Episode 20「飴雨」

◇【王都・中央広場】◇

◇【生産者ギルド】◇



「あ、凛さん!」

「ベルさん……なんで私を一人にしたんですかぁ……」

「いえ、その……私はほら、業務がありますので。あはは……」

「それはそうですけど……、部屋に入る前に一言くらいくれたって良かったじゃないですか」


 姫様改め、リリィちゃん。


 彼女との対話を命からがらで終えた私は、カウンターテーブルにすがって、完了したクエストを報告する。

 クエストの始末処理を淡々とこなすベルに、私は恐々として事の顛末を語った。


 あるいは本当に、失言一つで殺されてしまうのではとすら思えてくる。

 リリィちゃんからは、そんな重圧を感じた、と。


 全てを聞いたベルさんは、信じられないといった表情で、リリィちゃん――リリィ・ルノ・マウノ第二王女について聞かせてくれた。







 絹のようにさらりとした白銀髪。

 水晶のように透き通った碧眼。

 まるで人形のように整った目鼻立ち。


 誰もが目を奪われるほどの可憐な容姿。

 リリィ・ルノ・マウノ。


 この国――西部国マウノを統治する国王シェフレラ・ルノ・マウノとその妻サルア・ルノ・マウノの間にできた三人娘の内、二番目に生まれた少女。


 今年7歳という歳に見合わぬ聡明さを持ち合わせた彼女は、前年から通っている貴族学校においても高い成績を記録しているそう。


 しかし、そんなリリィちゃんも、巷ではおてんば娘として民から愛されているらしい。


 少女らしからぬ頭脳とは裏腹、父母の前では甘えたがり。

 親と城下町に繰り出した時には、父である国王にぬいぐるみを買ってほしいと我儘を言う姿が目撃されては度々話題になるらしい。

 もちろん、愛らしいという意味で。




 



 ベルさんに聞かされたのは、リリィちゃんがいかに可愛い姫であるかの演説だった。

 なるほどどうして、ベルさんもリリィちゃんにご執心のようだった。

 いや、この国の全国民に言えることなのかも知れない。

 あるいはリリィちゃんの両親や兄弟ですら、私が見てしまったあの顔を知らないのでは……?


 彼女のことを深く知れば知るほど、余計に恐ろしくなってくる。


 

 やはり戦々恐々とする私を置いて、ベルさんはいつの間にやらクエスト完了の処理を終えていたらしく、各報酬をとんとんとカウンターに並べる。

 もはや私の戯言など気にも止めません、とでも言わんばかりのご様子だ。

 まるで、子の自慢話を「へーそうなんだーすごいねー」の一言で流す母親のごとく。


 しかし、リリィちゃんが隠しているものを、私がわざわざ躍起になって暴くのも違うだろう。

 少なくとも、彼女の愛らしさに救われている人は大勢いるわけで。

 彼女が何か悪さでもしない限り、裏の顔を晒すことの必要性は感じ得られない。


 ……悪さでもしない限り。


 よって、今後リリィちゃんについて話すのは控えておこうと思った。

 マウノ国民のためにも、私自身の保身のためにも、ね。


 私が考えることをやめたからか。空気的にも、リリィちゃんの話題をする感じではなくなっていた。




「お待たせ致しました。無事、クエスト完了です」


 ベルさんが処理を終えたのと同時、視界の端にピコンと表示された一文。


〈システム:【凛】がレベルアップしました〉

〈システム:【凛】がレベルアップしました〉


 レベルアップと共にメッセージが表示されるのか。

 最初の時は気が付けなかったから、メッセージを見るのはこれが初めてになる。



 にしても、一気に二つもレベルアップしたらしい。

 数日やって、やっと4レベル。むしろ遅い気もするけれど……。

 まあ、気長にやっていくと決めたんだ。これからも、コツコツ上げていこう。




◆ ◆ ◆



◇【王都・中央北通り】◇



 ギルドでの用事を終えた私は、ぷらぷらと商店街を歩いていた。

 本当はすぐにでもログアウトするつもりだった。

 もう遅い時間だし、明日も学校はある。


 でも、クエストの報酬で得たアイテムのこととか。

 新しい植木鉢や種も欲しいなぁって思ってたから。

 それに、明日からはリーファさんによる修行が始まるし。


 リーファさんは修行は簡単って言っていたけれど、なんにせよ、新しいことに挑戦する時は、気持ちをスッキリさせた状態で挑むっていうのが私の性格なんだ。


 つまり、もろもろを済ますために、この商店街にやって来たというわけだった。


 とはいえ、買いたい物に関しては特に決めているものはない。


 植物の成長には時間がかかるから、同時進行で進めれば効率化できるだろう。

 それゆえに欲する鉢と種ではあるけど、まあ、どうしてもというわけではない。

 四つあれば事足りるしね。焦って今買う必要もないかなぁって。


 いやまあ、気に入ったのがあれば普通に買うつもりではあるのだけれど。

 

 どっちかと言えば、もう一つのほうが私的には重要だったりする。

 それは今回達成したクエストの報酬に関すること。

 それと新たに受注したクエストの内容に関すること。


 つまり、クエストに関すること。

 


