Episode 13「責任」

 突然の申し出に、思考が固まってしまった。


「え……今なんて……」

「凜さんに私のお店を預かっていただきたいのです、と」


 あるいは聞き間違いであった可能性に賭けてみたのだけれど、あっさりと失敗に終わってしまう。


 ついさっき出会ったばかりの相手だ、まさか無茶な頼みはされないだろうと高をくくっていた。けれど、されたのは普通に無茶な類の頼みだった。

 

 

 知りたいことが山ほどある。

 もうどれから聞けば良いのやら。

 そうは言え、このままでも埒が明かない。

 

 かつてないほど混乱し、頭がごっちゃになっていた私は、とりあえず、思い付いたことを片っ端から質問してみることにした。

 そうでもしなければ、話の意図が本当に見える気がしない。


「えと、その……とりあえず訊いてもいいですか?」

「はい、何をでしょうか。なんでもお答えします」

「何をと言うか……全部というか……ひとまず順に質問しても?」

「そうですね、説明不足にも程がありますから」


 説明不足というのは理解していたらしい。

 これで無自覚と言われれば、もう手のつけようがなかったかも知れない。


 まあ説明してくれるのであれば、ひとまずは安心だった。



 安堵の溜息を漏らす。


 そして気持ちも落ち着いた私は、数ある疑問を一つ一つ質問していくのだった。







「こんなところでしょうか……」


 問答は日が暮れるまで続いた。

 私も木霊さんも、ずっと喋り通していたせいか、かなり疲労している。おかげか、問答中と比べて口数が少ない。


 しかし、多くの情報を得ても尚、未だ私の脳の処理が追いついていない。

 いや、むしろ、話を聞く前よりも頭が混乱した気がする。

 なので、ここまで聞いた話をまとめてみようと思う。



 

「話の内容を整理したいので少し待っていてもらえませんか」

 私がそう伝える。

 すると木霊さんは「かしこまりました」と綺麗に一礼をし、【向日葵】の閉店作業に取り組み始めた。


 あぁそっか、もう夜だもんね。

 ひとりでに納得する。


 その後は、「自由に使ってください」そう言われて案内された、店内の奥にある小さなバックヤードにて、考えるべきことを思い浮かべた。

 閉店後の店内に居座ることに若干の背徳感を感じながら。


 





 プレイヤーネームは【木霊】。


 備えた礼儀の正しさゆえに大人びた雰囲気を纏った彼女は、話の始めに実年齢を明かした。

 本来そういう行為は褒められるべきものではないらしいのだけれど、事情を説明するにあたって必要な情報なので許してほしいとのこと。


 私的には、彼女の歳がいくつであっても問題はないし、気にすることはなかった。

 

 しかし、驚きはした。

 私がイメージしていた彼女の年齢と、到底かけ離れていたからだ。

 彼女の大人びた雰囲気からして、てっきり二十代かと。

 もっと言えば社会人。とまあそんなことはどうでも良いか。



 18歳だった。

 実際、私の一つしか違わなかったのだ。


 ちなみに私の歳は17で、高校二年生。

 その一つ上というのだから、木霊さんの学年はつまり三年生だ。


 そして、高校三年生と聞かされれば、話を持ちかけられた理由もなんとなくなら見えてくることだろうか。


 

――受験。

 彼女はそう、いわゆる受験生だ。


 木霊さん曰く、そこそこ難関な大学を受けるらしい。

 すれば当然、必要になってくるのが、受験勉強。

 

「受験勉強に集中するためにも、当分はゲームをやめざるを得ません」


 悲しそうに呟く彼女の言葉を思い出す。


 何をそんな、ゲームごときで。

 少し前の私が今日の木霊さんの話を聞いたのならば、そんなことを思うかも知れない。

 けれど、今の私に、彼女を笑うことはできそうになかった。

 来年になれば私も……――なんて考えて、不安になってしまったくらいだもの。

 むしろ同情したと言える。


 

 しかし、やめる必要があるのなら素直にやめれば良いのでは。セーブデータが消えるわけでもないし。

 そう思ったのも事実だった。


 しばらくの間、好きなことができない。

 それは確かに苦痛かもしれないけれど、その苦痛を受ける覚悟ならあると木霊さんは言う。


 覚悟、は少し大げさな気もするけどね。

 でもまあ受験勉強の期間は約5ヶ月ほどだそうで、その間娯楽に触れられないとなれば、確かに覚悟の一つや二つくらい必要になるのかな。


 

 じゃあ結局、木霊さんが私に、「お店を預かってほしい」と言ってきた理由はなんなのか。


 ここからはFLO内の話。

 


