Episode 29 「何も知らない」

「えっとその……姉さんじゃなくてごめんなさい」

「いや、私のほうこそすみません……本当に……」


 すっかり辺りが暗くなってしまった森の中。

 私が、リーファさんの妹さん、リーフさんをリーファさん本人だと間違えてしまったことで。これ以上ないくらいに気まずい空気が漂っていた……。


 リーファさんだと間違えた挙げ句、彼女に抱きつきかけてしまった。失態。

 私の17年間の人生において類を見ない恥ずかしさ。

 今にも逃げ出してしまいたい……。


 ……そ、それでも!

 例え羞恥心で死んでしまいそうになっても、リーファさんに会うまでは死ねない!

 逃げてしまいたい、忘れてしまいたいという後悔の思いを捨てて。


「あのっ!」 


 痛いほどの沈黙を破った。


「リーファさんと、会わせてくれませんか!?」

「勿論です。妖精の村にて、姉さんが待っています」


 勿論。その一言を聞けて、ほっと胸を撫で下ろすのと同時に、疑問が生まれた。


「リーファさんは、私のことを待っていてくれているんですか……?」

「?」


 リーフさんは、さも当然とでも言わんばかりにきょとんとしてみせた。


「はい。それはもう楽しそうに、あなたが来るのを今か今かと待ち続けておりましたよ」

「え?」

「はい?」


 話が噛み合わず、また何か違和感を感じる。


「てっきり、私のことが嫌いになって家出したのかと……」

「嫌い? 家出? あのリーファ姉さんが?」


 独り言を呟いている。

 口に指を当て、暫くブツブツと唱えていた。

 ある時、パッと顔を上げた彼女は、何かを確信したようだった。


「それは、姉さんが直接あなたに言ったのですか?」

「え? いえ、置き手紙が置いてあって……」

「置き手紙?」

「あ、これです」


 リーファさんがギルドの窓際に残した、『家出します。探さないで下さい。』と小さく書かれた一枚の紙をインベントリから取り出して、リーフさんに手渡す。

 受け取ったリーフさんは「ふふっ」と、なぜか、たちまち笑顔になった。

 子供のおふざけを笑って見守る母親のような。


「安心して下さい。これ、嘘ですよ」

「えっ……う、嘘?」

「はい。――姉さん、昔っから分かりづらいんですよね」


 突如明かされた真実に戸惑いを隠せないでいる私。


「姉さんからは、『修行だ』って聞いていましたけど」

「え、修行!?」

「『魔力の干渉度を高める修行』だとか言ってました。たけどその様子じゃ、何も聞かされていなかったみたいですね……」

「はい……」



 話を聞くに、これは修行の一環だったということらしい。

 リーファさん曰く、集中すれば誰でも、微かだが魔力を視認できるようになるのだとか。

 なら私は占い師を頼らずとも、魔力を探知できていたということなのだろうか。

 いや、そもそも「集中しろ」なんて一言も言われてないんだよ?

 魔力の探知方法すらを教わっていないのにどうやって探せと……。


「おそらく、逸る気持ちが抑えられなくて、つい飛び出して来てしまったのですよ」

「そう、なんですかね……?」


 リーフさんが語るリーファさんは、まるで感情的に動いてしまう子供のよう。

 私にはリーファさんのそんな姿、あまり想像できない。

 だって、私が知るリーファさんは、物憂げで、クールで、綺麗で。

 何を考えているのかわからない、けれど心優しき妖精。


「そうなのかも知れないですね」


 でも、私の知らないリーファさんもまた素敵だ。

 

 思ったんだ。

 リーファさんに限らずとも、人は他人に何かを隠しながら生きている。

 言えないこと、言いたくないこと。そんなの誰にだってある。私にだって。


 他人の秘密は知りたいものだし、打ち明けてくれたら嬉しい気持ちにもなる。

 けれど、誰も彼もが受け入れてくれるとも限らないし。

 全てを受け入れるのが正しいとも限らない。

 私の母がそうだったように。

  

 だから、今更秘密の一つや二つくらい知れなくたって、私は変わらずリーファさんのことが好きだ。

 絶対に――今ならそう確信できる。

 今はとにかく、一刻も早くリーファさんに会いたい!



 何度目か分からない決心。

 それでも、心持ちは今までとどこか違った気がした。

 そんな私を察したのか、リーフさんはふふっと微笑んだ。


「では、そろそろ行きましょうか」

「はい!」


 彼女の笑みに、私の記憶の中の微笑むリーファさんの顔が重なった。


 二人の性格は、正直あまり似ていなかった。

 リーフさんはとても明るく可愛らしいが、リーファさんはやはり考えていることが分かりづらい。


 けれども、二人は間違いなく姉妹だった。

 意味もなく、ただそうとだけ実感した。

 


「「いざ、妖精の村へ!」」


 

 嬉々とした声。広げた手。

 音も大きさも違う声と手を重ね合わせて、私達は森を後にした。

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