Episode 4「壊れた鎖」
◇【王都・中央広場】◇
◇【生産者ギルド】◇
「これにて初クエスト完了です。おめでとうございます、凛様」
ギルドに戻った私は、さっきぶりの受付嬢の少女に、さっそくクエスト完了の報告をした。
少女は、礼儀正しく深々と頭を下げ、祝福の言葉をかけてくれた。
私は、そんな少女のピンと伸びた背筋を見て、世界は違えど同じ接客業の従業員として見習わねばと心に留める。
と、そんなことはどうでも良いんだ。
色々あったけれど、とにかく、私の初クエストは幕を閉じた。
◆
【
お姉さん
彼女は最後の最後まで女神だったと改めて実感する。
それで、頂いた種は四つ。
まず、初心者でも簡単に育てることができるらしい、植物の種が3つ。
【赤のキャンディーフラワーの種】
【青のキャンディーフラワーの種】
【緑のキャンディーフラワーの種】
【キャンディーフラワー】という名の通り、飴のなる花らしい。
お姉さんによると「もちろん食べられるわよ」とのこと。
それと、もう一つ。
【
【
お姉さんに見せてもらった写真に映っていた二色の薔薇も、実はこの【
そして、変化した【
そうしてお姉さんが育てた二色の薔薇に付けられた名前は【
私もお姉さんのように、自分だけの花を完成させる瞬間が訪れるのだろうか。
そんなことを想像して、胸を踊らせる私であった。
ま、「今のあなたが【
なので当分はお預け。
それでもいつか、この花に水をやれる日が来ることを願って、精進するのみだよね。
◆
「――様。……凛様」
遠くで、誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。
いや、やっぱり近い気がする。
近いというか、すぐ目の前……?
「凛様!」
気が付けば、視界いっぱいに受付嬢の顔があった。こちらを心配している、そんな顔。
驚いて、後退り、反射で返事をしてしまう。
「えっ、あっ、はい! 凛です!」
どうやら私は考え事をしてしまっていたらしい。
あーあ、そのせいですごく間抜けな返答をしてしまった。
そんな私を見て、クスッとわらう受付嬢。
あーもうほんと、恥ずかしいことこの上ない。
周囲に私以外のプレイヤーがあまり居なかったことが唯一の救いかな。
いや今、遠くの方で別カウンターの受付嬢の笑い声が微かに聞こえた。
私の間抜けた返事を聞かれてしまった。
はぁ、ついてない。
「凛様、どうかされたのですか? ぼーっとなさっておられましたよ?」
「いえ、ちょっと疲れてただけなので、もう大丈夫です」
「そうですか」
「良かったです」そう一言呟いてニコッと微笑むその表情は、リアルでのバイト&ゲームでの初クエストが終わって疲弊した私の心に染み渡っていく。
「あの。私にできることがあれば、なんでもおっしゃってくださいね?」
トドメにそんな優しさを向けられてしまったものだから、瞳の奥からじわりと込み上げてくる何かがあった。
ダメだダメ。こんなところで泣いてしまうわけにはいかない。
それこそ、ギルド中の受付嬢の間で、私が笑い者にされかねない。
ぐっと涙を堪える私。
――そんな時、ふと、数十分前の出来事を思い出した。
それは私が、初めてここにやって来た時のことを。
まるで天啓でも授かったかのような。
本当に、それほどまでに、唐突だった。
――初めてギルドに訪れた時、私はインモラルなおじさんに絡まれて困っていた彼女を助けた。そしたら彼女は安心して泣き出してしまったんだっけ。
そしてその時、私は言った気がする。
「我慢しなくても良いんですよ」
「私も力になります」
ついさっき受付嬢に言われた言葉を思い出す。
『私にできることがあれば、なんでもおっしゃってくださいね?』
今の私の状況と似ている。もしかしたら受付嬢は、返そうとしてくれたのかも知れない。そんなことを考える。
思い出したら小っ恥ずかしくなってきたけれど。
――そして、はっとした。
そうか。私だって、知らず知らずであれ、誰かに何かを与えていたんだ。
受付嬢が、私の一言で涙を溢した時のように。
そう考えてしまうのは、おこがましいことだろうか。
私の場合、独りよがりだ、って怒られてしまうかも知れないけれど。
それでも、今、この瞬間だけでも、私は救われた気がした。彼女の優しさに。そして、私自身の優しさに。
――ああ、そうか。そうだったんだ。
まるで、絡まった鎖の一部が欠けて壊れてくれたかのように、気分が楽になっていくのを体感する。
私は今、初めて、錆びた鎖から抜け出そうとしているのかもしれない。
――私は救われても良いんだ。
「――……そうか、そうだったんだ」
「……? どうかされましたか? ……凛様?」
受付嬢の心配した声すら届かない。
それほどまでに、今の私は――嬉しいという感情でいっぱいいっぱいになっていた。
◆ ◆ ◆
私はいつも考えていた。
はた迷惑な性格をした母と、私と母を捨てた父。
どんなにクズでどうしようもなくても、私の実の親なんだ。私の元を離れていった彼らに、恨むなり悲しむなり、多少なり何か思うところがあるのが普通の家族で、そしてそれが普通の子供なのだと思う。
けれど私は、どうとも思わなかった。