 FLOではプレイヤーが自身の店を経営することが可能で、その方法はいくつか。

 屋台や露店を一時的に出店したり、あるいは建物を購入して自身の店にしたり。

 その他、建物や敷地を、買うのではなく借りて営業するプレイヤーも多数居るそうで、木霊さんがまさにそうだった。

 

 賃貸の場合、店舗を維持し続けるためには、定額を定期的に支払う必要がある。

 支払いが不可となった場合、その時点で、その場所は自動的に解約されてしまうそう。


 仮にそうなった場合、店内に取り残された、商品や家具などのアイテムがどうなってしまうのか。

 解約時点で、それまで契約していたプレイヤーのインベントリ内に、可能な限り転送される。自動的に。


 では、インベントリに収まりきらなかった分のアイテムはどうなるのか?

 慈悲もなく消滅する、というのがその答えになる。



 木霊さんは危惧した。

 支払いはシステムが自動的に行なってくれるので、わざわざログインする必要はないそう。


 問題なのは、リアル時間で5ヶ月分、ゲーム内時間においておよそ40ヶ月分の金額を、店を開けず営業せず収入がないというそんな状態で支払えるほどの金銭的余裕が、今の彼女にはないということだった。



 店内のアイテムを別の場所に避難させた上で店を解約するか。

 いや、彼女には、それを可能とさせる持ち家がない。


 では、長期間店を持続させるだけの資金を今からでも集めるか。

 物理的に不可能だ。

 

 どうしようかと木霊さんは考えた。

 覚悟がどうとか言ったって、ゲームに復帰した頃にはお店にあるアイテムの殆どが消滅している、なんて到底耐えられる話ではない。


 切羽詰まっていた彼女は、蓮華さんにも相談したそう。(ちなみに、木霊さんと蓮華さんは植物好きが集まるギルドに加入しており、そこで仲を深めたらしい)



 そうして木霊さんは、蓮華さんの一つの提案に懸けてみることにした。

 その提案とは、自分の店を他プレイヤーに預け、営業を任せてしまおう。

 言ってしまえば。プレイヤーに稼いでもらおう、というものだった。

 

 そして他プレイヤーという枠に、私が当てはまってしまったということになる。







 大方まとめ終えた私は、閉店作業をタイミング良く終わらせてバックヤードに入室して来た彼女に声を掛ける。

 そろそろ話の続きをしませんか、と。

 

「続き?」


 彼女は疑問した。

 彼女は、話すべきことはもう話し終えたつもりなのだろう。

 あとは私の返事を待つだけ。


 そんな彼女の面持ちを見て、説明不足にもほどがあるなぁと改めて思ってしまった。

 なぜなら、一番重要な部分の説明が未だされていなかったから。


 私は質問した。



「なんで、私なんですか?」


 店を預ける対象に私が選ばれた理由を問う当の私を見て、ぽかんとする木霊さん。

 次の瞬間、彼女の発言によって、私は思い知ることとなる。

 何をって?

 見た目や言葉遣いに反して、彼女は案外ポンコツだったってことを。



「あれ……言っていませんでしたか?」



 小首をかしげる木霊さん。

 小さな仕草すら映える可愛さなのは認めるけれど、それとこれとは話が別だった。

 「聞いてないです! 全く!」と思わず声を荒げてしまった私を誰が責めようか。


「すみませんでした。既に話したものだと勝手に……。ええと、それじゃあ――」


 そのうえ、だ。

 あるいは話すことすらはばかられる内容なのかも……と、ごくり唾を呑んだ私ではあるけれど。理由を語られて拍子抜けした。



「――なんとなく、でしょうか。優しそうな方だとお見受けしたので……」



 ここにきて、そんなほんわかとした理由を述べられてしまっては、私としても断りづらくなるのでやめてほしい。

 いや、別に断るって決めているわけではないのだけど。


「そんな曖昧な理由で決めてしまっても良いんですか? 木霊さん自身のお店のことですし、もっとしっかり考えたほうが……」


 「第一、私が悪さをしないとも限らないし。それに、言われるほど出来た人間でもないですよ、私」そう卑下して言ってみたものの、やはり効きそうにはなかった。


「そんなことはありません。凛さんは、優しい方です。一目見れば分かります」


 「それに」と、続ける。


「蓮華さんから聞きました。凛さんは、植物が好きで栽培家になったのだろう、と。そういう方にこそおまかせしたいのです。かくいう私も、自然が大好きなので」

「でしたら、その睡蓮さんにこそおまかせするべきでは?」

「あの人は自分のお店で忙しいでしょうし」


 固い決意を感じ取れてしまう。

 そんな決意に対し、私には、微小ながらに抗うことしか術は残されていなかった。


 抗う必要だってないのだろうけれど、なんか、流されるように決めてしまうのは嫌だったから。

 これは彼女の問題であると同時、それを受けるのなら私の問題にもなるのだから、ちゃんと考えないといけない。


 彼女曰く簡単な仕事らしいが、どんなに楽であれ、任された時の責任は重くのしかかってくる。

 それが怖いんだ、私は。

 それとさ、木霊さんはさ、もう少し慎重になるべきなんだよ。


「確かギルドに所属してるって言ってましたよね。植物関連のギルドだ、って。そこのメンバーの方にお願いするとかは……」

「ギルドメンバーの方々も、ほとんどがご自身のお店やらを営まれておりますので」


 「うっ」短く呻いてしまう。

 私にもう成す術はなかった。

 

