Episode 11「飴の花言葉」

 学校が終わり、友達の居ない私は誰と寄り道するでもなくそそくさと帰宅。

 早めのご飯に、早めのシャワー、明日の学校の準備。

 もろもろを済ませた私は、早速FLOにログインした。

 そして今日も今日とてギルドに居座り続けるつもりだ。




◆ ◆ ◆



◇【王都・中央広場】◇

◇【生産者ギルド】◇



 生産者ギルドに入館して早々、今日分のルーティンを熟すため、私はサービスカウンターの少女に話しかける。

 カウンターテーブルにべったり頬をひっつけて、ぐでーっとする彼女は、相変わらずの不真面目っぷりだ。

 ベルさんを見習ってほしいものだ。


 いつものようにジョウロを渡す。

 彼女は「うい」とだけ返事をし奥に消え、すぐにジョウロに水を入れ戻ってくる。

 その行為は、お互いにとって既に日常化しつつあった。



 このままじゃどうなんだとは思いつつ、今更彼女の勤務態度を否定するつもりもないし。

 彼女は彼女で、あんな態度でありつつも、本来の業務はしっかり熟しているようだった。根が真面目なのか。あるいはただ仕事だと割り切っているだけなのか。

 何にせよ、頼み事には素直に応えてくれるし、私としてはありがたかった。


 あくまでも接客業なのだから、接客態度が悪いという点はかなりのマイナスなのではないのかと思わなくもないのだけれど……。


 ベルさんを見習ってほしいとは思いつつも、仮にもそうなったとすれば、それはそれで寂しいというかなんというか。

 彼女の怠け癖は、もはや個性なのではと納得しつつある今日このごろ。







 そんなことよりも、だ。

 まだ朝の内に、さっさと水やりと音やりをやってしまおう。

 そう思っていた私は、いつもの窓際へと足を運ぶ。

 そして水やりをする。つもりだったのだけれど、しかし、それが今日はいつも通りにいかなかったことに対して、私は歓喜の笑みを浮かべた。



 花が咲いていた。

 【キャンディーフラワーの種】が植えられていた三つの鉢の全部が、美しい花を咲かせていた。


「や、やった……!」


 歓喜して呟く。

 

 案外早かった、というのが今の感想だ。

 後に実をつける植物が数日で花を咲かすというのはすごく珍しい。

 【鈴音桜】のおかげ、というのもあるのかも知れないけれど、育成期間が短ければ短いほど、その分、【鈴音桜】の「成長速度20%上昇」という効果から得られる恩恵も少なくなる。


 それにしては早いな、という気がしないでもない。

 とは言え、言ってしまえばここはゲームの中なんだ。ギルドから最初に貰える種を育てるのにすら1、2ヶ月という時間が掛かってしまえば、流石に初心者も寄り付かなることだろう。

 まあ、栽培家は元々人気が無いそうなのだけど。



「それにしても早い気がする……」


 やはりどこか腑に落ちない心境の私。

 いくらゲーム的結果と言えど、ゲーム内日数において数回程度しか水やりをしていない。

 五回かそこら、だろうか。詳しくは覚えてはいないけど。



 「そう言えば」と思い出したことがある。

 確か、私がゲームにログインしていない間の植物は枯れることはないんだっけ。


 仮に現実世界で10日間ログインしなかったとして、現実世界の八倍で日にちが進むゲーム内においては、すなわち80日もの間、水分を与えていなかったことになる。

 がしかし、それだけの理由で枯れることは決してない。

 もちろん、10日間ログインしっぱなしだった場合、一も二もなく枯れきってしまうだろうけれど。

 枯れることはないが、当然、水無くして成長することもない。

 

