Episode 25「置き手紙」
学校を終え、バイトも終えた私は、ベッドの上でいつものようにマシンを被り、電源ボタンに指を乗せる。
押し込むと同時、ヴゥンと静かに音を立ててマシンが起動。
ホーム画面に一つだけ表示されたアイコン、FLOのボタンに触れる。
視界が暗くなる。
間もなく、光が指すような演出と共にゲームタイトルがでかでかと現れた。
【フリーライフ・オンライン】
タイトルの下、更にいくつかの選択肢が表示される。
私は、いつもと同じ様に、上から二番目の選択肢に触れた。
【続きから】
触れた文字が点滅。直後、白い光が視界一面を覆う。
眩しくって目を閉じた。
だから音を頼りにして、ゲームが始まるのを今か今かと待ち続ける。
こんなのがもう毎日のことになっていた。
そして、その日の私も例に漏れず、やっぱりFLOにログインするのである。
今日は何をしようかな。そう胸を踊らせながら。
◆ ◆ ◆
◇【王都・中央広場】◇
◇【生産者ギルド】◇
いつものようにゲームにログインして、いつもようにギルドに直行して。
今日はついに【
そんな私の目には、いつもなら無いはずの物が、今日に限って映っていた。
それは、植木鉢をおもし代わりにして挟まれた一枚の紙。
その紙には、恐らくリーファさんが書いたものと思われる、それはもう小さな文字が載っている。
それも、中々に衝撃的な内容。
「は?」
思わず口から出てしまった呟きが、たまたま近くを掃除していたギルドの清掃員さんを怖がらせてしまった。
むしろ、怖がられてしまうくらいにドスの聞いた声なのだと自覚できるくらいには、今の私は驚いている。ものすごく。
植木鉢を持ち上げ、紙を拾い上げる。
僅かに葉の自然の香りが漂う小さな紙切れ。
真ん中には、一文字0.5センチにも満たないであろう小さな文字の羅列で、僅か二行の文章。
『家出します。
探さないで下さい。
リーファ』
◆ ◆ ◆
◇【王都・中央北通り】◇
リーファさんが残した置き手紙を握り締めて、私は街中を探し回った。
無論、これほど広い王都で無闇に探したところで見つかるはずもなく。
絶望した私はやがて、失意の思いでただ意味も無く街を彷徨い続けた。
あわよくば彼女が見つかることを願って。
とぼとぼ歩く。
ひたすらに浮かぶのは、「私は何かしてしまったのだろうか」という自責の念だけだった。
もしかしたらリーファさんは私と居るのが嫌だったのかな。
もしくは、知らず知らずの内にリーファさんを傷つけてしまっていたのかも知れない。
何かあったか。少しでも彼女の気に触りそうなことが。
考えて。
考えて。
考えても、結局何も分からない。
あるいは、そういうところなのかも。
リーファさんを知ろうとしなかった。
リーファさんに寄り添おうとしなかった。
だからリーファさんが傷ついても理解できないまま、ただただ彼女の帰ってくることを祈って待つことしかできない。
――リーファさんとはもう会えないのかも。
そんな言葉がふっと頭を過ぎった。
そしたら、今度は雪崩のように。
まるでガラクタを詰め込んだ押し入れの襖を無理矢理こじ開けたみたいに。
ぐしゃぐしゃとした言葉が、丸くなった私に襲いかかってくる。
なんで。嫌になったから。私のことが嫌いだから。
嫌だ。会いたい。会えない。探さないと。
でも。会ったとして。
会えたとして。
その後は?
――会わないほうが良いのかも。
もうどうすれば良いのか分からなくなって、どうしようもなくなって。
フル稼働のパソコンが頭がジーって熱くなるみたいに、私の頭はわーってなってしまう。
ゲームとは思えないくらいに私の頭は混乱していて。
いちいち殴られるみたいに、恐怖、哀しみ、不安みたいな負の感情全部が私の頭を揺さぶって。
ふとした時に、ぷつん、と分かりやすい音を立てて、私の思考は切れてしまった。
私は、とぼとぼどころか、歩みすら止めてしまって。
道の端っこで、ぽつんと立ちすくんだ。
諦めて、ギルドに戻ろう。
そう決意できるまでの暫くはろくに足が動かなかった。
ようやく浮いた一歩で、私はギルドへの道のりを進もう、とそんな時だった。
チリン――と、冴えた音が耳を突いた。
寝ぼけた体に冷水を浴びせたような衝撃がこの身を襲った。
私は俯いた顔をパッと上に戻す。
――離れるなんて嫌だ!
綺麗なリーファさんをずっと見ていたい。
実は感情的だったり、たまに説明不足だったり。そんな全部が最高に可愛いリーファさん。
他にも、もっと色んなことを知りたい。
私はリーファさんと一緒に居たい! これからも、ずっと一緒に。
ふと、音がしたほうに手を当てれば、桜模様の鈴が再び、されど今度は穏やかな音色で鳴る。
【鈴音桜】に背中を押されて、今度こそ決心した思いを大事に抱きかかえる。
不思議とさっきまでの迷いはもうなかった。
「よしっ」
私は来た道を戻る。
当然、ギルドではない。リーファさんを探しに行くんだ。
宛ならある。今思い付いたばかりだけど。
【鈴音桜】に触れれば、昨日のことのように鮮明に思い出せる。
【鈴音桜】を貰った、平凡普通な私には強烈過ぎるあの日のことを。
――私は、見覚えのある路地裏で、堂々と立ち止まった。
路地裏の奥には怪しい露店。
大通りとは違い、日の光が当たらないせいかやや暗い。
薄暗闇の中、薄笑いを浮かべる老婆の姿だけがそこにある。
相も変わらず、物事の全てを見透かしたかのような佇まいで、そのお婆さん――いや、その占い師は言った。
「やっと来よったな――」
なんとなく、この人ならリーファさんの行方を知っているんじゃないか。そう思った。
ニヤリと笑む占い師の女性。
「――待っとったよ」
相も変わらず、怪しさ満開なのだけれど。
それでも、この人のところへ来たのは間違いではなかったみたいだ。
「さて、何から聞くかの?」
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