Episode 16「探し物」
◇【王都・噴水公園前】◇
◇ガーデニング専門雑貨店【向日葵】◇
「ありがとうございましたぁー」
陽も溶け始めた夕刻。
私は本日最後の客を見送り、店じまいに取り掛かる。
業務内容を昨日の内に一通り叩き込まれ、早速今日から一人で【向日葵】を切り盛りすることになった。
最初は不安だったけれど、業務に特に難しいことはない。店を訪れる客も愛想が良いプレイヤーばかり。肉体的にも精神的にも楽な仕事だ。
店の戸締まりを終えた私がうんと背伸びをしていると、耳元で声が聞こえてきた。
聞き覚えのある、凛とした声。
「終わった?」
「今日も待たせてしまってすみません、リーファさん」
「気にしなくていい」
声の主はリーファさんだ。
昨日、とある植木鉢を探す彼女を手助けするという約束をした。
そんな私達は、その植木鉢が見つかるまでの間、協力関係を結ぼうということになり、以後共に行動するようになったというわけだった。
妖精には各々の住処がある。リーファさんにとっての今の住処が、初めて目にした時に不思議な雰囲気を感じたあのジョウロなのだけれど、どうやら前は違っていたらしい。
前の住処とは、例の、リーファさんが探しているという植木鉢。
とある事情でその植木鉢を失ったリーファさんが、仕方なく仮宿にしているのが、偶然にも私が木霊さんから譲り受けたキャラメル色のジョウロという。
妖精は住処となる場所から長時間く離れて行動することができず、遠くの国からやってきたと言う今までの旅路中も、ほとんど運任せのようなものだったらしい。
持ち主に売られ、運ばれ、買われ、捨てられ、
そういった紆余曲折の果て、辿り着いたのが、妖精が見えるという珍しい体質の私。
拾ってくれたのが凛で良かった、私は運が良い。そう話していたリーファさん。
加えて、植木鉢はこの街、つまりは王都にあるらしかった。
よくは知らないけれど、リーファさんはそういうのがなんとなく分かるらしい。
鉢の魔力を辿って……とか言っていたけれど、話が難しくって覚えていない。
ともかく、彼女の長い旅路がようやく終わろうとしているらしかった。
私には想像もできない。どういう経緯、どういう理由でそんな旅をしていたのか。
けれど、それでも良いと思う。想像できなくて良いし、知らなくて良い。
私は、リーファさんという存在に出会えたことが何より嬉しいし、出会えて本当にまだ間もないけれど彼女と居るとすごく楽しい。それだけで良いのだと思う。
って良い風に言っても、王都はそこそこに大きな街だ。
場合によっては数ヶ月という期間を経ても目的の植木鉢は見つからないかも知れないのだけれど……。
まあ、そこは気長に探すつもり。
リーファさんも、急いでいるわけではないらしいし。
とか言いつつ、本当は、できるだけ長くリーファさんと一緒に居たいなぁ、なんて思っている私も居たり居なかったり。
◆ ◆ ◆
◇【王都・中央広場】◇
◇【生産者ギルド】◇
リーファさんから行動を共にしようと言われた時、同時に提案されたことがある。
協力関係を結ぼう、と。
一方的な施しは嫌だ、と。つまりは、彼女もまた私を助けてくれると言う。
その方法として、一番最適だったのが、私が職業として行う栽培に関する手助け。
私の職業が栽培家であることを知ったリーファさんは、珍しく感情的な声色で言った。
「植物に関することなら私でも手伝える。任せてほしい」
凄く頼もしく思えた。
確かによくよく考えてみれば、彼女は妖精だ。
それもエメラルドグリーン色が主役なその見た目からして、自然に関する妖精であることは明らか。
そんな彼女が、具体的に何をするのかと言うと。
どうやら、植物に関するスキルを使用できるらしい。
そんなの、一生一緒にいてほしいくらいなのだけれど……。
とまあそんな事情により、私達二人はギルドへと足を運んだわけなのだけれど……。
いつものように、サービスカウンターで水を貰ってから窓辺へと移動した私は、隣いるリーファさんに説明をした。
「ここにあるのが私今が育てている花たちです」と。
「……っ!?」
「……リーファさん?」
途端、リーファさんに対して、私は違和感を覚えた。
はっと息を呑む音。
そして止まる呼吸音。
返ってこない返事。
不思議に思って見れば、絶句した表情の彼女。
出会って間もない私ですら、一目で分かる。
これが中々に異常な反応だということに。
ただ、分からないことだって多くある。
開ければ広場が見える大きな一枚の窓から差し込む一筋の月光。
窓際に飾られた、計五つの、柄も大きさも不揃いな鉢たち。
そして、芽が出ていたり出ていなかったり、花が咲いていたり、未熟な青い実が実っていたり。
少なくとも私にとっては、なんら変わらない、ここ最近ですっかり見慣れてしまった光景。
別に、他人の目を借りたって変な感想が出てくるとも思わない。
ありきたり、とまでは言わないけれど、何が洒落ているわけでもない素朴な光景。
こんなのを見て、リーファさんの、ただでさえ小さな瞳の瞳孔を開く理由が。
私には、わからなかった。
そして、考えて、今、理解できた気がした。
「あの、リーファさん? ……もしかして、これ」
小さな彼女の視線の行く先にあるのは、白くて無駄に豪勢な鉢。
水をやっても、いつまで経っても、咲く気配のない芽が生えたそれ。
まさに釘付けだった。
まるで目を離した瞬間それが壊れてしまうんじゃないかってくらい強い視線を送り続けている。
そんな彼女は、私の問いに答えてくれる。
ゆっくりと、慎重に。けれど、植木鉢から視線を外すことなく。
「そう! そう、これ! これ、探してたの」
あはは、と笑った。
「まさかこんなあっさり見つかるとは思わなかった」
口に出したことで、目の前で起こっている嘘みたいな事実に対して現実味が帯びたのか、やっと彼女は落ち着いた様子で――
――むしろ、以前よりも穏やかに。
感情の起伏が浅い彼女と過ごして一日。今まで見た中で一番、感情的な表情で、笑って見せてくれた。
つまるところ。
あるいは数ヶ月はかかるかもね、なんて雑談しながらやってきた生産者ギルド。
そこに飾られた、私が毎朝欠かさず水やりと音やりをしている五つの鉢の内の一つ。
それが、探し物の答えだったというわけだ。
◆
ふっ、と。
今まで背負っていた、重い、それはもう重い荷物をやっと降ろすことができたってくらい、爽やかな笑顔で、彼女は笑っている。
「凛、ありがとう、本当にありがとう」
ギルドが閉館時間になって追い出されるまで、ずっと、リーファさんは私に感謝を言い続けた。
ありがとう、ありがとう。
本当にありがとう。
言われ続けた私と言えば、私は何もしてないですよ、と謙遜するだけ。
というか、本当に何もしていない。
その植木鉢が私の物になったのだって、つい数日前のことで……。
今まで管理をしてくれていたのだって、私じゃなくて、ギルドの――言うのは悔しいけれど、サービスカウンターに居るいつもだらけている少女。
だから、本当に私が感謝される筋合いなんてないのだけれど……。
けれど、やはり今はそんなことよりも、たった一言だけが大きく脳を支配している。
ギルドを出ても尚、目を細めて、感謝の言葉を言い続けてくれるリーファさんを見つめ、いえいえと手を振り返しながら。
――え、終わり?
私は、その一言をひた隠す。少なくとも、リーファさんが感動に浸っている今はまだ、絶対に、表情に出ないようにと。
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