Episode 12「雑貨店」
――【赤のキャンディーフラワーの花飾り】――
タイプ:装備・アクセサリー
効果:【キャンディーフラワー】の品質が必ず【最高品質】になる。
とある少女が練習で作った花飾り。少女の優しい想いが込められている。
――――――――
そう言えばこのアクセサリーにも効果はあるんだろうか。
そんな思いから、ふと気になって説明欄を覗いてしまった私は、軽く呆けてしまった。
効果欄にあるこの【品質】とは、その名の通り、アイテムの品質に関係するステータス。
その【品質】についてだけれど、ゲームのヘルプには確かこう書かれてあった。
◆
主に制作物などに付与される【品質】には、【上品質】【高品質】【最高品質】という三段階が存在する。
【品質】の有無や、付与される【品質】の段階は、プレイヤーのステータスや技術によって左右される。
それぞれの【品質】には、アイテムに付与される追加ステータスや追加効果が備わっている。
◆
【赤のキャンディーフラワーの花飾り】があれば、どれだけステータスが低いプレイヤーが育てたものだとしても、【キャンディーフラワー】を絶対に【最高品質】にすることができる。
この【最高品質】がどれほどすごいものなのかはまだよく理解していないのだけれど、本来必要なはずの技術やステータスを無くして付与できるというのは、間違いなく、プラス的な効果なのではないのだろうか。
いや、でもどうだろう。
対象が【キャンディーフラワー】限定になっているので、実はそこまでではないのかも知れない。
とは言え、だ。
【キャンディーフラワー】は初心者にオススメの花。
私だって、これからも沢山育てることだろう。
【キャンディーフラワーの種】だって、まだいくらか余ってたはずだしね。
品質が上がれば、それだけ高く売れたりするのかも。
なら、まだ初心者の私にとっては、すごくありがたい効果だ。
それに、純粋にアクセサリーとして可愛いのだから、なんにせよって感じだ。
指一本サイズの髪飾り、その裏側に縫い付けられたピンで前髪を留めておくことにした。
窓を覗き込む。
ガラスに反射した、前髪に飾られたそれをちょこんと触って手直しする。
綺麗に留めれた私は、映り込んだ髪飾りに満足して、よし、と呟いた。
◆
そう言えば、と思い出す。
私が始めて入手したアクセサリーの、【鈴音桜】というアイテム。
これもまだ装備していなかったっけ。
花たちには、音だけを聴かせて満足してしまっていたから……。
これじゃあ、ちゃんと成長速度増加の効果が付与されているのかも分からない。
しまったと後悔しつつも、同時に、早い内に気付けて良かったと安堵する。
でもこれ、どこに付ければ良いのか迷ってしまう。
耳飾りだろうか。でも、常に耳元で音が鳴り続けていたら、どんなに綺麗な音でも流石にうるさく感じてしまうだろうし……。
組紐部分を腕首にくぐらせておこうかな。
いや、でも、それだと鈴が宙ぶらりんになって、ことあるごとに邪魔になってしまいそうというか……。
そうだ、閃いた。
着物の帯にかんざしが刺さっているのをよく見かけるし、それを真似てみようかな。
勿論帯なんて無いので、ズボンの、ベルトを通すための輪っか、そこにくくり付けておこう。
右の腰辺りにくくり終えた鈴を、ぽんと叩く。
また、よし、と呟いた。
姿が映ったガラスの前で、私は体を揺らし、鈴の音を鳴らす。
髪飾りと鈴、両方が外れていないことを確認する。
アクセサリーを身に着けるだけで結構変わるんだなぁ。
柄にもなくそんなことを考えながら、私はガラスを見つめるのを止めて支度をし、ギルドを後にした。
気分はるんるんとしていた。
◆ ◆ ◆
◇【王都・噴水公園前】◇
◇ガーデニング専門雑貨店【
以前、マップで街中の店や施設を調べていたら、噴水公園前にガーデニング専門の雑貨店があるのを見つけたことがあった。
噴水公園前。もしやと思ったのだけれど案の定、この街唯一の花屋【
栽培家にも関係するその二つの店には、今後もお世話になるだろうし。
それらが近所にだというのは非常にありがたい。
行き来がしやすいからね。
◆
暇を持て余した末にやって来た雑貨店。
右手で重みに耐えながら、ガラス扉を外側に開く。
チリン。チリン。
扉の上端に付けられたベルと私の腰にある鈴、二つ音が重なって、なんとも洒落た音色が奏でられた。
