Episode 17「大切な場所」

◇【王都・噴水公園】◇



 深夜によりギルドが閉まり、行く宛をなくした私達は、生産者ギルドの目と鼻の先にある噴水公園にて一晩を過ごすことにした。

 私は、顔をほころばせたリーファさんを肩に乗せながら、噴水前にある白い洒落たベンチに腰かけた。


 風に当たった影響からか、多少は落ち着いた様子のリーファさん。

 物思いに耽けながら、彼女は、まるでひとりごとのように、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。







 とある鉢を探すため。人の時間にして約八年、彼女はこの世界を旅した。

 その鉢は彼女にとって、とても大切なもの。

 とある家具職人の人間が、人生の最後に作り上げた傑作。

 その鉢は彼女にとって、想いのこもった温かい、家だった。



 職人は病弱であり、若くして寿命を決められていた。

 もって三年。医者から告げられた彼は、しかし己の人生に絶望することはなかったという。


 そんな彼の存在は、リーファさんにとって、もはや一つの居場所となっていた。

 居場所とは、リーファさんが鉢やジョウロを家にするのと同じ意味。

 妖精は、温かいと感じる場所を好んで住まいとするらしい。


 そんなリーファさんは、医者の宣言通り命を失った彼を惜しんだ。職人が残してしまった妻や娘と共に。

 職人の家族は妖精が見えなかったが、それでも彼女らの、職人を想う気持ちはリーファさんと共通していた。



 職人が眠った後も、彼女は、職人が残した家具に執着し、住み着いた。

 特にお気に入りだったのが、職人が自身の命のきわで作り上げた最高傑作の作品。

 

【木漏れ日に咲く花】


 「咲く花」とあっても、それは花の名前ではない。

 その職人が作り上げたという、植木鉢の名前だ。



 リーファさんは、職人の想いが込められた【木漏れ日に咲く花】を一層気に入った。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだったと自身で語った。

 しかし、ある晩の、予想だにしない唐突な出来事によって、【木漏れ日に咲く花】は彼女の元を離れることになる。



 なんとも言えない話だけれど。

 職人がこの世を去って半年が経ったある晩、リーファさんと職人の家族が住まうその家に、強盗が入った。



 なんでも、その家具職人はそこそこに名の知れた人物だったらしく、そんな職人が作り上げた数々の作品は、どれも価値が高く、まして職人自身が亡くなったことによって、彼の作品の価値は更に跳ね上がった。

 それがとある賊の目についてしまったということだった。


 お気に入りの鉢を失ったリーファさんは生きる意味をなくしてしまった。

 その上、被害を受けた一家は別の街に越し、妖精ゆえに一家の誰にも視認されないリーファさんは誰も居なくなった家にただ一人取り残されてしまった。


 一家が家を去った後、間もなくして家は解体され、一家に忘れされた数少ない家具も売り払われてしまう。

 

 その時に彼女が住んでいた、今は私が所持している小さなキャラメル色のジョウロは、売られ買われを繰り返しながら世を彷徨った。

 彼女もまた、人の手に流されるままに旅を続ける。


 

 大好きな家を失った。

 大好きな家族を失った。


 そんなリーファさんは、けれども諦めることをしなかった。

 彼女は覚えているのだ。【木漏れ日に咲く花】が放つ、独特な魔力を。

 そして、感じ取ることができる。


 そうして妖精の彼女は旅に出た。

 人の手によって流されるままに。

 しかし、ある時は魔法の力で人を惑わし、ある時は物を操作し、ちょっとずつ、ちょっとずつ、ここ西部国マウノに向かって。


 八年。人間からしてみれば気の遠くなるような年月をかけて。


 





 私にとっては、たったの二日間で解決してしまったイベントだった。

 呆気ない。そう落胆する私を誰が責めようか。

 けれども。


 リーファさんの話を聞いた私は、瞳に浮かべた涙を頬に落とさぬよう必死に堪える。


 八年。ずっと辛い思いで旅をしてきた彼女を見て、内心でとは言え「もう終わり?」などとほざいてしまった私に涙を流す権利なんてない。

 私はリーファさんの背中を人差し指撫でながらも、心中穏やかではなかった。


 少なくとも今は到底「ゲームをプレイしている」という感覚には戻れそうにない。

 申し訳ない気持ちで心臓がはち切れてしまいそうだった。



 それでも、確かに言えることがある。


 満面の笑みを浮かべる彼女は、とても美しく、とても可愛らしい。







 噴水公園でしばらく談笑していると、やがて夜は明けていった。

 日も上りきった頃、やっと開館したギルドに押し入るように入館する。

 

