Episode 3「花屋」
――【ジョブクエスト(G):種の入手】――
職業:栽培家
達成条件:植物の種を3つ入手する。種の種類や入手方法は問わない。
達成報酬:【栽培家用初心者アイテムセット】
――――――――
ギルドから出た私は、依頼書を再度確認する。
内容は、種を三つ手に入れるというすごく簡単なもの。
入手方法は問わないとわざわざ書かれていることから、様々な方法で入手できるということが予想できる。
プレイヤーから貰うという手段も使えなくはないもよう。
それは最終手段にはなるだろうけど、ま、そもそも今の私にFLOでの知り合いはいないし、ある意味一番難しい方法かな。
麗華さんともまだ会っていないし。
まあ難しく考える必要なんて無いよね。
植物の種なんて、そこらの花屋か雑貨屋にでも売っていそうだし。
この街の花屋にも興味があるし、クエストはそのついでだとでも思うとしよう。
よしっと、方針が決まったね。
目標その1。
花屋に行く。
目標その2。
種を買う。
目標その3。
ギルドに報告。
わー。
改めてまとめてみると、本当に簡単なんだなって実感する。
少し物足りない気持ちもあるけれど、最初ならどれもこんなものだよね。
いずれはもっと難しいクエストも受けられるようになるんだろうし、焦る必要はない。
第二の人生は、ゆっくり楽しくやっていこう。
◆ ◆ ◆
◇【王都・噴水公園前】◇
◇花屋【
麗華さんからは事前に、【栽培家】のプレイヤーは少ないうえに花屋もあまり無いと聞かされていた。
だから、花屋の一つ見つけるのにもかなりの時間がかかってしまうかもと覚悟していたのだけど、想像以上に早く見つけることができて自分でも驚いている。
つまり、このゲームのマップシステムは偉大だということだ。
某マップサイトみたいに検索ができるし、ストリートビュー機能だって使えてしまう。
街の中に限られはするけれど、まさかゲーム内でこんな便利な思いができるとは想像もしていなかった。
ともかくして、私はこの街唯一の花屋に訪れた。
こんな大きな街だというのに唯一というのは、それだけ花屋という存在が珍しいものなんだと実感させられる。
その店の名前は【
私は開け放たれたままのガラス扉をくぐり抜ける。
「おじゃましまぁす」
誰もいない店内に挨拶をしながら、室内を見回す。
失礼だけど、「案外普通なんだ」というのが第一印象だった。
飾られた花たちは、嘘偽り無く綺麗だと思った。
色鮮やかで、見ていて和んでしまう。
あくまでもファンタジーな世界なのだから、よくよく見れば私の知らないようなおかしな姿をした植物たちもいる。
それでも、現実世界で目にするような花や、それに近しいものが多く飾られている。といった印象。
普通という感想を抱いてしまった理由はそこにあった。
だって私が想像していたものは、もっと禍々しかったり、光っていたり、凄まじいオーラを放っている、みたいな感じだったから。
それでも決して「拍子抜け」というわけではなくて、どちらかと言えば「安心」した。
だって、ここが綺麗な場所だということは間違いないのだから。
夢中になって花を眺めていた私は、とある女性に声をかけられるまで彼女の存在に気がつけないでいた。
「あ……いらっしゃいませ〜。すみません、気が付きませんでした〜」
穏やかで優しそうな雰囲気の女性。見た目は20代前半辺りかな。
パッと振り向く私に、「申し訳ないです」と頭を下げる店員のお姉さん。
とはいえ私もたった今彼女の存在に気が付いたので、「いえいえ」と返す。
そんな2人は、お互いに世間話でもするような空気ではないと感じ取ったのか、わいわいと会話が弾むなんてことはなかった。
しばらくは静かな空気が店内を圧していた。
カウンターでの作業を始めた(おそらく店主であろう)お姉さんは、花を中腰で眺めていた私にふと質問を投げかけてきた。
こころなしか彼女の表情がニマニマとしている気がする。
「ここに来た時、『案外普通だなぁ』なんて思ったりしました〜?」
なんて、いきなり訊いてくるものだから、思わず咳き込んでしまった。
失礼になると思い、黙っているつもりだったのに、どうやら私の内心はバレバレだったよう。
「そんな反応するってことは、思ったんですね〜」
「す、すみません」
