フリーライフ・オンライン 〜花好き少女の自由気ままなガーデニングライフ〜

蒼乃 夜空

Chapter 1「始まり」

Episode 0「当選」

「あ、当たった……」


 ついさっき届いたばかりの段ボールを開けた私は、中身を見て驚愕する。


 一瞬、が何なのか理解できなかったけれど、段ボールの中にと一緒に入っていた手紙を読んで、思い出した。

 

 その手紙の一番上には「ご当選おめでとうございます」と太く書かれていた。


 巷で話題のVRMMOゲーム「フリーライフ・オンライン」、略して「FLO」が当たるという懸賞に、一ヶ月ほど前に興味半分で応募したのだけど、まさかこうして当選するとは思ってもいなかった。



 ネットでたまたま見かけた懸賞。

 「何に送ってもどうせ当たらないだろうし」と、数ある景品の中から、たったの5名にしか当選しないA賞を選んだのがどうやら正解だったらしい。

 どうせならと一番当たりやすいF賞「図書カード500円分」にしなくてよかった。   

 切に思う。マジで。本当に。



 そんな事の顛末てんまつを思い出し、興奮で体中の震えが止まなくなる。

 景品の内容は「フルダイブ型VRマシン〈FLOエディション〉」。

 つまり、ゲームの限定デザインが施されたVR機。

 しかも、VRデバイスの中には既に「フリーライフ・オンライン」がダウンロードされており、加えてFLOエディション限定の特典付きだという。


 その価値、値段にして10万円以上。

 そんなものが、大した脈絡も無く私の手に収まってしまった。

 こんな経験、一生で一回できるかできないかだもの。

 ゲームに特別興味が無い私ですら、つい口角が上がってしまう。


 とはいえ、価値という意味では、すごくすごく嬉しいことなのだけど……。

 ……正直、やはりゲーム自体にはさほど興味をそそられないのが現状かな。


 今だって、売ったらどのくらいするのだろうか、なんて。値段のことばかり考えてしまう。


 ゲームをするくらいならバイトをもっと入れたいし。

 マシンを売って手に入れたお金を、学費やら生活費やらに回したいくらいだ。

 それくらい、今の生活には満足できない状況だということを改めて思い知る。



 っと。辛気臭いことを考えてしまった。

 それにいつの間にか時計の針は13時を指している。

 バイトの時間が迫っていた。


 ま、売るにせよ遊ぶにせよ、今はバイトの支度をしなければ。

 ゲームのことは、帰ってきてたからでも不都合はない。


 そういえば、バイト先の店長がよくゲームの話をしながら仕事をサボってたっけ。

 FLOという名前は、ゲームに興味のない私ですら日々街中で耳にするほどの人気ぶりだし。店長なら、FLOについて色々と知っているかも知れない。

 

 暇な時間にでも、試しに訊いてみようかな。





 私がバイトとして働いているのは、私が通う高校が近くにある、小さな花屋。

 店名は【Colorful Gardenカラフルガーデン】。

 亡くなった私の母の妹さんの、麗華れいか叔母さんが、自身で立ち上げたお店。

 つまり麗華さんは、私の叔母で、店長兼、社長でもあるということ。

 まだ二十代とは思えない肩書だ。


 男っ気が混じったような性格も相まってか、凄くかっこいい女性だと思う。

 自慢の人だ。



 そんな麗華さんは私が高校に入学する少し前に、施設に預けられていた私の親権を引き継いだ。無論、本当の親同然のように接しているわけではないけれど、高校に入学してからも彼女には何かとお世話になっていて、母親というよりもお姉さんのほうがよっぽどしっくりくる。


 他にも、アパートを麗華さん名義で契約してもらったり、学費の一部まで負担してもらっているものだから、麗華さんには頭が上がらない。




◆ ◆ ◆



◇ 花屋【Colorfulカラフル Gardenガーデン】◇

 


 時刻も夕過ぎ。

 やっと客足が減ったタイミングで、私は思い切って麗華さんに話しかけてみた。

 もちろんゲームのことについてだ。


「FLO? もちろんやってるけど……」


 麗華さんはぽかんと口を開けて、不思議だとでも言わんばかりな反応をした。


凛桜りおの口からその単語が出てくるとは想像もしてなかった」

「自分でもそう思います……」


 植物が所狭しと並ぶ店内。

 お世辞にも広いとは言えないその場所で、店長と私は、各々がするべき作業に取り組みながら会話をする。


「またどうしたのさ? 私がゲームの話なんてしても、興味無さげに相槌するだけだったじゃん」

「……べ、別に、興味が無かったわけじゃ――」

「嘘おっしゃいな。『へー』とか『はえー』とかしか返事してくれなかったもん。それはもう呆れるくらいにあからさまだったぞ、あの時の凛桜は」

「なんか、もう……すみませんでした……」


 バレているとは思っていなかった。

 どうやら私は嘘を付くのが苦手だったようだ。

 今後はもっと、上手な気遣いの仕方について勉強する必要がありそう。


「そんなことよりさ。FLOに興味持った理由、教えてよ」


 興味津々な彼女に気圧されて、私は事の顛末てんまつを説明する。

 




