Episode 10「仮スキル」

――【鈴音桜】――

タイプ:装備・消耗品・アクセサリー・植物

効果:植物の成長速度が20%上昇する。

桜模様の綺麗な鈴飾り。鈴の音を聴いた植物は活性化すると言われている。

――――――――



 ふと疑問に思うことがあり、もう一度アイテムの説明欄を見てみた私は、『鈴の音を聴いた植物は』という部分に目をつけた。

 この文章の通りなのであれば、成長速度上昇の効果は、鈴の音を聴かせない限り発揮しないということになる。と考えたのだ。

 

 まあ、真偽がどうであれ、それくらいなら大したことではない。

 水やりのついでに鈴を鳴らすだけだし。

 けれど、どうせなら発動条件などをもっと明確に明記してほしいなとも思わなくもないよね。


 分かりづらいとモヤモヤしてしまうのが人間の性だもの。


 というか、一つ思ったのだけれど。

 仮に花に鈴の音を聴かせることが正解だったとして、それは一回限りで十分なのか、それとも毎日必要なのか。その辺の情報すら分からないのは、些か運営側の説明不足が過ぎている気もする。

 

――はたまた、『活性化』というのが『成長速度』とはまた別のことに対するものなのか。

 この一文だけでは本当に何も分からない。

 あるいは私のただの考え過ぎで、別になんの意味も無いのかも知れないのだけれど。いや、それが一番説得力がある。


 なんて思いつつも、毎日だって鳴らすつもりだ。

 鈴を鳴らすというただそれだけの行為。それ以上の価値が、間違い無くこの鈴にはあるのだから。

 


 ということで、さっさと今日の分の音色を花たちに聴かせておくとしよう。

 「水やり」ならぬ「音やり」だね。


 私は鈴紐を片手でつまんで、小さく揺らす。

 チリン、と美しい音がその場の空気を支配する。

 

 聞き惚れる私は、ふと違和感を覚えて、均等に並んだ四つの鉢らから出ている芽に視線を移す。


 【キャンディーフラワー】は今日見に来た時点で既に芽が出ていた。成長が早いようで何より。

 反対に、咲かない花のほうは、今日も今日とて大きくなる気配がしない。


 そんな四つの芽たちから、違和感を感じたんだ。

 なんか……なんだろう……。

 鈴の音が聞こえて、喜んだ。みたいな。


 まさかね。

 もう一度見やる。四つを交互に。

 すると、芽が喋りだしたのだ。なんてことは無い。

 私が息を殺して芽を観察したせいで、その窓周辺は変にしんとした。

 



 それから数十秒ほどじっとしてみたが、異変は起こらず。


「気のせいだよね……」


 きっとそうだろう。そう決めつけて、私はもう一つのアイテム、テーブルに置きっぱにしていたそれを持った。

 その瞬間、私の興味は既にもう、手元のスクロールにしか向けられていなかった。







――【スキルスクロール:???】――

タイプ:消耗品・スクロール

効果:【スキル:???】を習得する

ギルドに飾られた鉢に隠されていた謎の巻物。ボロボロでなんのスキルなのか分からないが、使えはするようだ。

――――――――



 アイテム説明を読んでみてもやはりスキルに関する情報は何も無いか。

 だったらやることは一つしかないよね。


 私は手元にある【スキルスクロール】に視線を合わせ、出現した表示の内【習得】というボタンに触れてみる。

 それが私にとって始めてスキル習得の瞬間だった。


 くるめられたスクロールは、ひとりでに開かれる。

 スクロールの、所々が欠けて読めない文字が、金色の光に包まれながらふっと浮かび上がる。

 文字が収束し、一つの塊になろうというその時、突如、それは停止した。


 かと思えば、収束された文字というかもはや光のそれは、パリンと音を立てて崩壊してしまった。その時、文字が消えまっさらになったスクロールも一緒に、光の粒子となって消え去ってしまった。

 その光景はまるで、子供が、片付け途中のおもちゃ箱を蹴り飛ばし、中身をぶちまけたかのような。

 

 つまり、そういうことなのだ。


 ゲーム、およびその演出についてあまり詳しくない私の目からしても、この光景を見れば、容易に想像できる。

 これは失敗したということか。あるいは、何かイレギュラーな事態なのか、と。

 しかし間違いなく、わーいハッピー、みたいな感じではなかったが。

 果たして。



〈システム:【凛】が【仮スキル:???】を習得しました〉


 

 そんな意味不明なメッセージが一つ表示されただけだった。


 『習得しました』とありはするが、単純に文字通りスキル習得に成功したんだなとは到底思えないし、【スキルスクロール:???】に限らず【スキルスクロール】を使えばどれもこんな現象が発生するなんてとても考えられない。

