Episode 28「切り株」
視界が暗い。
されども私は走る。気にせず走り続けた。
ちらちらと光る、黄緑色に映る魔力を辿って。
商店街を抜け、住宅街を抜け、街の門さえ潜り抜けた。
広がる草原。焼けた日差しに照らされて、金色に輝く雑草が、すっかり焦燥しきった心を落ち着かせてくれる。
初めての景色、初めての空気に心躍らせる。
しかし、のんびりしている暇はない。
景色を一目拝むために解除した【魔力探知】を再度発動し、曇った視界にぽつぽつと灯る魔力の光を追いかけた。
草を掻き分け、大草原を駆け抜ける。
肌を擦る雑草も、今はまるで気にならない。
そうして、城下町の外壁から少し離れた場所に鬱蒼と広がる森へと入っていく――。
◆ ◆ ◆
◇妖精の森◇
赤い夕焼けが木々の隙間から溢れ、僅かな温もりが肌に染みる。
草花の甘い香りが、私に勇気付けてくれる。そんな空間。
こんな状況じゃなければ、何時間だって寝そべっていたくなる。
けれど、今は我慢だ。
また今度、機会があったらにしておこう。
普段ならいちいち目を奪われてしまうであろう、不思議で美しい木々花々からは目を背け、森の中を全速力で駆ける。
――フィールド名は【妖精の森】。
なんともあからさまな名前だけれど、おかげでリーファさんがそこに居ると確信できた。
しかし、そうでなくとも【魔力探知】は信頼できる。
――魔力はありとあらゆる物体に宿っている。
占い師はそう言った。
しかし、視界に映し出されるのはどうやら『強い魔力』だけらしい。
その上、集中すればするほど、念じれば念じるほど、対象の魔力を絞りやすくなる。
分かりやすく言えば、つまりリーファさんのことをだけを考えれば、リーファさんから溢れた魔力しか光らないようになる。ということもできる。というか今、図らずもできている。
そう。リーファさんを想う私には、とっても使い勝手が良かったのだ。
そんなこんなで、彼女の魔力を追って、かなりの距離を走った。
息を切らし、肩を揺らして、そして私は立ち止まった。
視界を遮っていた木々が消え、拓けた場所に出たからだ。
そこでは、周囲に伸びる草花が、中心にある一株の切り株を囲んでいる。
そして、私が今まで追ってきた魔力の光は、その切り株の上で途絶えている。
【魔力探知】を解除。
視界から灰色が消え、鮮やかな色たちが瞳を潤わせる。
目がチカチカとして、思わず瞬きをする。
パチ、パチ、と。強く。
やっと、明るい光にも慣れてきて、顔を上げた。
私は、目前に広がる美しい景色に見惚れ、ハッと息を呑んだ。
夕日が切り株を照らし、表しようのない神々しさを放っている。
綺麗。ただその一言に尽きる。
暫くの間、私はぼーっとその切り株を眺めた。
太陽が沈み、今度は月明かりがその切り株を照らすまで。暫く。
それほどまでに、ゲームであることを忘れてしまうほど、美麗。
まさに眼福。
そこ妖精が居るというのも頷ける。
っと、そうだった。
その妖精を探しに来ていたということをすっかり忘れていた。
こうしていては駄目だ。
早くリーファさんを探さないと。
そう再度決心し、拳をつくる。
しかし、ふと疑問が生まれた。
「妖精の村、どこ……?」
◆ ◆ ◆
『りーふぁとやらはおそらく【妖精の村】に居るじゃろう』
占い師はそう言っていた。
妖精の村。沢山の妖精が、共に身を隠しながら暮らし会う場所。
さらに彼女によれば、妖精の村は妖精以外の者を拒むため、普段は部外者からは目視できないように魔法によるまやかしがかけられていると言う。
教えてもらえたことはそれまでで、それ以上は何も分かっていない。
具体的な見つけ方や行き方は、占い師でも分からないらしい。
そんなもの、私ごときに見付けられるのだろうか。
ここに来て、私の心が不安という影に覆われる。けれども、私は諦めない。