 しかし、私ではない第三者による影響は受け付けてしまう。

 例えば、プレイヤーが嫌がらせで私の花を千切ったりした場合、私がログインした後も、千切られた花は千切られた状態のまま残り続ける。

 そういう意味では、誰でも自由に行き来できてしまう、ギルドという公共の場で植物を育てるというのは、このゲームにおいてかなりの危険な行為とも言えるよね。

 ま、生産者ギルドはいつも空いているし、大丈夫かな。


 それに、その逆だってある。

 そう例えば、私が学校やバイトで居ない間、ギルドの職員辺りが私の変わりに水やりをしてくれていた場合なら、水やりという行為による影響を【キャンディーフラワー】は受けることができる。

 つまりは、その人が水やりをしてくれている間なら、私が居ない時でも成長し続けられるとうこと。



 そう考えれば、辻褄が合う。


 育つのがやけに早い理由、うん、なんとなく納得はいった。

 けれど、一体誰が、なんの為に。

 なんて、いくら考えても思い付くことは無いだろうから、いちいち考えはしないけれど。


 けれど、名を知らずとも、その人には感謝の気持ちでいっぱいだ。

 ルーティンである水やりと音やりに、これからは合掌も加えなければ。


 いつかは本人に直接、お礼の一つでもできる日が来ると良いんだけどね。







 さてと、謎が解明されたところで本題に移ろうではないか。

 【キャンディーフラワーの花】が咲くのを待ちに待ったその大きい理由としては、とあるクエストを達成することができるからだ。



――【ジョブクエスト(F):初めての栽培】――

職業:栽培家

達成条件:植物を1本育てる。種類や完成度は問わない。

達成報酬:【スキルスクロール:植物成長速度上昇】

――――――――


――【ジョブクエスト(F):キャンディーフラワーの納品】――

職業:栽培家

達成条件:【キャンディーフラワー】を10個納品する。【キャンディーフラワー】の種類は問わない。

達成報酬:2,000G

――――――――


――【ジョブクエスト(F):赤のキャンディーフラワーの花の納品】――

職業:栽培家

達成条件:【赤のキャンディーフラワーの花】を3本納品する。

達成報酬:【赤のキャンディーフラワーの髪飾り】

――――――――



 これが、私が今、受注中のクエストたち。

 この中で、今回達成することができたのは【(F)赤のキャンディーフラワーの花の納品】というクエストだけだ。


 【赤のキャンディーフラワーの種】を植えていた植木鉢に生える茎、その先っちょには、赤くて小さな花が咲いている。

 可愛らしい花だ。

 これを納品すればクエストは完了。


 問題なのは、その納品数なのだけど。

 これも問題はない。

 必要なのは三本。

 けれど、一つの植木鉢でも咲いているのは計五つ。


 余った二つの花は、数日、あるいは数十日で【キャンディーフラワー】を実らすのだろう。それも楽しみなのだけれど、今はFランククエスト初クリアという事実のほうが、感動が勝ってしまっている。


 早く納品しに行くとしよう。

 目指すは、ベルが居るクエストカウンターだ。


 ついでにクエストボードに寄り、次に受注する予定だったクエストの依頼書を手に取った私は、足早にベルの待つカウンターへと急ぐのだった。







「クエスト達成しました!」

「ついにですね! おめでとうございます、凜さん」


 祝福され、礼で返す。

 

 そして別の手によって淡々と処理は進む。

 書類に印を押したり、何か書き込んだり。

 まさにできる女、といった感じだ。

 私と同年代だろうに、凄いなぁ。

 本当に凄い。


 それに比べて――


 隣数カ所飛ばした先にあるサービスカウンターへ、ちらり視線を寄越してみる。

 すると、だらりとする少女とたまたま目が合ってしまう。

 その少女は書類をめくるでもなく、にこやかな笑みで微笑むでもなく、数秒間見つめ合った後に小さく欠伸をした。


 そして寝た。自分の頭を腕に隠すようにして。


 もはや呆れという感情ですら浮かんでこなかった。

 


「お待たせ致しました」



 ベルの声で、私は前に視線を戻す。

 そして、預けていたギルドカードを手渡され、受け取る。

 