 対して、木霊さんにだって焦りはあるのだろう。

 話を聞く限りでは、誰に頼ることもできなかったのだから。

 けれど、大学受験という、どうやっても軽視なんてできないライフイベント。

 となれば、出会って一日未満の相手に無茶なことを言うのにも納得できてしまう。


 それ以上考えて、私は、ピンと張った糸が切れたのを実感した。

 そうだ、彼女は何も考えていないわけではなかったんだ。

 むしろ、考えて考えて、その末の苦肉の策。


 じゃあもういっか、って思ってしまった。

 いい加減疲れたのかも知れない。




「ですが、そうですね……強引過ぎる気もします。すみませんでした」


 渋る私を見て願いが叶わないと思ったのか、今更「やっぱり、もう少し自分で考えてみます」と切り出される。


「本当に、無茶を言ってしまって――」


 本当に、今更過ぎる。

 ただし、私が優柔不断なだけで、別に彼女の何が悪いというわけでもないのだけれど。


 いいや、強いて言うなら慎重さ、かな。

 あと説明力。本当に。

 


「――あの」

「?」


 彼女の謝辞を遮る。


「私、やっぱりやります」

「え……?」


 とはいえ、散々渋った挙げ句のこの発言だ。

 私だって木霊さんのことをとやかく言えないな。

 

「良いのですか?」

「はい、やらせてください」


 けれど、私ももう、決断していた。

 やってやろう、と。


 私が渋々だった理由は、一重に責任の重さゆえなんだ。


 失敗しないだろうか、とか。

 逆に迷惑をかけないだろうか、とか。


 そもそも私達二人は初対面で、お互いのことをよく知りもしない。

 ましてそんな相手の、言わば「もう一つの人生」を預かるようなもの。

 正直重苦しい。

 

 

 けれど逆ならどうだろうか。



 大抵の物事にはデメリットがあることを私は理解している。

 しかし、物事の有無を決断する瞬間、大抵の人間はデメリットだけで否決しようとは思わない。

 じゃあどうするのか。


 デメリットとメリットを照らし合わせるんだ。

 その結果、有か無か、より濃く浮かび上がった方を選ぶ。

 

 買い物で例えると分かりやすいかな。

 値段は高いけど性能が良い物を選ぶのか、性能は悪いけど格安の物を選ぶのか。


 そうやってふと考えた。 

 木霊さんの頼みを受け入れた場合、重い責任を負うというデメリットが確かに存在する。

 しかし私の場合、時間を取られるとかは大したデメリットにはならない。何せ、初心者栽培家はすごく暇だから。

 

 ならその逆。メリットは?

 暇を潰せる、という意味ではある意味メリットかな。

 それでは薄いし……でも、それ以外で思い浮かぶことは――正直ない。


 だから、提示する。

 ボランティアじゃないのだから、それくらいは許されるでしょう。



「ただし、条件があるのですが」



「条件……なんでしょうか」

「おこがましい話ですが……」


 何を提示する?

 もちろん、今、私に一番必要なもの。



「お給料を頂きたいです。――時給125ゴールド、それが最低条件です」



 今度は、木霊さんがぽかんとする側だった。

 散々突拍子もないことを言われたお返しですよ。 



「っ!? ――い、いえいえっ、そういうわけにはいきません!」



 えぇ、そんな。

 まさかこうもあっさりと否定されるとは思わなかった。


 正直、断られるとは思っても見なかったので、少しばかり驚く。

 しかし、それくらいで諦めるほど、私の決意はやわなものじゃなかった。


――そして、彼女の決意も、やわなものではなかったと思い知らされる。


 いや、違う。

 木霊さんの、説明の足らず加減を思い知ったのだ。


 いいや、これも違う。

 この場合、私の世間知らずさを思い知った、ってことになるのかな。



「その十倍は出します! というか125ゴールドってなんですか、少なすぎますよ。意味が分かりません!」


 ゲームとはいえ経営者として許せないものがあるのか。

 ややキレ気味にしまった。


 私はぽかんとしている。

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