Episode 24「リア友」
「――て……さん……きて」
意識が朦朧としている中、遠くから微かに声が聞こえる。
「凛桜さん、起きて!」
私の名前を呼ぶ声が、今度こそハッキリと聞こえた。
窓から夕日が差し込む教室の片隅で私はハッと目を覚ました。
「……ん……もう放課後……」
寝ぼけた頭を起こし、辺りを見回す。
確か、私を呼ぶ声があったはず。
ふと右に振り向けば、おそらく私を読んだのであろう人物がそこに立っていた。
同じクラスの女子だった。
背がすごく低い。整列するとおそらく前の方に並ぶのだろう。そう確信できてしまうくらいには小さい。小動物みたい。
か弱そうな女の子。
そんな彼女の名前は……覚えていない。
「あっ、やっと起きた……凛桜さん、ずっと起きなくて……」
「えっと……何か用ですか?」
「あ、そうだった。教室閉めたくて……すみません」
なるほど。私が起きなかったから戸締まりできなかったのかと理解する。
このクラスメイトは、日直だったのか、教室を閉めるという役目を担っていたらしい。
私が居たことで帰るに帰れなかったのだろう。
申し訳ないことをしてしまった。
「それはすみませんでした、すぐに出ますね」
「あ、いえ、どうぞごゆっくりと……すみません」
「なんなら私が戸締まりしておきますけど」
「いえ! これは私の仕事ですので……すみません」
「……そうですか」
「……すみません」
語尾が「すみません」になっている。
癖なのかな。
見た目からして気も弱そうだし。
生き辛そう……。
まあ私だって遠慮しがちで、あまり人のこと言えないのだけれど。
◆
私が帰宅の準備を終え、小動物の彼女が戸締まり済ましたその後。
流れで途中まで一緒に帰ることになってしまった私達。
夕日に照らされた道を、歩幅を合わせて進む。
「凛桜さんって」と、小動物の彼女が切り出した。
「凛桜さんって居眠りとかするんですね。それも五、六時間目ずっとで、みんなびっくりしてました」
「そう? 居眠りくらい普通じゃない?」
「凛桜さんはいつも真面目でしたから」そう言う彼女の言葉に、いまいち納得できない私。
話を聞くに、小動物の彼女も含めた大抵のクラスメイトは、私こと「
勘違いも甚だしい。
「私なんて全然、真面目なんかじゃないよ」
「でも、テストの順位はいっつも上のほうですし」
「それは勉強が楽しいから……」
嘘じゃない。
普段、バイトに行くか勉強するか寝るかの私にとって、勉強というのは寧ろ唯一の助け舟でもあった。
勉強していれば嫌なことは忘れていられるし、何より、できないことができることに変わる瞬間というのは、言葉にし難い高揚感を伴う。
そういう瞬間が好きで勉強を続けた結果、勉強そのものも好きになれたのだと思う。
「でも、最近はあんまり勉強できてないかな。だから真面目じゃないよ」
「何かあったんですか?」
「まあ、色々と……」
色々、と言って濁す。
どうやら彼女には、私が真面目に見えているらしいし。
そんな彼女にここで「ゲームにハマって勉強できていない」と言ってしまうのは少々気恥ずかしかった。
「居眠りしたのも昨日徹夜でゲームをしていたせい」なんてもっと言えない。
そういう意味では、真面目キャラで過ごしたほうが安全ではある。
よし、これからは真面目キャラで行こう。
「でもそっか……。凛桜さんって真面目じゃなかったんですね。なんだか安心しました」
決心したばかりの私の心は、直後数秒の内に粉々に粉砕されてしまった。
どうやら、小動物の彼女はすごく素直な性格らしい。
真面目じゃないと一言言っただけで、すぐに信じ込んでしまった。
信じ込むも何も、別に嘘を言ったわけではないんだけどさ。
この際、もう全部バラしてしまったほうが楽かも知れない。悪事を働いているわけでもないのだし……。
心のどこかでそんなことを思い始める私。
「凛桜さん……?」
それに、彼女も周りに言いふらすような性格でもないだろうし。
よし。と、決心をして、私は彼女に、正直に話し始める。
FLOをプレイしていくうちに私もどうやら、素直になるということを覚えていたらしかった。
◆
「あっ、あははっ」
「そんな笑わなくても……」
「いえ、その、あははっ……すみません。すごく可笑しくって、ふふ」
やっぱり笑われてしまった。
こんなことになるなら隠していたほうが良かったかも知れないと少し後悔する。
「ゲームで夜更かしする凛桜さんを想像したら、つい……」
「だとしても笑い過ぎ……」
「で、ですよね、すみません。……ふふ」
彼女の笑いは暫く止まりそうになかった。
「意外です。あの、真面目で堅物でクールな凛桜さんの、居眠りの理由がまさかのゲームだったなんて」
「だから、そもそも真面目じゃないし。――と言うか今、ついでに堅物とか言わなかった?」
「クラスでの凛桜さんと言えば、真面目、堅物、クールですよ? 知らなかったんですか?」
「私そんな風に思われてたの?! 知らなかった・というか知りたくなかった。別にクールでも堅物でもないし」
「ちなみに、あだ名が『氷の令嬢』です」
「はあ!?」
そんな、どこぞの漫画みたいな……。
つい声を荒げる私を、やっぱりくすくすと笑う。
ふと、こっちのほうが良いな、と思った。
堅物と言われ周囲から避けられるよりも、こうしてだれかと喋りながら帰るほうが楽しい。
すみません、すみません、と謝り続けるよりも、こうして意地悪くからかう小動物の彼女のほうが可愛い。
あることないことに一喜一憂して、笑い合っているほうがずっと性に合っている。
そう柄にもなく、染み染み考えてしまっていた。
学校から数分ほどゆったりした調子で歩いて、辿り着いた交差点。
真っ直ぐ進む私に、小動物の彼女が手を上げて言った。
「私、こっちなので……」
「うん、バイバイ……」
別れ際は呆気なくて、なんとなく切なくなる。
どうせ明日になればまた会えるのだろうけれど、それでもなぜか、胸の内がもやっとする。
このままで良いのか、と第二の私が訴えてくる。
このまま別れれば、彼女とは今日これきりになってしまうかも知れない、と。
名前すら知らないのに、明日、どうやって彼女に話しかけるのか、と。
また、ぽつんと一人。喧騒が支配する教室で、物憂げに弁当を食べるのか、と。
私は、私に向かって、否定してやろうと思った。
そんなことない、と。
けれど、言葉よりも先に、体が動いた。
「あの!」
去り行く彼女の背中に、二文字。
小動物の彼女は振り返って、二文字。
「はい?」
私は、自分の中にある少ない勇気を使い切る勢いで、制服のポケットに手を突っ込んだ。
コツンと当たる、硬い無機物の電子端末すなわちスマートフォンを手に取って、そのまま取り出して。
「連絡先、交換しよ!」
「……! はいっ、勿論です!」
パッと笑顔になる小動物の彼女。
釣られて、私もパッと笑ってしまった。
もっと何気なく言い出せなかったものか、と後になって羞恥心に苛まれながら後悔するのだろうけれど、今この瞬間は、言って良かったという思いでいっぱいだ。
小動物の彼女、改め、
初めてのリア友というやつに心を躍らせながら、コミュニケーションアプリ内で桂と送りあったメッセージをニマニマと眺めてしまう私であった。
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