ワンテンポ遅れて、上からまた重ねるようにもう一つの音が聞こえてくる。
ベルや鈴のような、金属製のものではなかったけれど。
「いらっしゃいませ」
店員さんの声だった。
落ち着いて、それでいてよく透き通る声。
声の元は、商品棚の前にしゃがんで作業をしている女性だった。
商品を並べていたのであろう声の主は、とても優しげな雰囲気を纏っていた。
大人びていて、優しそうで、接客業が得意そうな女性。
というのが第一印象なその人は、キリが良かったのか手元の作業を止め、散乱していた道具やらを片付け始めた。
やがて道具を籠にまとめて終え、カウンターの奥の部屋へと姿を消した。
そんな彼女を横目に、私は商品棚へと目線を寄越した。
本当に、ガーデニング専門なんだな。
なんというか、百均みたいな感じ。
というのが、ひと目見た感想。
別に疑っていたわけではないのだけれど。
コーナーごとに区別されている棚を順々に見ていった。
種、土、肥料といった消耗品があれば。
鉢、ジョウロ、スコップ、あとはフェンスや花壇用ブロックなんかもある。
他にも。こんなものも使えるんだな、と意外に思えるようなアイテムも沢山置いてあった。
ちなみに。今日ここに来た目的は、新しい植木鉢が欲しかったから。
それと、適当な種を一つか二つ。まあ買えたら良いな、程度で。
何分、お金が無いからね。
クエストをクリアしても、今回のように金銭的報酬が無い場合だってあるのだから。
それでも、特に必要の無いコーナーを見て回りたくなるのはなんでなんだろうね。
百均とか雑貨屋、あと本屋とかね。買いたい物が無くても、ついつい商品棚を眺めてしまって、それで気が付いたら数十分が経過している、なんてことはしょっちゅうだ。
ま、いつもなら、気を付けるところだけれど、今日は時間もたっぷりとあるし、無駄な時間を過ごしてしまって後悔、なんて心配はしなくても良さそうだ。
それでもまあ、お店自体がそこまで大きいってわけでもないから。
だからどちらにせよ、そんなには時間も掛からなそうだった。
なんて思いつつも、結局、十数分ほど夢中になって、飽きるくらいまで商品を眺めていた。
現実世界では花屋のバイトをしている私でも、植物を最初から最後まで自分で育てるという経験はあまり無かった。
水やりだけ、とか、種やりだけ、手入れだけ、とか。
あるいは知識だけ身に付けていたり。
だからか、このお店にあるようなこういうガーデニングアイテムは、実は私にとって物珍しかったりするのだ。
当然見慣れた物も多く置いてあるけれど、それ以上に、珍しい物、あるいはお洒落な物とかがもういっぱいで。興味が一生、尽きそうになかった。
やっぱり、私はこういう場所が好きなんだなって。
けれど買えるものは限られているわけであって。
だから、そろそろ買うものを決断して、お会計して来ようかな。
決断って言ったって、これは買おう、って最初から決めていた物ばかりなんだけどさ。
さっきまで棚の下の段を見ていた私は、膝に手を当てて背筋を伸ばす。
欲しい物をいくつか手に取り、出入り口付近にあるカウンターテーブルの上に置いてみる。
店員さんは入店直後に見かけたきりで、あれ以降も未だ奥の部屋へとこもっているらしい。
奥で何か作業をしているのか。あるいは休憩中なのか。
どちらにせよ邪魔してしまうなとは思いつつも、このままでは私が困ってしまう。
申し訳ない気持ちを抱えながらも、私はカウンターテーブルに置かれた小さいベルを叩く。
思ったより控えめな音。でも、店内に居れば嫌でも聞こえるだろう。
「は〜い、少々お待ちくださ〜い」数秒も経たずして、奥の部屋から先の店員さんが顔をだした。
「お待たせしてすみません」
「いえ、全然」
出てきて一番に謝られた割には、待たされた時間は数秒もない。
そう畏まられると、むしろ謝らせてしまった私のほうが申し訳なくなってくる。
◆
「植木鉢が一点で、合計1,000ゴールドのお買い上げでございます」
結局、植木鉢一つ買うのが限界だった。
栽培家として歩むであろう道のりの厳しさをひしひしと感じ取れてしまう。
私は、しょぼくれて肩を落としながら、インベントリを開いた。
アイテム欄とは別の【1,000G】と書かれたそれに触れる。
すると金額を操作できるので、【0】と出てきたのを【1,000】まで引き上げる。
最後に【決定】のボタンに触れる。
ズン。途端、右手の掌に重みを感じる。