「いえいえ〜、お気になさらず〜。というか、ここはそういうコンセプトで運営しているので」
「普通、がコンセプトなんですか?」
意外に思って、聞き返す。
「そうなんですよ〜、意外ですか〜?」
「まぁ、正直」
「一応、全然違う系統の花もあるんですけど、まあここには置いてないですね〜」
「こういうのとか〜」すかさず一輪の花が映った写真をカウンターの裏から取り出し、私に見せてくれる。
そして私は目を見開いた。
「わっ、綺麗……」
思わず本音を溢す。
このお店にある花が、お姉さんの言う通りどれも「普通」なものだから、写真に映ったその花を見て、私は目を輝かせた。
ここにある花たちに惹かれないということではないのだけれど、それ以上に魅力的に感じてしまう何かがこの写真の花にはあった。
「でしょでしょ〜」
お姉さんが自慢気に見せてくれたそれは、まさにファンタジー世界に溶け込むような、それでいて非現実的な美しさを醸し出している。
その一輪の花は、二本の茎でできていた。水色の茎と桜色の茎だ。
2本の茎は渦を巻くように高く交差し、茎の先端から生えた花は、水色と桜色の花びらが交互に重なってできている。
――見たことのない、とても美しい、薔薇の花だった。
「これ、買えるんですか?」
そんなことを、真っ先に訊いてしまっていた。
そのくらいに、この花を美しいと感じ、この手に欲しいと願ってしまった。
写真から目が離せない。
これが釘付けになるということかと実感する。
「買えますよ〜。ま、今すぐは無理なんですけどねー」
こんなに綺麗な花を買えると知った。
なら選択肢は一つしかない。私は種を手に入れるという当初の目的も忘れて、「買いたいです!」そう真っ先に言おうとしていた。
「でもね〜」
けれど、お姉さんは簡単に却下した。
その時の彼女を見て、私は正直、怖いと感じてしまった。
まるで小悪魔のようだと表現できてしまうほどに、悪そうな顔をしていたから。
それでいて、私の考えをまるまる見透かしたように、目を細めて――そんな彼女のこともまた、美しいと感じてしまった。
掌でころころと転がされているような。まさにそんな気分。
「――だってあなた、私と同じ【栽培家】でしょう?」
別に悪いことをしているわけではいないのだけど、心臓が震えた。ぎくりという言葉のままに音が鳴ったかのように。
もしかしたら怒らせてしまったのかも、なんて考えが頭を
「あ、別にダメってわけじゃないのよ? それは心配しないでね」
けれど軽く否定される。
もしかしたらこの人はテレパシーでも習得しているのかも知れない。
あるいは、私がわかり易すぎるだけか。
けれど、その一言で疑問が生まれる。
だったらなぜ。
なぜ彼女は、私に薔薇を売ってくれないのか。
それも全部、答えてくれるらしかった。
――彼女はゆっくりと語り始める。
「私はね、好きなのよ。このゲームで、この世界で、花を育てることが」
彼女はそっと写真に手を触れる。
その姿は先程の小悪魔のような雰囲気とは打って変わって、まるで大切な宝物を握り締める幼い少女のように思えた。
「あなたもそうなのでしょう? 凛さん」
唐突に名前を当てられたけれど、もう驚かない自分に成長を感じる。
「育てるのが好きで。あるいは純粋に植物が好きで。それでこの職業を選んだ。違いますか?」
やはり内心を当ててくる彼女の発言に、私は短く「そうです」とだけ応える。
「そうよね。だったら私ならこう言うかな」
「おこがましい話で申し訳ないのだけど」と一言付け加えて。
「自分で育ててみたら? ――」
お姉さんを小悪魔だとか思ってしまった数分前の自分に、「そんなわけない」と言い聞かせてやりたい。
切に、そんなことを考えてしまった。
だって、こんなの、まるで正反対だよ。
「――そのほうがきっと、楽しくて、嬉しいわ」
そこには女神のような微笑みを浮かべる彼女が確かに存在しているのだから。
――そして、その通りだなと思った。
そうだ、と思い直す。
私が質問するべきなのは、この二色の花の買い方ではなくて――
「あの……」
「ん〜? なあに?」
――この花の、育て方だ。
だって私は――
「この花は、私でも育てることはできますか?」
――【栽培家】なのだから。
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