どんなに不可能であったとしても、どんな不安に覆われようとも、私はリーファさんを探し出す。もう決めたんだ。
例えリーファさんが隠れようとも、あるいは逃げたって、私は探し出して見せる覚悟でいる。
そして、ちゃんと話し合うんだ。
つくった拳に、ぐっと力が入る。
決意を固め、バッと顔を上げた。
自分で言ってしまうのもなんだけれど、この時の私はたくましい顔をしていたと想う。
そんな私の瞳に、さっきまでは影すらなかったはずのものが、映り込んでいた。
それは、切り株の上、優雅にぷかぷか浮いている。
その容姿は、美しいに尽きた。
そして、私はそれの――いや、彼女の名前を知っている。
目が合い、渾身のたくましい顔が、ふにゃっと崩れる。
白い肌に整った顔立ち。
ジトッとした目つきに、エメラルドグリーンの透き通った瞳。
瞳と同じ色の髪。
緑色を貴重としたドレス。
彼女の周囲を飛ぶキラキラとした無数の光の粒子が月明かりに映える。
尖った耳。
背中に生えている透明な羽。
何より印象的なのが、その小さな体。
彼女はいわゆる、妖精という生き物だった。
しかし、彼女が妖精であるかどうかなど、私にとっては些細なことでしかなかった。
何度だって見てきたのだ。今更、間違えるはずもない。
嬉しい、寂しい、美しい。色んな感情が心に覆いかぶさってくる。
溢れ出してしまいそうなほどに押し寄せる感情の波を、すんでのところで押し留めながら。
今にも泣き出してしまいそうになりながら。
私は、彼女に声を掛けた。
彼女こそ、私が探していた――
「――リーファさん!」
なんで居なくなってしまったのか。
なんで今更現れてくれたのか。
特訓のことを忘れてしまったのか。
私が何かしてしまったのか。
私のことを嫌いになってしまったのか。
聞きたいことが山のようにあった。
けれども、私は、ただ一言。
今はもう、それしか言えそうになかった。
「会いたかったです!」
再開できたことに、感極まって、彼女に飛びつく。
そんな私を、彼女は、なんてことないように避け――
「うぐッ――!?」
見事、切り株へとダイブした。
こんな状況でも彼女らしい。そんなことを思いながら、私は顔を上げ、リーファさんを見上げた。
――ふと、違和感を覚えた。
リーファさんが笑っている。
申し訳無さそうに、あはは……、とはにかんでいる。
おかしい、と思った。
なぜそんな顔をしているのか、というのは勿論だが。
一番は、リーファさんの表情が、やけに感情的だということ。
普段なら、笑ったとしてももっと硬い笑みだった。ふっ、と僅かに口角を上げるだけのクールな笑み。
だから、どうにも、彼女がリーファさんとは違って見えてしまった。
いや、我に返ってみれば、リーファさんの姿も、以前の彼女とはどこか違っている気がする。
ほとんど同じ。けれど、瞼の開き具合、耳の形、口の大きさなど、節々が違って見える。
ほとんど同じ? いや、こう注意深く観察してみれば、むしろ全然。
もしかして――?
嫌な想像が浮かぶ。
まさか、いや、そんなわけ――
心中穏やかでは居られなかった。
なぜって。もしも今私が想像していることが本当なのだとしたら。
私は、すごく、恥ずかしいことをしてしまっていたのではないのか。
私は、疑問が徐々に確信へと変化していくのを、見て見ぬふりをする。
どうしても、嘘であってほしかった。間違いであってほしかった。
しかし、世は残酷であるらしい。そうつくづく思い知らされた。
彼女は、ぽりぽりと頬を掻いた。
嗚呼、神はなんと残酷なんだ。彼女のその動作一つで全てを察してしまった私は、見られてしまわないよう、手で赤面した顔を覆った。
月明かりのなか、ただただ気まずそうな笑みだけが照らされる。
「えっと、その……。わたし、リーフって言います。……リーファ姉さんの妹です」
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