Episode 19「第二王女」
◇【王都・中央広場】◇
◇【生産者ギルド】◇
「ベルさん、クエストの報告をしに来ました」
「あ、凛さん! ちょうど良いところに!」
明日(ゲーム内時間においては数日後ということになる)リーファさんとスキルの修行をするという約束をした私は、その後、完了したクエストの報告を目的に、クエストカウンターへと向かった。
そして、挨拶代わりに飛んできたのは、パッとした明るい笑顔を振りまく、ベルさんの姿。
どうやら、彼女のほうも私に用があったらしい。
「今、お時間よろしいですか?」
「えっと、まあ大丈夫ですけど……」
「そうですか。では、急で申し訳ないのですが、別室に案内します」
「別室……?」
今日はもうリーファさんとお別れしたし、クエストの完了を報告し終えれば、ログアウトしてそのまま寝るつもりだった。
つまりは、特に用事もなかったということだし。
疑問はあれど、大人しく付いて行くことにした。
◆
ギルドの建物内の奥のほう。
普段からチェーンがかけられている場所がある。
そしてチェーンの更に奥には通路があり、枝分かれするようにいくつもの扉がある。
見たところ、スタッフルームっぽい。
関係者以外は立入禁止なので、当然私もその先へ進んだことはない。
のだけれど、どうやら、目的地とはチェーンをまたいだ先にあるらしい。
「どうぞ」
チェーンを外して、進路の妨げを取り除く。
私はベルさんに案内されながら、やや緊張した面持で歩みを進めた。
いくつかの扉を素通りした先、ベルさんはとある部屋の前で足を止める。
私も止まると、彼女は礼儀正しい佇まいで部屋の扉をノックした。
「どうぞです」
部屋の中からだろう。
まだ幼いであろう少女の声がする。
「失礼します。……凛さん、どうぞ」
ベルさんに促され、私は扉を開けてみた。
「失礼します……」
いわゆる客室のような間取りで、部屋の中心を陣取るソファ以外には特別気になる物もない。質素な部屋。
そしてなぜか、甲冑に覆われた見るからに兵士らしき二人の男が、ソファーを挟むようにして立っている。
若干の圧迫感すら漂うそんな部屋の、中心――つまりソファには、私が予想していた通りの少女が着席していた。
見た感じ7、8歳。
いっても10はないだろうという若さの少女は、私を目視するなり立ち上がった。
「ご足労いただき感謝です」
状況からしてご足労したのは彼女のほうだけれど……。
若干の拙さも見えるがそれでも丁寧な言葉遣いで、彼女は名乗った。
「わたくしは、西部国マウノ第二王女、リリィ・ルノ・マウノと申しますです」
まるで少女とは思えない、ピンと伸ばした背筋を曲げることなく、腰から上を前に傾ける。
お辞儀。その行動の意味を理解した瞬間、今度は彼女の挨拶について理解が外れてしまう。
知識の問題だろうか、言葉遣いは置いといて……。
しかし彼女の佇まいは大人びている。
そんな少女が言う事だからなのか、私は、彼女の発言には嘘がないと直感的に信じ込んでしまう。
とすると、なんだ。
この国の王女様とやらが、初対面のはずの私に向かって頭を下げているらしい。
ようやく事実だけでも理解できた私に、追い打ちをかけるかのように。
少女は……いや、少女と呼ぶことすら失礼かもしれない。
リリィ・ルノ・マウノ第二王女殿下。彼女は私に――
「りんさま、この度はわたくしの我儘を叶えてくださり、ありがとうございました。です」
――お礼の言葉を述べた。
◆
二度も頭を下げた王女を目の前にして、私は思わずぽかんとしてしまう。
色々と、ツッコミどころが多くて、理解が追いついていない。
ベルさんに別室へと案内され。
扉を開けたらこの国の王女が居た。護衛付きで。
そして、なぜか頭を下げている。
第二王女リリィが言う我儘とは、聞けば、クエストを依頼したことだと言う。
ついこの間報告したばかりの、【赤のキャンディーフラワーの花】を三つ納品するという簡単なもの。あれだそう。
ベルさんと、「これを依頼した子はとても良い子なんだろうなぁ」なんてしんみりしながら話していたというのに。
よりにもよって、姫。
やっと放心状態から解けた私は、ちらりと背後を覗く。
そして今気付いたのだけれど、ベルが消えている。
まさか私を一人にしたまま業務に戻ったというのか。
ベ、ベルの、薄情者ぉ〜……。
すると、つまり?
