Episode 8「占い師」
清掃員さんにたっぷりと絞られたのち、ゲーム内時間ではすっかり日も落ちたので一旦ログアウトしや私は、バイト帰りに買った半額弁当を胃袋に納める。
食後すぐにログインしなおそうとも思ったのだけれど、やっぱり朝になるまで待つことにした。
朝というのは、もちろんゲーム内時間での朝。
朝日が登るまではあと一時間ほどあるね。
ちなみに、FLOの時間は現実世界に対しておよそ八倍の速度で過ぎていくらしい。
すなわち、FLOの太陽が世界を一周するにはきっかり三時間かかるということ。
聞くところによると、夜にしか発生しないイベントなども存在するようで、夜は夜なりの楽しみ方がある。
リアルでは基本的に外出していることの多い私からしてみれば、限りある時間で昼夜共に過ごせてしまうのだからありがたい。
昼のFLOも良いけど、いずれは夜のFLOも体験してみたいからね。
とはいえ、今の私の実力じゃ、大抵の店や施設が閉まるであろう夜中の街でやれることは少ないだろうから。
FLOが朝になるのを大人しく待ちつつ、【キャンディーフラワー】が咲くまで気長にやっていこうと思う。
一時間後にまたログインしたら何をしようか、と思い馳せる。
そうだなー……さっき貰ったばかりの【スキルスクロール】を使ってみようかな、と自問自答。
というかあのスクロール、そもそも、ちゃんと使えるのだろうか。
ボロボロ過ぎてスキルを習得できません、なんてことになったら……その時は何をして過ごそう。
んー……まぁ、その時のことはその時になって考えれば良いか。
焦らない焦らない。
◆ ◆ ◆
◇【王都・中央広場】◇
街の至る所がオレンジ色に染まってゆく。綺麗な景色だ。
メニューを開いて時刻を確認。ちょうど朝の6時にFLOにログインすることに成功した。
そんな私は、落ち着いた場所、つまるところギルド内の休憩スペースで【スキルスクロール】を使おうと思い至り、ギルド前まで赴く。
がしかし、早朝ゆえかギルドの扉は閉まり切っている。
そう言えば開館時刻は午前の8時だったか。すっかり忘れていた。
つまりあと二時間は待機ということになる。
ゲーム内時間での二時間をリアル時間に換算すると――15分。
換算してみれば思った以上に短いことに気が付き、「なんだ、そんなもんか」と一安心。
とはいえ、15分間、暇になることには変わりない。
スクロールはギルドで使うとして……。
さて、どうしようか。
◆
悩みに悩んだ結果、浮かんだのが、散歩だ。
散歩。早朝の散歩。
街をあてもなくさまようだけ。
リフレッシュしようという思いもあるが、それよりも、この街についてもっとよく知っておこうという思いの現れだ。
◆
◇【王都・中央北通り】◇
早朝と言えども、思っていた以上に人の姿はあった。
プレイヤー、NPC、問わず。
しかし、やはりか閉まっている店は多い。
あるいは市場通りとかに行けば、早朝でも活気溢れる光景が拝めるのかも知れないが……。
マップには市場の場所も記されている。しかし、いかんせん15分で行って帰ってくるにはちと遠い。
なので、近場で人足もそこそこありそうな大通りに興味を抱いた。
どうせなら活気のある場所のほうが、見ているこっちも楽しいしね。
そうして訪れているのが、ここ【中央北通り】。
各ギルドや噴水公園がある【中央広場】を中心に、大きな円でそれらを囲うようにして【中央商店街】が位置している。
そしてその【中央商店街】を東西南北それぞれの方向に突っ切るようにしてマップ上に描かれた太い白線、それが【中央通り】。
で。
四つの通りがある【中央通り】の内、北に伸びる通りの名称を【中央北通り】と言う。
理解したかな?