「こちら、今回のクエストの報酬となります。どうぞお受け取りください」


 そういって再度差し出された彼女の両手には、花型の髪飾りが乗せられていた。

 ベルが言った通り、その髪飾りこそが、今回のクエストの報酬、【赤のキャンディーフラワーの髪飾り】なのだろう。

 目線を合わせ、アイテム名を表示させてみても、確かに【赤のキャンディーフラワーの髪飾り】と書かれていることが確認できる。


 間違いがないことだけ確認してから、それを受け取る。


 受け取ってから、改めてまじまじと見てみる。

 名前の通り、私が今納品したばかりの【赤いキャンディーフラワーの花】と同じ形容をしたいくつかの花で編み込まれている。


「可愛いですね、この髪飾り」

「そうでしょう。王都に住む、とある女の子が作ったものなんですよ」

「へぇ。凄い……」


 赤い花の所々に、砕いた飴のような光がある。

 加工、とかではなく、こういう花なのだ。

 【キャンディーフラワー】、飴の花。

 その名に違わない、綺麗な花だ。


 それよりも。

 ベルが気になることを言ったので、私は思わず質問する。

 

「女の子が……? ということは、このクエストの依頼者もその子?」

「そうなんですよ。なんでも、お母さんに渡す花飾りの練習をしたいそうでして」

「あぁ、それで花を集めているんですね」

「そのようですね。なんとも微笑ましいです」

「同感です」


 ふと、じんわりとするエピソードを聞けてしまった。

 日々バイト三昧で疲れ切った私の心には、充分過ぎるほどに染み渡る。


 私も、日々お世話になっている麗華さんに、花飾りの一つでも作ろうか。

 なんて考えて、途中で破棄する。

 ないない、なさ過ぎる。

 この歳にもなって手作りの花飾りは流石にないかな……。


 まあでも、ガラス細工とかで作られた花飾りなら、案外アリかも知れない。

 考えておこう。

 


「ところで、ふと思ったんですけど」

「なんでしょうか」

「なんで【赤のキャンディーフラワーの花】なんでしょうか。花は他にも沢山ありそうなのに」


 砂粒ほどのキラキラとした飴(?)が花弁に散らばっているこの花は、すごく綺麗だと思う。

 けれど、外に出れば、道端には花がいくらでも咲いていそうなものだけど。

 

 何より、【キャンディーフラワーの花】は小さい。

 近いもので例えるならば、ミニトマトのよう。

 

 ミニトマトの花は、黄色く小さくて可愛らしいとは思うけれど、あれを花飾りにしようと思う人は中々いないだろう。

 子供が花飾りを作るのなら、花が沢山咲いている公園にでも行きそうなものだけれど……。


「綺麗だから、っていうだけなんですかね……」


 ぽつり呟いてしまう。

 それだけじゃあどうしても、納得がいかなかったからだ。


 そんな私の呟きを聞いてか、ベルは意見を出してくれた。


「もしかしたら、花言葉に影響されたのかも知れませんね。【キャンディーフワラー】の花言葉がなんなのかまでは知りませんが……」

「あっ、花言葉……。確かに、その可能性はありますね」


 事実はどうであれ、腑に落ちた。

 花屋には、花言葉で選んだ花を贈り物として買っていかれるお客様も珍しくないしね。


 花言葉か。

 そう言えば、トマトの花にはこんな花言葉があったっけ。

 「完成美」。

 それとあともう一つくらいあったはずだけど。


 そうだ、確か――

 思い出して、はっとする。

 

 このゲームの【キャンディーフラワー】、そして現実世界の【ミニトマト】は結構似ていると思う。色んなところが。

 花の大きさや形とか、実が成るところとか。

 飴玉とミニトマトだって、形だけなら結構似ているし。


 だから、あるいは【キャンディーフラワーの花】にも、同じ意味が込められているのかも。

 もしもそうなら、クエストの依頼をしたその少女は、凄く優しい子なんだろうなぁと勝手に想像する。


「花飾り、上手に作れると良いですね」

「そうですね。陰ながら応援していましょう」

「ですね!」

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