 つまりは、【スキルスクロール:???】だからこそ発生したのが今回の演出、ひいては【仮スキル:???】の習得、というわけだ。と自己分析してみる。


 一見、失敗したかのよう。

 しかし、失敗ではないのだろう。

 

 【仮スキル】ということは、正式な【スキル】にする必要があるということ。

 なら、やることは一つしかないよね。

 私が【仮スキル】から【スキル】にしてやれば良い。

 

 失敗? いいや、むしろこれは、良いことが起こる前触れなのかもしれない。そうポジティブに考えてみることにした。

 






 手始めに、【仮スキル:???】の全容を知る必要がある。

 そのためにはどうすれば良いのか。そんなの、決まっている。

 

 私は一二もなく、【スキル一覧】というボタンに触れた。

 出現するウィンドウ。



――【スキル一覧】――

【仮スキル:???】

――――――――



 ウィンドウの画面。

 【スキル一覧】という文字通り、スキルの一覧、つまりは私が習得しているスキルの全部が表示された。

 全部、そうこれで全部なのだ。

 何か悪い? 私まだ初心者なので。



 誰に訊いたわけでもないので、「何も悪くはないよ」という答えを待つつもりはなかった。表示された一覧の、一番上かつ一番下にあるそれに、間髪入れずに触れる。

 勢い余って、ちょっと強く押してしまった。

 ウィンドウに爪が当たり、カッと音が鳴ってしまうが、まあ傷が付くことは無いだろう。


 ウィンドウを気遣うことなく、切り替わった画面に対し食い入るように集中した。

 新たに表示されたその画面は、私が想像していた通り【仮スキル:???】の説明欄だった。



――【仮スキル:???】――

タイプ:アンノウン・栽培家

効果:条件を達成することで本来のスキルへと変化する。

条件:植物を100本育てる。種類や完成度は問わない。

謎のスキル。栽培家としての経験を積んだ者にしか扱えない。

――――――――



 説明欄を読んだことで、判明したことは主に二つ。

 

 1。このスキルは栽培家専用のスキルであるということ。

 2。本来のスキルを使用するためには、条件の達成、つまりは植物を100本育てる必要があるということ。


 重要なのは後者のほうだよね。



――植物を100本育てる。



 【キャンディーフラワー】を一つ育てるのにも数日掛かる現状で、100という数字はかなりの茨道だ。

 とはいえ、思った以上に苦労はしなさそう。というのが、正直な感想。


 「100本育てる」ではなくて「100種類育てる」だったならあるいは茨道どころか地獄だったろうけれど……。

 しかし、現実は違う。茨道で済んだだけマシだと考えるべきだろう。


 それに、私は栽培家だ。

 普通にゲームをプレイしていけば、100なんて数字はいつかは越えられるはずだ。


 【キャンディーフラワー】が三つ。今育てているのはたったそれだけだけれど、いずれは五つずつ十ずつと増やしていくことだって……。

 という風に思考してみた結果、「案外簡単なのでは」という結論へと容易に辿り着くことができる。



 元を言えば、あの【スキルスクロール】は私の物じゃなかったんだ。

 棚からぼた餅的に入手できてしまったもの。

 本来入手し得なかったはずのもの。

 それがたまたま手に入ったんだ。

 多少の焦らしは苦でもない。

 むしろこれくらいのほうが、やりがいも増えて楽しそうだ。


 ともかく。

 一つ、目標ができたこと、それだけは確かだった。


 ひとまずは、100という数字を目指して、育てて育てて、育てまくろう。

 「よし」心内に決心する。

 そもそも、どうせ私は栽培家なんだ。【仮スキル】の存在があろうと無かろうと、どの道、植物を育てることしかできないし、する気がない。

 

 つまり、茨なんてのは、はなから存在していないのだ。

 と、洒落たことを言ってみる。

 口には出さないけどね。どこの誰に聞かれるかも知れないしさ。







 【鈴音桜】と【スキルスクロール:???】、そして【仮スキル:???】の詳細を知れた私は、ふぅと一息ついて一段落する。

 ふと窓の外に視線を寄越すと、いつの間にやら景色は真っ赤に染まっていた。

 綺麗な夕焼けだった。


 リアルタイムだと、そろそろ0時になる頃かな。


 ちょうど良いやと思い、今日はもうログアウトすることにした。


 明日はどうしようか。

 もし早起きできたら、学校に行く前にゲームにログインして、花に水やりと音やりをやっておこう。 

 そう言えば、学校はあるけどバイトは無いな。

 学校から帰ったら、すぐにシャワーを浴びて、ご飯食べて、洗濯機回して。

 で、ゲームしよう。

 

 そんなことを考えながら。

 私の意識は現実世界へと引き戻された。

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