Episode 9「鈴の桜」

 私は、ギルドへと続く通りを歩いていた。

 帰り際、「取り乱してすまないねぇ。これはほんのお詫びだよ」その一言と共に手渡された、桜色桜模様の綺麗な鈴を眺めながら。


 桜の鈴は、小さく揺らしてみれば、チリンという細やかな音色が耳を心地良くしてくれる。

 アイテム名は【鈴音桜】。


 鈴を頂いた際、なんで桜なのかと訊いてみると、「神様はその色が好きそうだったからねぇ。ま、お守りみたいなもんだよ」と答えられた。


 桜色が好きな神様。心当たりがあるにはあるけれど……その神様が私に憑く理由が分からない。

 何か恨みでもあるのだろうか。


 ……もしや。

 別れ際、咄嗟に呼び捨てをしてしまったことが、彼の癪に障ってしまったのだろうか。なんて考えが浮かんできては、ハラハラしてしまう。

 そんな思考をいくらか繰り返した後に、考えても仕方がないと気が付いた私は、考えることをやめた。


 第一、その神様とやらが私の想像する人物と合致しているとは限らないしね。

 そう思い込むことにして、心の平安を保つ。 

 

 

 

 【鈴音桜】の話をしよう。


 占い師のお婆さんからその鈴を頂いた時、私はそのアイテム名に僅かながら疑問を抱いた。


 【鈴音桜】を名前通りに解釈するのであれば、鈴音の桜――それは桜の鈴、ではなく鈴の桜ということになってしまう気がしたからだ。


 この名前だと桜をイメージした鈴、ではなくて、鈴の形をした桜、ということになるのでは? と疑った。

 まあ私にネーミングセンスなんてのがこれっぽっちも無い以上、私の予想なんか当てにはならないし、ゲームにおいてこの名前は端から見れば一般的なネーミングなのかも知れない。

 そう思いつつも気になって質問してみた。


 結論を言えば、私の疑問は正しかった。

 つまり、私が今まさにこの手で握っているこの鈴は、鈴ではない。

 正確には、桜なのだ。

 

 桜色の組紐に吊るされた、桜模様の印された桜色の鈴。それを指先でカンカンと叩いてみる。

 そう、聞いての通り、カンカンと音がするのだ。


 つまり――いや、音云々なら、そもそもチリンとした音色があるじゃない。

 そう、つまり――そこそこの硬度があり、見た目からしても金属類でできていることが窺える。



――道中。私は不意に口角を上げてしまい、ニマリとした意図せずも気色の悪い笑みをこぼしてしまう。

 何故って?


 これを桜と呼ぶのなら。

 一つ、そこから想像できることがあるだ。

 何かって?



――この世界のどこかには、この鈴を、数百、数千と咲かす桜がある。



 うるさいだろうか。どうだろうか。

 枝から鈴がちらちらとぶら下がっているのだろうか。はたまた、花弁が全部、鈴の変わりを成しているのだろうか。

 あるいは、さくらんぼのように実をつけるのか。


 妄想する限りなら、どれらも素敵な景色にしか思えない。

 そうは思わない?




 【百面色の薔薇カラフルローズ】といい……この世界には、私の興味をそそる花が沢山ある。

 いつかは、それらに出会える日が来たりするのかな。


 あるいは――世にも珍しい、と言われてしまうような植物を、自分自身で生み出せれたりするのかもしれない。


 ゲームだものきっとできるさ。なんて、思いはしないけれどさ。

 それでもいつかそれが叶うことを願って、精進あるのみだよね。

 そんなことを、FLOをプレイし始めてもう何度思ったことか。さっぱり覚えていない。




◆ ◆ ◆



◇【王都・中央広場】◇

◇【生産者ギルド】◇



 占いのお婆さんにすっかり時間を取られてしまい、ギルドに着いた頃、時刻は既に9時を回っていた。というか、もう数分で10時になってしまう。


「早くっ、早くっ」


 自分で自分を急かしながら、勢い良くギルドの門を開け、サービスカウンターへと直行。館内は相変わらず空いているので、対応が遅れる、なんてことはまあ無い。


 インベントリから取り出したジョウロを、カウンターの業務に取り組んでいる少女に「今日もお願いします」と言いつつ手渡す。


 相変わらずやる気の無さそうな彼女は、私を一瞥して、「うい。ご苦労さん」とだけ呟いて、ジョウロを受け取って奥へと消えた。


 間もなくして、少女が戻ってきた。

 さっきよりも多少慎重に、ジョウロを抱えている。


「ほい、おまたせ〜」

「どうも」


 再び、私の手元にジョウロが帰ってくる。

 中からたぷたぷと音が聞こえる。どうやら水を沢山飲んだらしい。


 「ありがとうございます」一言礼をして、私はその場を後にする。



 早歩きで鉢の置かれた窓辺に立つ。

 インベントリからジョウロを取り出して、盛られた土の上にジョウロの口部分が外れてしまわないように注意しながら傾ける。

 するとちょろちょろと少量ずつ水滴が降った。



 計四つ。

 咲かない花が一つと、【キャンディーフラワー】が三つ。

 それら全てに、均等に水をやる。

 

 そんなこんなで無事、日課を終える。







 時間的に、今日の日没までが私がこのゲームにログインしていられる時間だろう。

 その時が訪れるまで約十時間弱(ゲーム内時間)といったところかな。と予測を立ててみる。

 