私に逃げ場はないということなのだろうか……。
嫌だ嫌だ。今にも押し潰されてしまいそうなこの圧迫感から、早く抜け出したい。
逃げたい。そう切に願う私とは裏腹に、機嫌の良さそうな姫の姿が間違いなくそこにある。
「りんさま、わたくしはあなたの優しさに触れ、感銘を受けましたのです」
さきほどから言葉遣いがややおかしな気もするが、こんな状況で指摘できるほど私の心は強くできてはいなかった。
とはいえ、です口調の彼女には愛らしさというものがある。
無礼にも、癒やされてしまう。
なので、ひとまずはこのままにしておこう。
「わたくしは、病気気味のお母様に元気を出して貰おうと、花の依頼しましたのです」
「確か、花飾りを作るため、でしたっけ?」
「その通りです。お陰様で、それはもう気に入った、と喜んでいただけましたです」
「それは良かったです」
「そして、花を譲ってくださったりんさまに、お母様からのご提案です」
「それはそれは。……え? 提案?」
突然の変化球。
話の流れが一気に変わった。変わりすぎてびっくりした。
本当に良い子なんだなぁってしんみりしながらうんうん頷いていただけなのに……。
あぁ……なぜだか嫌な予感がする。
「王城自慢【王の庭】の中心を飾る、立派な樹木を、りんさまに植えてもらいたいのです」
ほらね。
「…………」
「王城内にある【王の庭】は、お母様の部屋の窓から覗くとちょうど綺麗に見られるのです」
「………………」
「それだけではありません。城下町の一部からも、その大木が、まるで遠くに映える山のように見え隠れするのです。拝めた日は気分の良い一日になる、と民の方からの評判も良いのです」
「……………………」
「正直なところ、今までのは大きさだけが取り柄で、そろそろ飽きてきたのですよ。なので今度植える木は、それはもう大きく、そして鮮やかな色なものが良いですねぇ……」
なんだろう、最初に部屋に漂っていた空気感以上の圧を感じる。すごく怖い。
ん? 怖い……? 何が……?
……ま、まさか、目の前の、年端も行かぬ少女に、恐怖を感じているとでも言うのだろうか……?
いや、恐怖を感じているのはどうやら私だけではないらしい。
ふと視線を逸した先では、姫の護衛なのだろう二人の兵士が、若干姫に引いている様子。
それほどまでに、さっきまでの姫と、今の姫の気配は違っている。
確実に獲物を捕らえんとする猛獣のようにすら思えてきてしまう。
「もちろん、報酬はお弾み致します。ざっと一千万ゴールド、いえ、倍だってお支払い致します」
「「「!?」」」
もはやひとりごとのように話しを進める姫から、突如提案された金額に思わず驚愕する。
この世界での通貨の価値は未だ理解し損ねている私ではあるけれど、一千万という単語が小学生並みの女の子の口からぽんと出てきて良いものでないということは容易に想像がつく。
現に、私とほぼ同時に、二人の兵士もぽかんと口を開けてしまっている。だらしないものだけれど、同じ状態の私が言えることではなかったね。
「姫様! いくらなんでもそれは――」
「そうです姫様! お考え直しを――」
おっと、流石に兵士が反応するか。
なるほど、姫のお目付け役も担っている、と。
決して恐れるだけではない。その精神、私も見習わないと――
「あら? あなたたちも見てみたくはなぁい? ――ほら、家族と一緒に。ねぇ?」
「「っ!」」
怪し気に細まる目。
女優顔負けの演技。
そして、その小さな身から放たれた言葉なのだと理解し難い、非常識さ。
これさ、今――
――脅した?! 脅したよね!? 姫様今、兵士のこと、軽く脅しましたよね?!
冗談のつもりだろうけれど、かなり怖いよそれ!?
――ゾク。
背筋を撫でられたかのような感触を覚える。
これは、紛れもなく恐怖だった。嫌悪感とか、場合によってはそれくらいの域にまで到達しかねないほどの。
しかし忘れてはならない。相手が十すら越えていないことを。
だからこそたちが悪い。
発言の全てにおいて、あくまで冗談として終わってしまうのだから。
「りんさまも、そうは思いませんか?」
はっとする。
全部計算の内だともで言うのか。
私達は彼女の腹の中だとでも……。
……いいや、きっとそうなのだろう。
すっかり語尾から「です」が外れてしまっているのが良い証拠だ。つまりは、全てが今までの全てが演技。
これが私よりも何年も遅く生まれた子供なのだと、本当に、理解できない。
それにしても、なぜだろう。不思議なことに。
私の口角が上がっていることに気が付いた。
もしかしたら。
私は、今、やっと、この瞬間をもって初めて、理解に至ったのかも知れない。
「……その通りですね、リリィ様」
「あら、リリィちゃんで良いですのよ」
「では、私のことは、りん、と呼び捨てに」
「わかりましたわ」
「ではリリィ……ちゃん」
「はい、なんでしょう」
ここは現実世界とかけ離れた、全く別の世界であることに。
少なくとも、小学生の歳の、倫理観の欠けた少女がいる程度には、狂っている。
「この話、喜んでお引き受けいたします」
「あら。助かりますです。詳細は追ってご報告致しますです」
そう考えたら、もはや打算まみれのこの「です」口調も、なんだか愛らしく見えて――
「では――これからよろしくおねがいします、です♪」
――こないなぁ。
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