私が弄ばれていたとでも言うのか……。

 けっけっけ。まるで魔女のように笑われる。

 ぐぅ……なぜだかすごく悔しい。


「はっは。大人なんてのはな、お前さんが思っとる以上にくだらんもんじゃよ」

「なっ……」


 そして心まで読まれたというのか……。

 やはり、この人には敵いそうにない。


「そんなことよりも早く行きな。りーふぁとやらが待っておるんじゃろ」

「そ、そうだった……!」


 危ない。一番大事なことを忘れるところだった。

 

 私はぱっと身支度を整え、占い師に面と向かう。


「どこに行けば良いのか、ちゃんと分かっておるか?」

「もちろんです」

「なら大丈夫じゃな。それ、行った行った」


 ぐいぐいと背中を押され、私は路地裏を後にする。

 去り際、精一杯の感謝を述べると、占い師は魔女のように笑った。



 その日、とある路地裏から怪し気な笑い声が聞こえたという。

 声の正体は私だけが知っている。なんてね。

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