 事の一部始終を話し終えた私は、麗華さんの反応をうかがう。

 大方想像した通り、興奮気味な麗華さんの姿がそこにはあった。


「懸賞って本当に当たるものなのか……。良いなぁ、私も宝くじとか当ててみてぇ……」


 分かる。めっちゃ分かる。


 当たらないことなんて百も承知というつもりで応募したのに、まさか当ててしまうとは思いもしなかった。

 ましてA賞なのだから景品は豪華なわけで、その分、倍率も上がるのだから、尚更当選したことの強運さが窺える。



「というか、色々と盛り上がっちゃったせいで忘れてた……。そろそろ本題に戻ろうか」


 そう言えばそうだった、と思い出す。

 肝心の本題がまだだった。


「ようするに凛桜は、『お金』か『娯楽』、どっちを取るか迷っていると」

「直接的な表現をするのであれば、そうなりますね……」

「ちなみに、凛桜本人はどっちが良いとかはあるのか?」

「んー……特に無いんですよね」


 少し考えて、思ったことを素直に言う。


「少しやってみたいなっていう興味が半分、生活費の足しにしたいっていうのが半分。――半々です」


「興味はあるんだ?」

「一応は。……今まで、ゲームとかやったことなかったので、たまにはそういうのも良いかなぁ、みたいな」


 まるで溜息を吐くみたいに呟いたそれは、紛れもない私の本音だった。

 ゲームとは無縁な人生だったからこそ、ゲームのある生活を想像してしまう。


「だったらさ、一回くらい、試しに遊んでみたら? 私も教えるしさ」


 まあ一回くらいなら……。


「でも私、動くのとか苦手ですし……」

「ゲームの中でもそんなこと気にする必要ないでしょ」

「でもフルダイブだと疲労まで再現されるって聞きましたけど……」

「まぁ……それは確かに」


 駄々をこねる私に、「そうだ」と手をポンと叩く音がする。


「動くのが嫌なら、生産職とかはどうよ」

「生産? 何か作るんですか?」

「そうそう。鍛冶職人とか大工とか、色んな種類もあるし」

「モンスターと戦うとか、そういうのはないんですか?」

「そうだね。できなくはないけど、生産職は物を作ったり、フィールドでアイテムを採取したりするのがほとんどかな」


 麗華さんが言うには、ゲームには職業ジョブがある。

 ジョブは主に二つの種類に分かれている。戦闘職と生産職だ。


 戦闘職は主にモンスターを倒して依頼を熟したり、倒したモンスターからドロップしたアイテムを売ったりして、お金を稼ぐ。

 

 生産職は、市場やフィールドなどで入手したアイテムを素材とし、装備品や家具などのアイテムを生産し、それを売ってお金に替える。


 つまりは、戦いに生きるのか、まったり物作りをしながら生きるのか。

 なら、私には生産職の方が断然向いてるかな。



「麗華さん。私、FLO初めてみようと思います。試しに、ですけど」



 この時、面倒くさがらず、ちゃんと言葉にしてよかったなって思う。



「おう。……って、え。……ほ、本当か!?」


 いつからか、忘れていた気がする。

 いつの間にか、失くしていた気がする。

 「楽しむ」ことに理由なんていらないということに。


「ま、ゆっくり自分のペースでな。ゲームっていうのはそういうもんだから」


 本当にその通りだと思う。

 気が向いた時に、気の済む限り。

 そんな、中途半端で、端からすれば無駄に見えてしまうような時間の使い道でも、別にバチは当たらないだろう。


 気分転換に、珍しく声を張ってみる。

 

「ただし!」

「おぉ?!」


 急に大きな声を出したから、麗華さんが驚いてしまった。ごめんなさい。

 でも。それがなんだか可笑しくて、くすっと笑ってしまう。

 でもね、これだけはちゃんと言っておかなちゃ、って思う。

 おこがましいかも知れないけれど、彼女に心配させないためにも。


「バイトと勉強はちゃんとするので」

「おう、そうだな。リアルを優先するんだぞ」

「はい。なので、暇な時にでも、色々教えて下さい」

「おう」



 売るのは、もうちょっとお金に余裕が無くなってからでも良いんじゃないかなって密かに思ったり。

 電源だってまだ一度たりとも入れたことないのにね。

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