横幅の広いその通りを、ゆったりとした歩調で進む。
すれ違う人々や、様々な種類がある店舗を眺めながら。
一見普通の商店街でも、こうして見てみると中々に面白い。
想定以上に賑わっている北通り。
そこには、物の値切りを試みる客が居れば。
早朝の騒がしさには目をやらないで、もくもくとランニングに励んでいるお兄さんの姿もある。
かくいう私も、客引きの対象になってしまった。
――ふらふらと歩いていたら、路地裏の奥のほうから「そこの嬢ちゃんや」と言う声が聞こえた。しゃがれた女性の声だ。
周囲を見回すが、近い場所に私と声主以外の女性が見当たらないことから、私なんだと確定する。
それでも一応と思い、女性に「私ですか?」と尋ねる。
返答は案の定、「そう、あんたのことさね」と肯定するものだった。
断る理由は特に無い。
なので、せっかくだし近寄ってみようと思った。
路地裏の奥へ進む。
大通りとは違い、日の光が当たらないせいか空間がやや暗い。
するとどうだろう、街の騒がしさがあったさっきまでと比べて、異様な空気へと様変わりする。
けれど一番不思議だったのは――その異様な空気が、あるいは安心とさえ感じてしまったからである。正直な話、それが見るからに怪しい露店だというのにも関わらず、だ。
◆
露店の奥にたたずむ女性は、見た目からして七、八十代といったところだろうか。
露店とはいっても、見るからにそれは、占いの館というやつだ。
というか見るからにも何も「占いの館」って書かれた看板が入り口に貼られていた。
うん、じゃあ占いの館でしかないよね。
しかしなぁ……。
心の中である限り何度だって言わせてもらうけれど……どう見たって怪しい。
インチキ占い師。そんな言葉が頭を過ぎる。
寄ったまでならいいものの、お金を請求されるようなら即逃げてやろうと心に決める。
しかし私は思い直す。ここはファンタジー世界だったな、と。
ファンタジーなのだから、まともな占いの一つや二つ、あってもおかしくはないのかも知れない。たとえ、むんむんと怪しい雰囲気を帯びていたとしても。
まあ、話くらいは聞いてみようかな。
さて、何を言われるんだろう。
思いのほか、わくわくしている自分に驚きつつ、更に奥、店主のおばあさんの目前まで辿り着く。
すると開口一番に、こんなことを言われた。
「安心しな、金なら要らんよ。わたしゃ好きでやってるんだからね」
心の内を当てられた気になって、ドキリ。
「さて、お前さんや」
彼女は、いかにもそれらしく置かれていた水晶玉に、艶めかしく触る。
そう表現できてしまうくらいに、彼女に艶めかしさを感じてしまったことに、失礼ながら小さくはない悔しさを覚えて唇を噛む――いやそんなことはどうでもいい。
お婆さんは、しわしわな目元を細めて、怪し気に、呟くように小さく、けれどはっきりと私の耳に残るように――
「お前さんをひと目見たわたしゃ、怖くて怖くて。今にもあっちに逝っちまいそうだよ」
七、八十のお婆さんの口から発せられる「逝く」なんて言葉は妙にリアルみを帯びるからやめてほしい。
反応に困るんだよね、ほんと。
それでも私のことなんてお構いなしに、占い師は話を進めてしまう。
「怖い怖い。怖くて仕方がないくらい、あんたにゃデカいもん憑いとるよ」
「憑く……。それは霊が、ってことですか?」
「霊だって? いんやぁ、そんなのより大きいさ。こりゃあれだね、神ってやつだね」
「は……神?」
急にスケールが大きくなった。
だから言ってることは胡散臭いのに、それでもなぜか信憑性を感じてしまう。
彼女の発言には言霊でも宿っているかのよう。
しかし、彼女の言葉が本当だったとして、なぜに私なのだろう。
その謎の神とやらが私に憑く理由が分からない。
「ああ、こりゃ間違いなく神の類だね。それも、山にポツンと、海にポチャンと居るような、小さなもんじゃあないよ」
神には大小があるらしい。
新たな発見をした、そんな時だった。
何かを手繰り寄せるように、空中を両手で掻き分けるという仕草を心底楽しそうにしていたお婆さん。
が、突然、彼女の表所が曇りだす。
その変わり様は尋常ではなかった。
「登っても登っても一向に、頭が……見……え……」
「……? あの、何か?」
「見え。見えた。見えたわい。見えてしまったわい」
「お、お婆さん?」
「こんなもん。このおいぼれなんかが、見ちゃいかんもんじゃあないか、あああぁ、こりゃあ凄い! 素晴らしい!」
控えめに言っても狂っているとしか言いようのない光景が目の前にはあった。
不安そうな顔をしたかと思えば、さっきまでよりも楽しそうな表情に早変わり。
何がなんだかわからない。
て言ってもまあ、楽しそうに笑ってるほうが幾分かはマシ……だよね?
お年寄りの人でもここまで元気に叫べるんだもの。私はまだまだ若いんだから、もうちょっと頑張らなくちゃね。
負けてられないよね。と、達観してもはや冷静になった私は意図せず元気を貰ってしまう。
それほどまでに、元気なお婆さんだった。
「はぁ、はぁ……! 最高じゃあ、最高じゃあああ!」
いや、この人に限って言えば、もう少し落ち着いてほしいかな。
ここまでくると流石に怖いよ。
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