Episode 23「七三屋」

◇骨董品店【七三屋】◇



 建物の入り口上に掛けられている年季の入った木製の看板には黒い太字で【七三屋】と書かれている。

 龍がうねるごとき文字の荒々しさはなんとも仰々しく、来る者を自ら選んでいるようにも思えた。


「入りましょう」


 周囲と馴染むことのない、その昔ながらな雰囲気を漂わせる建物に魅入る私の背中をポンと優しく叩くローレルさん。

 

「あ、はい」


 慌てて、先を行く彼女を追うようにして入店する。


 大戸と呼ばれるような、現代では滅多に見られないようなそれをガラガラと音を立て開く。


 まるで強風が顔を覆ったかのような、わっとした衝撃に駆られる。 

 店内を瞳に移した私は、自分でも想像できてしまうくらいに、目をキラキラと輝かせた。


 骨董屋。ローレルさんからはそう聞いていた。

 本当に、店内の雰囲気は、骨董屋それそのもの。

 ただ、想像と違ったところは、品の種類。


 色々な種類があった。

 ただ、その大半が、骨董というよりも素材に近い。

 表の商店街でよく見かけるような、フィールドをさまようモンスターが倒されて落としたのだろう、いわゆるドロップ品がほとんどだった。


 動物の皮、牙、爪。

 キラキラと光り輝く、宝石のような石。

 何かの角、何かの毛、何かの草まである。

 他にも剣、盾、鎧のような、武器や装備も。

 アクセサリーも飾られていたりする。


 未だフィールドに出たり、まともな買い物をしたことが無いような私にとっては、全てが新鮮でたまらなかった。

 屋台や出店で見かける程度の品揃えでは、到底並べないようなレベルに思えた。

 流石、ローレルさんが贔屓にするだけある。



 数歩先に入店したローレルさんが、「おーい、居るか?」と誰も居ない店内に向かって問う。

 店の奥にある階段から、とことこと段を下る音が聞こえてくる。

 こんな渋い店なんだ。店主は屈強で強面な歴戦の戦士を想像する。 

 あるいわシワシワなお婆ちゃん。


 やがて、店内と階段とを繋ぐ出入り口の枠外からぴょこっと顔がはみ出た。

 しかし屈強で強面な戦士も、シワシワなお婆ちゃんもそこにはおらず。

 思いもよらないような、美少女が居た。


 ボーイッシュに短く切り揃えられた藍色髪を揺らす。

 整った顔立ち。

 キリッとした美しい目鼻立ちは、やはり私を魅了する。


 ローレルさん同様、かっこいいお姉さん、といった雰囲気だ。

 そんなお姉さんは、ローレルさんを見付けるや否や、にまりと微笑んだ。

 瞳が細く尖っていく。


 

「ローレルじゃん――およ? 知らない顔があるなぁ……?」

「やあ、菜々。早速だが紹介しよう」


 指と指の間を閉じたきちんとした手のひらを向けられたものだから、思わず私もきちっとしてしまう。背筋を伸ばして、胸を張った。


「彼女は栽培家の凛だ。縁あって行動を共にしている」

「ご紹介に預かりました、凛と申します。よ、よろしくお願いします」

「あら、誰か連れて来るとか、なんや堅物のくせに珍しい。――りんりんね。よろ〜」


「堅物は余計だ。――凛、こいつがこの店の店主の……」

「うちは菜々。普段は周回ばっかやってます。よろしくなぁ〜!」

「よ、よろしくお願いします」


 

 想像と違って美女が飛び出してきたと思ったら、今度は見た目に似合わない軽さだった。

 偏見で申し訳ないのだけれど、一目見ただけじゃ、ローレルさんのようなきちっとしたイメージしか想像できなかった。

 しかし、喋り方や接し方、なんというか振る舞い方全部がフランクだった。


「りんりん栽培家なんやっけ?」

「あ、はい、栽培家です」

「だったらなー、おすすめのアイテムあるんよ。見てく?」

「是非……!」


 そして関西弁!

 そしてりんりん呼び!

 菜々さんはフランクの権化のような人だ。

 すごく接しやすい。



「うち、栽培家には何がええんかよう分からへんねんけど、これとか結構良いんとちゃう?」

「ちゃう……」


 怒涛の関西弁におぉと感動が漏れる。

 なんで感動したのかは自分でもよく分かっていない。


「効果バリバリ付いてんねん。どう? 一回見てみてや」

「みてや……」


 普段聞き慣れない関西弁にいちいち感動しつつも、手渡された商品を見てみる。

 見た目は完全に植木鉢。

 けれど、どこか不気味な雰囲気。 


 植木鉢というだけでも普通に欲しいのだけれど、言われた通り、一応効果を見てみることに。



――【マンドレイクの植木鉢】――

タイプ:道具・家具

効果1:【マンドレイクの種】から育つ【マンドレイク】が必ず【モンスター化】する。

効果2:【マンドレイクの種】の成長速度が100%上昇する。

効果3:【マンドレイクの種】の品質が必ず【最高品質】になる。

不気味な植木鉢。とある種を植えると叫んで逃げるのだとか……。

――――――――

 