 麗華さんの善意もあるし、今日は時間いっぱい遊んでやりたいと考えている私。

 もちろん、寝坊しない程度というのが前提ではあるけどね。

 明日は学校もあるから。


 とはいえ、私の気持ちに比例して私の所持金が勝手に増えてくれる、なんてシステムはこのゲームには無いので。満ち溢れたやる気とは反対に、結局やることは限られてしまう。

 

 それでも、今の私がすべきことはある。

 思い付く限り一つだけではあるけども……。




 すっかりお尻に馴染んでしまった昨日と同じ位置の椅子に腰を下ろして、再度インベントリを開く。

 そこには各々のアイテムをイメージするイラストの数々が、小さな枠内に収まってしまうほど小さく可愛らしく描かれている。

 

 その内、【スキルスクロール】を意味する「巻物(ボロボロとしたエフェクト付き)」のイラストと【鈴音桜】を意味する「桜色桜模様の鈴」のイラスト、この二つを私は取り出す。


 二つをわざわざ取り出した理由としては、【スキルスクロール:???】のほうは当然、自分に使用するため。

 そして【鈴音桜】のほうは、それの能力を確認しておきたいからだ。


 どういうことかと言うと、【鈴音桜】はアクセサリー扱い。つまり、プレイヤーはそれを身に着けることが可能だということ。

 であれば、そのアイテムには必然的に能力というものが備わってくる。

 ……らしい。――ゲームとはそういうものだと言う。もちろん、麗華さん論。

 


 【スキルスクロール】と【鈴音桜】、この二つのアイテムをテーブルに並べた私は、【鈴音桜】のほうから手に取り、アイテムの説明欄を開く。

 


――【鈴音桜】――

タイプ:装備・消耗品・アクセサリー・植物

効果:植物の成長速度が20%上昇する。

桜模様の綺麗な鈴飾り。鈴の音を聴いた植物は活性化すると言われている。

――――――――



 見てびっくり、タイプの品目が多い。

 装備、消耗品、アクセサリー、植物の計四種類。

 そんな事細かに分けなくても……。


 なんて思っていたら、その下にある効果の欄を見て更に驚く。


『植物の成長速度が20%上昇する』


 栽培家の私にとっては、かなり使える効果になっている。

 20%。つまりは、植物の育成期間が1/5減少するということになる。


 10日掛かる場合なら2日も早く育つ。

 50日なら10日も。

 そして100日なら20日。


 もう一度言おう。

 これはかなり使える。

 

 これがあれば、植物育成中に生じるであろう暇な時間が、多少はマシになりそう。

 


 ふと占い師のお婆さんのことを思い出す。

 もしかしたら彼女は、私の職業が栽培家であることも理解した上で、この【鈴音桜】というアイテムを選んだのかも。と、そんな考えが頭を過る。

 なにせ彼女は占い師だ。有り得ない話ではないだろう。

 私は、占い師のお婆さんのことを見誤っていたのかも知れない。


 これからは「発狂するお婆さん」ではなく、「凄くて優しいけど発狂するお婆さん」と改めなければいけない。


 お婆さん、本当にありがとう。

 彼女に届くかも。私はそんな淡い期待を胸に、感謝を想った。


 一生大切にしよう。そう心に誓いながら。




◆ ◆ ◆



◇【???】◇



 ただただ白いというだけの景色が、いつまでもどこまでも続く。

 そんなとさえ呼べてしまうような退屈な空間に、一人。

 大剣を両脇に携え、全身を鎧で覆った男が、寂しそうに立っている。

 鎧の男はもう数百年、そうしている。

 



 鎧男には趣味などは無く、暇な時は、ただただぼーっと突っ立ていることしかしない。

 誰に聞いても口を揃えてつまらないと言いそうな、そんなを過ごしていた。

 と言いはしたが、しかし、一日二日という時間の概念ですら彼には与えれていなかった。


 いや、与えられていないという表現は間違っている。


 彼は与えられていないのではない。貰う気がなかったのだ。

 彼に課せられたのは、この空間にやって来る旅人を広大な世界へと送り出すというもの。

 それ以外に何か行動したり、誰を想ったりする必要は無い。

 鎧男はそのように考え、結果、自分で自分を縛り付けてしまっていた。

 



 そんな鎧男だったが、つい最近彼にとって「楽しみなこと」というのができたらしかった。

 そんなことを鎧男が昔からの友人に話してみたところ、その友人が顎を外すという間抜けな事態に陥るくらいには、彼には似合わぬことなのだ。


 そんな彼が、楽しみにすることとはなんなのか。



――チリン、チリン。



 鎧男の耳元。静かなひとときを彩るかのように、鈴の音が聞こえてきた。

 この空間においては、本来なら聞こえるはずのない音。それが確かに聞こえた。

 

 鈴の音に続いて、少女らしき声も聞こえる。

 ぼやけた様子の音声ゆえに、正確に何を言っているまでは分からないが。

 少なくとも、三つ。――楽しそうな声色であること。その声は鎧男に聞かれるつもりで喋っているものではないということ。その声の主が【凛】というプレイヤーであること。これらだけは確信していた。


 その現象とはつまり、凛というプレイヤーの声が一方的に鎧男に伝わる。というものだった。

 ある時から、突然としてその現象が起こるようになった。不定期な頻度で。


 原因は不明。

 ただ一つ言えることは、鎧男がそれを不愉快だと感じたことは、一度も無いということ。

 むしろ、最近の彼が楽しいと謳うこととはまさにその現象のことだった。






 鎧男は、その鎧の下でふっと微笑んで、無意識にも呟いていた。


「凛はとて楽しそうだな」

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