 サービスカウンターで水を汲んでもらい、いつもの場所に赴く。

 その場所とは、私にとっては「安息の場所」、リーファさんにとっては「久方ぶりの家」だろう。 


 言い方を変えるなら、「いつもの窓際」のことだ。




◆ ◆ ◆



◇【王都・中央広場】◇

◇【生産者ギルド】◇



「ん。落ち着く……」


 リーファさんは植木鉢のふちの上に器用に乗っている。

 座った状態で、上機嫌に足をぱたぱたと遊ばせる彼女はさながら子供のよう。


 そんなリーファさんの機嫌を冷ましてしまわないよう、私は恐る恐る、何気ない様子を繕いながら、気になっていることを聞いてみる。


「あの、リーファさん」

「ん、何?」

「これでもう、リーファさんの目的は達成したんですよね?」

「ん、そうなる」


 それが何か? とでも言わんばかりに不思議がる。

 

「これからどうするとか、決まっているんですか?」

「んー、どうしようか」

「決まっていないんですか」

「行く宛も無いから」


 「これから……どうしよう……」と悩む彼女を見て、正直、ほっとした私が居る。

 出会ってまだ二日三日という短い間だったけれど、リーファさんと居る時間はとても楽しかった。


 できることなら、もうしばらく一緒に居てほしいです。なんて。

 そんなことを口走ろうとして、不意に止められてしまった。



「できることなら、凛とずっと一緒に居たい」

「んぇっ!?」



 恥ずかしげもなく言うものだから、つい間の抜けた声が出てしまった。

 同じことを自分も言おうとしていたくせに。


 でも、そうか、そうなのか。

 リーファさんも、私と一緒に居たいって思ってくれているらしい。

 なんて、若干感動気味だったのに。

 

「私一人だけじゃ、移動とか不便だし。凛が居ると、中々便利」

「うぐっ……」


 上げてから落とすのが上手い。

 とんだ思わせぶりだ……。

 呻きを漏らし、がっくし、膝から倒れる私に気付きもせず――


「それに、凛と居ると、ちょっと楽しかった。温かくて、なんだか落ち着く」

「んなっ!?」


 そのセリフには、さしもの私も歓喜しざる得なかった。


 上げて、下げて、再び上げるという……。

 なんという魔性っぷり……恐ろしい……。

 わなわな震える私は、それでも光を見た。

 むしろこれは好機なのだから……!


「あのっ! リーファさん!」

「……?」


「たった数日でしたが、私もリーファさんと過ごせて楽しかったです!」

「っ……! そ、そう……」

「なので、良かったら! 良かったらで、本当に良かったらで良いのですが」

「……」



「これからも、私と一緒に居てくれませんでしょうか!」



 私は、これからもリーファさんと一緒に居たい。

 綺麗で、可愛くて、愛想はないけれど、人思いな彼女と一緒に。


 右手を差し伸ばし、直角のお辞儀をする。

 いささか……こ、告白、の、ようになってない気も、しないではないのだけれど……。

 ともかく、今更後には引けない。


 そしてどうやら、リーファさん自身も、後に引くつもりはないようだった。

 ちょこん。掌に伝わる感覚が、その証拠だ。

 

「……よろしく、凛」

「……っ! はいっ。よろしく――」


 嬉しかった。今までにないくらいすごく嬉しくって、ぱっ、て、顔を上げたけれど。

 今度はリーファさんの方が顔をそっぽに向けてしまっていて見えなかった。

 そんな彼女の反応を見て、なんとなく察する。相変わらず隠しきれていない耳を見れば、確定だ。


 そして、数秒前に自分が言ってしまったことを脳内リピート再生。


 はっとした。


 抵抗虚しく火照り始める自分の顔を、リーファさん同様、パッとそっぽに向ける。

 床の染みを見つめながら思考を巡らせ、あるいは誤解をしてしまっている可能性も……!? と不安になってしまい……結果、余計なことを言ってしまう。

 

「あっあの! 今言ったことは、別に、そういう意味ではないので!」

「へぇ!? あ、そ、そう」

「そうです! 本当に! 断じて! そういうのじゃないですから!」

「えっ……。あ、そう…………」


 勘違いされていると思った私が否定して、傷つく彼女を見て更に否定する。


「あっいやっ、別にリーファさんが嫌ってわけじゃなくて」

「そ、それは……私も、凛のことは別に、嫌いじゃないけど……」

「え、それってどういう……」

「違う! 違くて、そういう意味じゃなくて」


 否定したり、肯定したり。

 多分、何かと何かが混じっているのだけれど、どれがどれなのか分からなくなってしまっていた。




「……」

「……」




「あはっ」

「ふっ……」


 気まずくなって二人して黙り込んだと思えば、今度は息が漏れた。


「あはは」

「ふふっ」


 なんだか面白くなってしまって、笑ってしまった。


「はは……もう、すごい勘違いして」

「私も。ふふっ。何これ、おかしい、ふふ」


 二人して、その後もしばらく笑い合うのだった。




◆ 

 



「はー、笑った笑った」

「私も。久々にちゃんと笑った」


 ひとしきり笑って、ようやく落ち着いた頃。

 いつの間にか、リーファさんは私の肩に居た。すっかり馴染んでしまっている。



「……あの、リーファさん」

「何?」


「さっきは、なんか変な感じになっちゃったので、改めて。……これからも、よろしくお願いします」

「ん、私のほうこそよろしく、凛」

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