――【ジョブクエスト(F):初めての栽培】――

職業:栽培家

達成条件:植物を1本育てる。種類や完成度は問わない。

達成報酬:【スキルスクロール:植物成長速度上昇】

――――――――


――【ジョブクエスト(F):キャンディーフラワーの納品】――

職業:栽培家

達成条件:【キャンディーフラワー】を10個納品する。【キャンディーフラワー】の種類は問わない。

達成報酬:2,000G

――――――――


――【ジョブクエスト(F):キャンディーフラワーの納品】――

職業:栽培家

達成条件:【キャンディーフラワー】を20個納品する。【キャンディーフラワー】の種類は問わない。

達成報酬:【キャンディーシャワー】

――――――――


 迫力ある店並びと活気溢れる人並みから、風情を感じながら歩き進められる煉瓦れんが通りの商店街。

 時折そこらの喧騒を眺めつつ、手元に広げた三枚の依頼書に、改めて目を通す。

 これがさっき報告を終えたばかりのクエストらの情報。


 最後の【キャンディーフラワーの納品】というクエストは、以前【赤のキャンディーフラワーの花の納品】を達成した時に、受注枠が一つ余ったので適当に受けたクエストだった。


 その【赤のキャンディーフラワーの花の納品】というのが、今日、散々痛い目を見る羽目になった原因なのだけれど。

 そんなことはつゆほども知らないで、特に何も考えず「いけそう」の一言、ただそれだけでるんるん気分で選んだ次のクエストがこれだったというわけになる。

 

 だから何という話なのだけれど。

 なぜだか、この一枚だけは純粋な思いで目視できない。

 どうしてもリリィちゃんの顔がチラついてしまうのだ。

 いけない、いけない。

 


 先に受注していたクエストと同じ名前ではあるけれど、内容は少し違う。

 倍の達成条件で、報酬がお金ではなくアイテムという点だけ。


 そう、このクエストの報酬はアイテムだ。

 それも、達成条件が倍ときた。


 何が言いたいのかというと、つまり、報酬はそれなりに期待のできるアイテムである可能性が高いということ。

 普通に考えれば、難しいクエストであればあるほど報酬は高価になる。


 私はその理論に則って、期待に胸を踊らせながらインベントリの【キャンディーシャワー】のアイコンをタップした。








 表示される説明欄の上には、アイテムのイラストが載っている。

 名前からでは、アイテムの想像が付かなかったけれど、イラストを見て納得。


――それは、ジョウロだった。


 女子なら誰もが可愛いと目を輝かせるような、カラフルでポップな色彩で飾られたビジュアル。

 飴細工と言われても疑えないような透明感。

 お菓子の国から持ってきたかのよう。


 若干コンパクトかつ、ふんわり丸みを帯びた形姿のそれは、キュートさ満載だ。


 そう、間違いなく可愛いのだけれど……。

 私が持つと浮いてしまわないか心配。


 で、でも、重要なのはアイテムの効果。

 ビジュアルも大切だが、まだまだ初心者の私からしてみればそれは二の次。

 今は少しでも使えるアイテムが欲しい。


 そう祈りながら、説明文に目を通した。



――【キャンディーシャワー】――

タイプ:道具

耐久値:99/99

効果1:植物の品質が高くなりやすくなる。

効果2:【キャンディーフラワー】が実りやすくなる。

キャンディーモチーフのジョウロ。水を与えると甘くなるとかならないとか。

――――――――



 開けてみてびっくり、効果が二つあった。

 

 こういう感じの物もあるんだなぁと感心しつつ、二行に及ぶ効果説明文を読んだ私は、おぉと唸る。

 

効果1:植物の品質が高くなりやすくなる。

効果2:【キャンディーフラワー】が実りやすくなる。 


 つまり、より高品質な花や実が生えやすくなり。

 かつ、【キャンディーフラワー】限定にはなるが、収穫量も増える。


 リーファさんのスキル【フェアリー・ギフト】の効果によって実った【キャンディーフラワー】は、実は50個を越えていた。

 素人目から見ても、それだけで大量であることは違いないだろうね。

 むしろ、素人に許される結果ではなかった気もする。


 もしかして、ズル、になってしまうのかな……?


 ……よし、そのことは黙っておくことにしよう。私とリーファさんだけの秘密。

 まあ、明日以降リーファさんに【フェアリー・ギフト】を教えてもらう気満々なのは許してほしい。



 しかし……この【キャンディーシャワー】というアイテムの効果を合わせれば、飴玉の数が更に増えるということなのか……?


 想像しただけでニヤけてしまう。

 小さな鉢に数十の実がなる光景は、中々にカオスな気がしなくもないのだけれど……。

 もしくはキラキラとして綺麗だろうか。


 まあ、多いに越したことはないよね。



 それもいつかは実現すると良いなぁ。






――【凛】――

LV:4

所持金:2,000Gゴールド

ジョブ:栽培家

ジョブランク:F

所属ギルド:生産

所属クラン:なし

――【ステータス】――

ステータスポイント:115

HP:130/130

MP:16/16

SP:16/16

STR:16

VIT:16

INT:16

RES∶16

DEX:16

AGI:16

LUK:16

――【武器】――

なし

――【防具】――

頭:なし

胸:旅人の鎧

腕:なし

腰:旅人のズボン

足:旅人のブーツ

――【アクセサリー】

【赤のキャンディーフラワーの花飾り】

【鈴音桜】

――――――――

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