Episode 21「衝撃」

 さて、【キャンディーシャワー】の確認も終えたところで。

 お待ちかね、スキル習得のお時間です。


 頭の中でセルフ実況をする。

 それくらい、ワクワクと胸が高まっていた。

 

 私が、こんなにも凄く楽しみにしている理由。 

 色々あるけれど、【スキル:???】を除けば初めてのスキル獲得ってことになるからワクワクしているっていうのと、スキルの名前の時点で見るからに役立ちそうなのが良い。



 さて、待望の初スキル獲得。

 相変わらず街中ではあるものの、そんなのお構いなしに、私は【スキルスクロール:植物成長速度上昇】を使用した。

 

 

 くるめられたスクロールは、ひとりでに開かれる。

 巻物に記された文字が、金色の光に包まれながらふわっと浮かび上がる。

 文字が収束し、一つの塊になろうとしていく。


 以前【仮スキル】を獲得した際は、光が収束しようかというところで破壊された、そんな演出だったが……。


 光が集まり、押し押されるようにして密度を高くしていく。

 やがて、消え入るように、ふっと消滅した。

 それと同時、前回と同様に、スクロールは光の粒子となって消え去った。


 だが、光が消えた次の瞬間、ピコーンと陽気な通知音が成る。

 そして視界に表れる〈システム:【凛】が【スキル:植物成長速度上昇】を獲得しました〉というメッセージ。


 それを見て確信した。

 どうやら今回はうまくいったらしかった。


 前回の様に失敗しなかったことを安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。

 それから、逸る気持ちのまま、私はスキル一覧を開き、目当ての項目に触れてみる。



――【スキル:成長速度上昇】――

タイプ:パッシブ・栽培家

効果:植物の成長速度が10%上昇する。

植物が少しだけ早く育つようになる。初心者栽培家におすすめのスキル。

――――――――



「っしゃ!」


 思った通りの効果に、思わずガッツポーズを決める。

 そして今度は顔がにやけてしまう。


 成長速度上昇効果が20%から30%に。

 つまり、今までは10本で2本分得していたのが、3本になったと。


 花を100本育てれば30本。

 1,000本で300本。



 数字に変換することで私の口角は更に広がっていく。

 

 しかし、ふとすれ違ったプレイヤーに不信そうな顔を向けられたことで、私は正気を取り戻す。

 手を当て、口元を隠す。


 しかし、内心では未だニマニマとしている。

 自分でも理解できるくらい気持ちが悪い。

 けれど仕方がないと思う。

 だって、嬉しいんだもの。


 





 私は、自分が栽培家として徐々に強くなっていくのを実感し、悦に浸っていた。

 そんなんでしばらく商店街を散歩していた。

 今日はもう時間も遅かったが、この高揚した気分を落ち着かせるためにぶらぶらとしている。


 とはいえ既に時間も遅いため、長居もできない。

 とりあえず、商店街を端まで見て回ったら、今日はもう終わろう。



 寝て、起きて。

 学校に行って、バイトに行って。

 全部終わったらまたログインしよう。

 ログインしたら、空の植木鉢に新しく土を敷いて、種を撒こう。

 なんの種にしようかな……って、【キャンディーフラワー】くらいしかないか。


 それが終わったら、リーファさんにスキルを教えてもらうんだ。



 あーしようこうしよう。

 明日の予定を頭の中で組み立てる。

 今からわくわくとした思いでいっぱいだった。


 最近は、楽しいという感情が絶えず続いている気がする。

 この間だって、麗華さんに「雰囲気が変わった」と言われたくらいだ。

 以前の私では考えられなかった。


 それもこれも、間違いなく、FLOのおかげなのだろう。

 ゲームを勧めてくれた麗華さんには感謝しかない。


 とはいえ、学校に行ってもバイトに行っても、考えることはゲームのことばかり。

 学校では相変わらず一人ぼっちの日々だし……。

 根本的な部分では何も変わっていない気がする……。

 

「はぁ……どうすれば良いんだろ……」


 結局ネガティブな思考に陥てしまって、足取りは重くなる。


 とぼとぼ歩く私。

 そんな私の真横を、突如、数人が勢い良く抜けていく。

 

「早く行かねぇと終わっちまう!」

「おい押すんじゃねぇっ!」

「金はねぇけど行くしかねぇ!」


 慌てて避ける私の視線が向かう先。

 数々のネームタグからして大多数がプレイヤーと思われる群衆があった。


「何かやってるのかな……?」

 