「こ、効果が三つもある!?」

「お、その反応。やっぱ良いやつな感じ?」


 伝統工芸品のような重々しさが漂う植木鉢。


 効果を見てみた感じ、【マンドレイク】に特化したアイテムのようだけれど。

 そもそもこの世界においての【マンドレイク】がどういうものなのかも分からない。


 リアルでは、別名マンドラゴラ、もしくはとも呼ばれる。

 つまり茄子だ。

 伝承においては、引っこ抜かれると叫ぶだの、叫び声を聞くと死ぬだの色々あった気がするけれど、その辺りはよく知らない。


 ただ、アイテムの説明欄を見てみた感じ、この世界における【マンドレイク】の扱いにリアルの伝承との大差は無さそう。



「ねえねえ、どうなん?」

「えっと。能力からしてすごくレアなものだとは思います」

「お、やっぱり? じゃあ、それ凛に上げるわ」

「えっ!? いやいや、そんなわけにも! きっと高価ですし……。それにこれ売り物なんですよね?」


 いきなりのことで驚く。

 そんな私を置いて、菜々さんはいらんいらんと手を振る。

 

「そんなのいいねん。どうせここにあるもん全部、私にとっては要らんもんやし。だから、貰って。な?」

 

 関西人ゆえの押しの強さに、若干言い淀む。


「でも、どうも【マンドレイクの種】を育てるに特化したアイテムのようで、どのみち今の私には必要がないと言いか、勿体ないと言うか……」

「そうなん?」

「はい、種持ってないので……。すみません」


 そう、これはあくまで【マンドレイク】という植物を育てるのに特化した植木鉢。

 その【マンドレイク】を育てる為に鉢よりも必要になるアイテムが【マンドレイクの種】だ。

 そんな【マンドレイクの種】を私は持っていない。

 

 見た目こそ不気味だが、植木鉢の効果は有能そのものなのだろう。

 素人目からしてみても理解できる。

 けれど、種を所持していない私がこの【マンドレイクの植木鉢】を持っていても意味が無い。

 宝の持ち腐れというやつだ。


 親切な菜々さんには申し訳ないが、ここは丁重に断らさせていただこう。

 と、思っていたのに。

 

「もしや【マンドレイクの種】ってこれ?」


 スッと差し出された掌に乗る10個や20個はあるであろう粒の数々。

 見た目だけでなんの種かまでは分からないものの、植物の種であることは間違いなかった。


 そして、なんの種のなのか。

 ゲームのシステム上、それは視線を合わせるだけで浮かんでくる。

 そんな便利な機能のおかげで、私は無事、その種が【マンドレイクの種】であることを突きつけられた。


「あ、はい、そうですね……」

「じゃあ、ほい、これもセットであげちゃおう〜」

「えっ! いや、本当に申し訳ないですって」

「あげるってあげるって。気にせんで」

「でも……レベルも低いですし……」

「んなこと言ったら、うちなんか栽培家ちゃうからそもそも育てられんがな。やねんからりんりんが持っときぃな」

「そこまで言うなら……じゃあ。ありがとうございます」


 押し問答の末、折れる。

 勝った菜々さんが、むふふと満足気な笑みを浮かべる。嬉しそうだ。

 こんな一個でも貴重そうな物を、すんなり他人に譲ろうとする精神は、私には理解し難い。

 いや、貰っておいて言える言葉ではないよね。


 あれかな。

 菜々さんにとっては、「アメちゃんあげる」みたいな感覚なんだろうか。

 なんて考える。

 貰った種はインベントリにしまっておく。失くさないようにしないと。


 それでもどこか遠慮がちになっていた。こんな貴重そうなアイテムを今日出会ったばかりの私なんかが貰ってしまって本当に良いのだろうか、と。

 それが顔に出てしまっていたのか。ふとローレルさんが私の頭に手を乗せる。


 驚いて彼女の顔を見上げると、彼女は返すようにふっと微笑んだ。


「菜々はそういうやつだ、素直に受け取っておくと良い」


 そうだよな? そう言わんばかりの目線を菜々さんに送った。

 気付いたのか。菜々さんもそれに応えるように。


「そそ。しょうみ金なんて要らんしね」

「しょうみ……」


 しょうみってなんだろう……?


「ま、だから遠慮せんといてな。欲しいのあったらガンガン言ってな」


 流石にここまで言われて遠慮できるほど、私の肝は据わっていない。

 二人の言葉が素直に嬉しいと思った。

 だから、素直にちゃんと受け取ろう。



「ありがとうございますっ!」



「なんやええ顔するやんか」

「だな。凛、是非これからも私達と仲良くしてくれ」

「はいっ、勿論です! こちらこそよろしくお願いします」

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