Episode 7「咲かない花」
ベルにサービスカウンターへ行けと言われて、素直に従う。
肝心のカウンターは入り口の真正面にあったので、迷うなんてことはなかった。
けれど、不安な気持ちにはなってしまった。
その理由は、まあ見れば分かる。
あろうことか、サービスカウンターの担当と思われる職員の少女が、テーブルに頬杖をついて寝ているではないか。
「すいません、少し良いですか?」
「ん〜……んぁ? あぁ、どうかされたんで?」
花を育てるための場所として、ギルドの窓際スペースを使わさせてもらえないか打診しようと思ったのだけれど、正直、これじゃあ話にすらならないかも知れない。
とはいえ、話もしないで諦めてしまうのは、それは違うだろう。
青髪低身長という見た目からして濃いキャラなその少女は、やる気がないといった雰囲気を醸し出している。というか、隠す気すら無さそうだった。
無気力系というやつだろうか。
そして表情も無だ。
それでも一従業員として、最低限、話だけでも聞いてくれると嬉しいのだけど。
もし無理だったとしても、他に良い方法があるかもしれない。模索あるのみだ。
なんて半ば諦めモードだった私の予想とは裏腹に、私の提案は思わぬ方向へ発展していった。
「ここで花を育てたい? あぁね。まあうん、それくらいなら別に良いよ」
あっさりと。
私が一時間悩みに悩んでいた問題は、思っていた以上にあっさりと解決してしまった。
「えぇ……、そんな簡単に決めてしまっても良いんですか? 上の人に相談とかは……」
「んなの必要無いさ。――あ、そうだ。なんならあの白い植木鉢も、君が貰っちゃってよ」
トントン拍子で事が進んでいる。怖いくらいに。
かと思いきや、今この人、変なことを言わなかっただろうか。
「えっと……今、なんて?」
「あそこに飾ってある植木鉢は君にあげるって言ったんだよ」
あの植木鉢にどんな事情が隠されているのかは知り得ないが、あくまでも他人の私物なのではないのか?
そんな軽いノリで貰ってしまってはいけない気がするのだけど……。
そんな勝手に……というかあれ、誰の物なんだろうか。
「誰のかって? さぁ、知らないね」
「知らない……って、はい?」
するとなんだ? 彼女が言っていることは、誰の物なのか分からない物を赤の他人に勝手に譲渡するということになってしまうのだけれど。
ますますこの人の言っていることの訳が分からなくなってきた。
けれども、次の一言が彼女の口から発せられたことで、少しはああなるほどと納得できた。
「あれね、半年前からここにあるの」
「あぁ、つまり誰かの忘れ物なんですね。それを早く言ってほしかったです……」
すると「んーまあ、そういうことになるのかな」と歯切れの悪い返事をされてしまう。
「あれさぁ、ずっと芽のままなんだよね。半年間ずーっと」
「芽のまま……? それは、花が咲かないってことでしょうか?」
「そういうことになるね」
咲かない花。
そんなのもあるらしい。
流石ファンタジー世界なだけある。
「枯らすのもなんか嫌じゃん? だから実は今の今までギルドが水やりしてたんだけど、なんだかんだでもう半年が経ってさ。いい加減処分しようかって声もあったんだよね」
パチン、彼女が指を鳴らした。
「そんな時に私がやって来たと」
彼女が言うはずだったセリフを私が奪う。
拗ねる少女。
唇を尖らせたまま、私に続いて喋る。
「あんな不思議なもの、なんの意味もなくわざわざギルドに持ってこようなんて思わないだろう、と私は考えるのだよ」
「あれを忘れた人は、なんらかの理由があって、わざと置いていったと」
「そゆこと。まあ、理由も何も、どこかの誰かの気まぐれかも知れない。はたまた、本当にただの忘れ物かも知れないけどね」
「何にせよ」怠惰にも今まで頬杖をつきながら会話を進めていた彼女は、ようやく腕を上げ、ん〜と伸びをする。
「半年も経ってるんだ。今更、誰の物だとか言われる筋合いはない。だから持ってけドロボー」
「まあ、そういうことなら遠慮なく……」
こうして話を終えた。
本当に上の人らを交えず決めてしまっても良かったのだろうかと不安になりつつも、抱えていた問題が無事解消されたことに、内心でガッツポーズをする。
結論、謎の植木鉢は私が貰うことになり、その鉢も含めてここで花を育てる許可を得ることができた。
元は他人の私物であったであろう物品とはいえ、棚からぼたもち的に入手してしまった、今はまだ何になるのか検討もつかない芽。
半年は経過したと言っていた。となれば、もう咲かないという可能性だって浮いてくる。
それでもいつか咲く日が来るのではないかと想像して、私は密かに胸を踊らせた。
◆
物珍しげに見物する野次馬の如く、ギルド中の視線を掻っ攫っていた。
もちろん、この私がだ。
理由は言うまでもない。
ギルド内のとある窓際に、新たに三つの植木鉢を置いたからだ。
無論その全てに【キャンディーフラワー】の種を
新しく私の所有物となった、四つの中では場違いな白鉢も含めて、私の鉢たちのおかげで華やかさを手に入れた窓際。一箇所限りにはなってしまうが。
鉢を飾ってみて分かったことがある。
このスペースは相当優秀だということ。
窓際と言えども、窓を開く邪魔にはならないほどには広いスペースがあることで、植木鉢が落ちる心配はない。
それでいて日当たりが良い。
スペースは私の腰辺りの高さにあり、つまりは水やりがしやすいというメリットまである。
どう考えても優良物件だね。
ギルド様々だ。って、そんなこと前にも思ったっけ。