 狭い屋台。

 店主が、赤くゴツゴツとした、まるで竜の鱗と言わんばかりのそれを掲げ、「狩られたばかりの火竜の剣だよ! さあっ、張った張った!」と叫ぶ。


 掲げられたそれは、鋭い刃を光らせた、一本の大剣だった。


 剣を目前にしたプレイヤーたちは、獲物を捕らえた猫のように目を光らせている。

 そんな彼らは、屋台の幅を飛び出す勢いで、ぎゅうぎゅう詰めになりながらも、各々に叫び散らす。


「1億!」

「1.5億だ!」

「2億!」

「俺は3億出す!」


 規則性のある文言が次々と飛び出す。

 呼応するかのように、次から次へと集まるプレイヤーたち。

 やがて、一本通りの道に、50人はくだらないという人集りが生まれる。


 それでも止むことを知らない喧騒。

 人足も更に増えてくる。


 いわゆる、競りというやつだった。

 ゲームの中じゃ、そんなこともやっているのか。

 にしても大迫力だなぁ。

 

 感心する。

 その圧巻とした光景を少し離れた場所で眺め、はえぇと息を漏らす。


 そう呑気に突っ立ていた私の左肩に、ドンと大きな衝撃が勢い良く伝わる。

 反対方向によろめく私。

 どうやら、誰かとぶつかったらしかった。

 見れば、たくましい体格を持った、女性が居た。


 そしてぶつかってきたそのプレイヤーは、走る速度を若干落とし、ぱっと振り向いて手を合わせる。


「すまない、許してくれ!」

 

 一言残すだけ残して、人混みの中に消えていく。突風のようだった。

 彼女も火竜の剣とやらを求めてやってきたのだろう。

 それを理解するまでには、それなりの時間を要した。


 その間、びっくりした様子でぽかんとするしかできなかった。



「楽しそうだなぁ」



 事をようやく悟った私が、ぽつんと溢すことができたのがその一言だけだった。

 発して、思わず自分でも驚いてしまう。

 言っちゃ悪いけれど、馬鹿みたいに騒いでいるのがこの光景だ。

 しかし不覚にも憧れてしまった。


 押し合って、叫び合って。

 たかがゲーム内のアイテム一つのために必死に走り、何億と出す。

 そんな光景に、憧れという感情を抱いてしまった私はもう末期なのかも知れない。


「なんだそれ」


 ははと笑う。

 本当に末期みたいだった。


 けれどもいつか、私も。

 馬鹿みたいにレベルを上げて、馬鹿みたいに植物を育てて、馬鹿みたいにお金を稼いで。

 稼いだお金で、馬鹿みたいに遊び倒す日がきたりするのかも知れない。


「ふふっ」


 想像したら笑えてきた。

 

 人集りを見て一人で笑う。

 はたから見たらヤバい人かもしれない。

 そんな想像をして、またふふと笑う。


 

 喧騒はやがて収まっていった。

 最後には「9億5千!」という数字が飛び、それ以降、叫びは聞こえなくなった。


 いや、今度は「くそったれ!」とか「ちくしょう!」なんて罵声が飛び交い始めていた。

 そんなのを聞いても尚、くすっと笑えてくるのが不思議だ。


 さてと散り始める群衆に並んで、私も商店街を先に進む。


 そんな私に、ふと、また誰かが肩に触れる感触があった。

 

 今度は優しい衝撃で、肩を叩かれていた。


 さっきと同じ左肩、そこから感じる僅かな揺れを辿り伝うように、私は振り返った。



「やあ」


 

 見覚えのある顔で、聞き覚えのある声で。

 彼女は私の肩に手を乗せていた。


 たくましい体格を持った女性。

 鉄鎧という、女騎士と形容するのが似合う装備をしており、その鎧から生える尊顔はなんとも凛々しい。


 かっこいい人だ、と見惚れてしまう。


 そんな彼女は、さっき私がぶつかってしまった人だった。



「あっ、さっきの」

「まだ居てくれて助かったよ。さっきはすまなかった」


 わざわざ謝りに来てくれたらしい。

 ぼーっとしていた私だって悪いのに。

 なんて律儀な人なのだろうか。



 その後私達は「いえいえ」「いやいや」「私が」「私のほうが」と責任の貰い合いをしてしまう。



「ははっ。いやとにかく、すまなかった」


 「いえいえ」「いやいや」が数回続いた後、きりがないと悟ったのか、女性は改まって頭を下げる。


「いえ、まぁ、こちらこそぼーっとしてしまっていて……――」


 私がもう一度謝って、話は終わる。

 はずだったのだけれど、ふと気になってしまった。

 さっき、私と彼女がぶつかった際にはまだ無かったはずのものが、彼女の背中には携えられていた。


 大きな剣だった。

 そしてその大剣に、私は見覚えがあった。

 

 数分前に、数十人が寄って集ってそれを求めて、金代わりの指を掲げていたのを思い出す。


「それ……」


 確か10億弱したはずじゃなかろうか……。

 思い出し、呆気に取られつつも、指差す。

 私の様子に気付いた彼女は、誇らしげに背中から外してみせた。


「ああ、これか。【火竜爪の大剣レッドクロウ】。さっきの競りでギリギリ買い落とすことができた。それもこれも、君のお陰かも知れないな」

 


 「はっはっは」と豪快に笑いながら、さらっととんでもないことを言う彼女に、私は「いやいやいや」と首と手を振った。

 その後、私たちはぷっと笑った。


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