面倒な母に捕まってしまった父親を、心の底から可愛そうだと感じたことはない。反対に恨むことだってない。
その面倒な母が帰らぬ人となり、それ思い出しても今ではもう泣くことすらできない。
自分の親のことすら、どうとも思っていない。
そんな私が一番――クズで最低な人間だ。
そう、心のどこかで感じていた。
クズな私は、笑ってはいけないんだ。
最低な私は、楽しんではいけないんだ。
けれど、自分ことだから分かる。
私は逃げていただけなんだ。
両親が去り、その辛さ、その苦しみから逃げるかのように、私は自分を攻めていた。
「最低な両親だった。だから、そんな両親を失ったことを哀しく思うことは許されない」
「私は最低だ。だから、辛く苦しい人生であればならない」
そう自分を攻め、他人から逃げる。
他人のことを考えずに生きる道を選ぼうとしていた。
だって、そのほうが楽だったから。
――でも、私の優しさで救われる人だっていたんだ。
ギルドの受付嬢のように。
やっぱり、お前は独りよがりだって怒られてしまうかな。
確かに、唐突だとは思う。
急に何を言ってるんだ、って自分でも思うよ。
それでも今この瞬間に、私は間違いなく救われた。
このゲームに。フリーライフ・オンラインに。
あぁ、私はこのゲームを楽しんで良いんだ。ってね。
あーいや、やっぱり違う。そうじゃない。
私はもう、このゲームを楽しいと感じている。これは嘘なんかじゃない。
あれだ、麗華さんが言っていた。
これはそう――
――神ゲーってやつだ。
このゲームを楽しんしまっているのだから私はいい加減、クズで最低な私を許してやらないといけない。
そうじゃなきゃ、私はこれから先、心の底からこのゲームを楽しめなくなってしまう。
それだけは嫌。
そう、思ってしまったのだから、仕方ないよね。
遠くの昔、既に壊れて朽ち果てていただけの、ただの鎖の残骸。
それを私はようやく、自分の力で脱ぎ捨てる。
――ああ、こんなに軽かったんだ。
◆ ◆ ◆
受付嬢の顔を視界いっぱいに捉えながら、私は再び意識を戻す。
「――凛様、凛様! 大丈夫ですか!?」
「え、あ、はい! 大丈夫です!」
「本当なのですか? このくだり、もう二度目だと思うのですが」
「本当の本当に大丈夫です! ご心配おかけしてすみません!」
「そうですか? なら良いのですが」
右頬に手を当てて深く考える様子の彼女は、優しくて、それでいて可愛らしい。
二度も考え事で気を失いかけた私なんかとは大違いだね!
「あ、そうでした! まだ凛様には、クエスト達成の報酬をお渡しして――」
私は、クエストの報酬と言いかけた彼女の言葉を制して、つい思ったことを口にする。
「あの、さっきから気になってたんですけど。『凛様』、じゃなくて『凛ちゃん』で良いですよ! あ、呼びづらかったら『凛さん』で! あるいは『凛』と呼び捨てでも――」
「えっ、あ、えっと……急ですね」
「そうですか!? 様付けは堅苦しいなぁって思ってたので!」
「あの……というか先程から、やけにテンションが高くないですか?」
「そんなことは…………いや、そうかも知れません! そんな気もします!」
今まで気が付かなかったけれど、言われてみれば、そんな気もする。
ま、色と々考え込んでしまったからね!
結果、気分が軽くなったのだから、その反動とでも言うべきか。
もしや、お酒を飲むってこういうことなのかな。
そうか、ということは今の私は酔っている! なんてね!
そもそも未成年なので飲めません! へっ!
「あの、凛様――」
「凛ちゃん!」
「凛ちゃ……………………凛さん……」
「はい、凛さんです!」
「やはり、どこか体調が優れないよう思えます」
「そんなことはないです!」
「なので、クエスト達成の手続きはまた後日ということで、今日はもうお休みになられてはいかがでしょうか」
うーん。
今日中に初クエストを達成するつもりでいたから、少し惜しい気もするけど。
ま、クエストは逃げないしね!
それにもう遅い。ゲーム内時間はまだ昼間だけど、リアル時間だと既に0時を越えている。これはまずい!
いや、別に今日は夜更かししても問題は無いんだけど、健康的な睡眠時間に越したことはないよね!
「そうですか!」
「そうですね」
「じゃあもう寝ます!」
「いやですから……って、え!? あ、はい……意外にあっさりと……」
「何か言いました?」
「いえ、なんでもないです。それではお疲れ様でした」
「ご苦労様々です!」
彼女の言う通り、今の私のテンションは確かにおかしい気がする。
でも、それ以上に何も考えられない。
本当に酔っているのかも……なんてね。
まあ寝れば治るだろうと信じて、私は視界に浮かぶボタンを操作して、ゲームからログアウトした。
◆
ログアウトした私はと言えば、マシンを外すことすら忘れて、部屋の電気を付けたまま、まるで泥に沈むかのように。とても、とても深い眠りについてしまった。
明日は何をしよう。
そんな風に思いながら。
思えば、明日が来るのが待ち遠しいと感じたことなんて、数年ぶりかもしれない。
そんな風に考えながら。
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