見れば茶色の巾着が出現していた。
巾着の手触りからして見るまでもなく、硬化が入っている。
状況からして、間違いなく1,000ゴールドという金額が含まれたそれをに眼の焦点を合わせ、ちゃんと【1,000G】と表示されたのを確認してから、店員さんに手渡す。
「頂戴します」そう言われ、私も植木鉢をインベントリにしまう。
「ありがとうございました」
お会計を済ました私は、お礼だけ言って、店から出ようと出入り口の扉に手をかける。
そんな私を、引き止める声があった。
「あの、凜さん」
小さな店内には私と彼女の二人だけしかいないので、声をかけた人物も、そして声をかけられた人物も、明白だった。
店員さんに呼び止められた私は、出口の一歩手前で足を止める。
驚いて振り向いてみれば、今にもカウンターに乗り出しそうな店員さんの姿が。
「もしかして、つい最近、向かいのお店に行かれましたでしょうか!?」
先程までのおっとりとした雰囲気とは違い、勢いがある。
そんな彼女の言葉では、いささか説明不足な気がしないでもないのだけれど。
それでも、状況やニュアンスからして、なんとなく、質問の意味は察せれる。
「向かいのお店」と言うのは、店前の噴水公園を挟んで、真向かいにある花屋【
両方とも、栽培家に関係する店というこのゲームにおいては珍しいタイプらしいので、もしかしたら店同士で関わりがあったり……なんて可能性もあるのかも知れない。とは思っていた。
「あ、はい。【
「いつだったかは忘れましたけど、でも最近です」と付け足しておく。
すると、その店員さんは、ふっと肩を落とした。
まるで張っていた気が緩んだかのように。
「そうですか、良かった。間違っていたらどうしようかと……」
「もしかして、【
「ええ、まあ。珍しいプレイヤーが来てくれた、ってはしゃいでおりましたよ」
私のことを「珍しいプレイヤー」と言うのは、私が栽培家だからだろうか。
そうだったんですね、と相槌を打つ。
言い方からして、【
「あ、じゃあ名前も彼女から聞いたんですね」
「え、名前?」
「え? あ、ほら、呼び止められた時、『凛さん』って。私、名前言ってないのに」
そう言えば、【
そんなことを考えながら、そこまで言うと、ぽかんとした店員さんがふと何かに気付いたらしく、ふふと肩を揺らして笑みを浮かべる。
「ネームタグですよ。凜さん、隠されていないので」
「え、ネームタグ?」
言われて、はっとした。
そう言えば、ログイン初日に生産者ギルドで出会った、ベルに絡んでいたクレーマーおじさんの頭の上には表示されていたっけ。ネームタグ。
確かに、それなら私の名前を当てられたって不思議じゃないじゃないか。
あれ? なら、目の前の店員さんとか、【
あったらすぐに気付きそうなものだけど。
つらつらと考えて、再度、はっとする。
つい数秒前の、店員さんの言葉を思い出す。
「『隠されていないので』ってことは、隠すことができるんですか?」
「はい、できますよ?」
やっぱりそうか。
そう一人で納得する私を見て、店員さんは手を口に当ててお上品に笑う。
「ふふ、知らなかったんですね」
「まあ、はい。……このゲーム、まだ始めたばかりなので」
「はい、そう聞き及んでおります」
およんでおります、だって。
そのどこまでも丁寧な言葉遣い。本当に接客業に向いていると思う。
接客業として働く私だからか、勝手に感心してしまう。
その後も、あははうふふと会話に花を咲かせる私達。
しかし陽も焼けてきた頃、ああそうでした、と何かを思い出した様子の店員さん。(ちなみに、店員さんの名前は【
「本来の目的を忘れていました」
言われて私も思い出した。
確か、木霊さんに呼び止められていたんだっけ。
呼び止めたからには、何か用事があるのだろう。
人伝とは言え、仮にも初対面。
無茶なお願い事などはされないだろうが、どんな話をされることやら。
「急な話で大変恐縮なのですが……」そう前置きする木霊さんの表情は硬い。
その深刻さに疑問を覚えつつも、黙って聞いていることにした。
すると、まさかの一言が彼女の口から飛び出す。
それを耳にした私は、目を丸くせずにはいられなかった。
「凜さんには、このお店、【向日葵】を預かっていただきたいのです」
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