水はさっきあげたので、今日はもうやることがない。
あとはもう、ゲーム内時間で一日経つのを待つしかないんだよね。
数時間は掛かってしまうだろうけれど、幸い時間ならある。
バイトを早上がりさせてくれた麗華さんのおかげでね。
そんな私は、暇を潰すためにも、今一度、今日新しく受注したクエストの依頼書を確認してみることにした。
――【ジョブクエスト(F):初めての栽培】――
職業:栽培家
達成条件:植物を1本育てる。種類や完成度は問わない。
達成報酬:【スキルスクロール:植物成長速度上昇】
――――――――
――【ジョブクエスト(F):キャンディーフラワーの納品】――
職業:栽培家
達成条件:【キャンディーフラワー】を10個納品する。【キャンディーフラワー】の種類は問わない。
達成報酬:2,000G
――――――――
――【ジョブクエスト(F):赤のキャンディーフラワーの花の納品】――
職業:栽培家
達成条件:【赤のキャンディーフラワーの花】を3本納品する。
達成報酬:【赤のキャンディーフラワーの髪飾り】
――――――――
クエストは一度に三つまでなら同時に受注可能とのことだったので、せっかくならと考えた結果、この三枚になった。
比較的簡単そうで(というか低ランククエストなのでどれも簡単)、かつ【キャンディーフラワー】の納品を中心に選んでみた。
Fランクとは言え他にも様々なクエストはあったが、【キャンディーフラワー】なら種も沢山あるし達成しやすいだろうと思い立ってのこと。
そもそも、他の植物の種や、それを育てるための植木鉢など、多くのアイテムが必須となる中、それらを満足に買えるほどの資金が、今の私には無いのだよ。
絶賛金欠中の私は、一日でも早く、【キャンディーフラワー】が実りますように。そして豊満で健康に育ちますようにと願うばかり。
「あぁ、キャンディーさんや、早く、そして大きく育ってください」
その場には私一人だけだったこと。そして半ば必死な気持ちが思い出ていたことも相まって、そんなことを口走ってしまう。
背後に忍び寄る存在に気付くことなく。
「ぐふっ」
堪えようとして、結果堪えきれませんでした。
そんな笑い声が背中から聞こえてきた。刹那、私は稲妻にすら負けない速度で振り返る。
振り向いた先。くつくつと肩を震わせる、サービスカウンター担当の少女の姿があった。
十数分ぶりの再開である。
「ふ……ふはっ……君、大人しい顔して、中々面白いね……ふふっ……」
「な、なんのことですか」
恥ずかしさで顔が熱を帯びてしまう。それはもう真っ赤なんだろうと容易に想像がつく。
されどあくまで、気にしてないふり気にしてないふり。
「ふふっ……『あぁ、キャンディーさんや』だって……ふっ」
気にしてないふり、気にしてないふり、気にしてないふり、気にしてないふり、気にしてないふり。
◆
「あー面白かったぁー。久々に笑った気がするなぁ。――ってあれ。君、もしかして怒ってる?」
「はい? 別に怒ってませんけど」
「そうだね、笑いすぎたね、ごめんよ。だからさ、そうカリカリしないで」
「カリカリしてません」
「してるよね?」
「してません」
「してるよね?」
「してません!」
「して――」
「ません!」
◆
「まあいいや」という彼女の一言によって、数十秒の死闘が幕を閉じた。
「はあ……。で、なんの用なんです?」
「あ、そうそう。これ、渡しとこうと思ってさ」
さっきまでの粘り強さとは反対に、スッと制服のポケットからそれを出す。
数回に折り込まれた、小さなサイズの古びた紙切れ。
酷い日焼け具合だけれど、文字が書かれているのがはっきりと見える。
しかし読めはしない。
「すごいボロボロですけど……」
「これ、こんなでも【スキルスクロール】なんだ」
スクロールとは巻物という意味。
【スキルスクロール】。それは、スキルを習得できる巻物。
視線を合わせてみると、確かに【スキルスクロール】と表示される。
しかし、肝心のスキル名は【???】。
紙のところどころが破れていることから察するに、名前部分が破れてしまって読めなくなっているという状況なのかな。
「それを私に、ですか?」
「そうそう。もしや要らなかったりする?」
「そんなことはないですけど……理由が聞きたいです」
「あ、そうね。そこからだよね」
今気付きましたよと言わんばかりにポンと手を叩く。
この人は説明不足な部分が多い気がする。
そんな彼女は、目の前の白い植木鉢を指差して言った。
「このスクロール。いつだったか、それの下に挟まってるのを見付けてね、預かってたんだよ」
とすると、忘れ物の一部ということになるのかな。
「だからさ、これも君に渡しておこうと思って。それと同じく、好きに使って良いよ。って言っても、スキルを習得することしかできないけど」
ん、と雑に、押し付けるように手渡される。
「じゃ、用も済んだし、私はこれで」
「えっ、あ、はい。ありがとうございます」
サービスカウンターへと戻って行った彼女は、背を向けたまま手を振る。
急に来て、用事を終えたら急に去る。
嵐のようだった。
なんて思っていたら、彼女が私にも聞こえるようにボソッと。
「あぁキャンディーさんや、って。……ふふ」
荒ぶる感情の勢いに任せ、平手でテーブルを殴ってしまった。
そしたらたまたま近くに居合わせた清掃員さんに叱られてしまった。
それを見た彼女は、遠くのほうで更に笑いこけている。
はあ? 泣いてなんかいないし。
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