Episode 1「キャラメイク」

 時刻は22時過ぎ。

 バイトから帰宅した私は、シャワーを素早く終わらせ、早速マシンを起動させた。

 明日は日曜日だから学校も無い。

 つまり、万が一にも遊び過ぎて寝過ごしてしまうなんてことはなく、気兼ねせずゲームに集中できる。


 お昼過ぎには今日と同様の時間帯でバイトのシフトが入っているけど、まあお昼過ぎだし、それまでには起きられると思う。


「さてと」

 ヘルメット型のマシンを被った私は一息ついて、「はじめますか」と呟いた。

 マシンに配置された電源ボタンを押して起動させ、既にダウンロードされたゲームを早速立ち上げる。


 初めての立ち上げたからなのか、ロードにかなり時間がかかっている。

 そんな中、麗華さんの力説を聞いたせいなのか、楽しみ、という感情を抱いている自分に少し驚く。



 しばらく続くであろう真っ暗な視界の中で私は、ふと思いを巡らせてしまう。




 母が亡くなってからの数年、楽しいと思えることなんて、バイト先で花を眺めてる時くらいだった。



 父は、私が物心つく前に母と離婚。原因は父の浮気だったそう。

 でも正直私は、父をあまり悪く思ってはいない。

 母の性格のこともあったからだ。


 母は、すごく頑固な性格だったのを今でも覚えている。

 言ったことは何があっても曲げないタイプの人だった。

 母が誤った答えを私に教えても、言い間違いですら、彼女が自分の口で間違いを肯定することは無かった。私が覚えている限り、ただの一度も。

 その捻くれた性格もあってか、家族からの支援は一切受け取ろうとしなかったらしい。

 本当、はた迷惑な人だった。



 私は父の顔を覚えていないし、記憶も無い。母の頑固さにやられた可愛そうな人だと思うし、私を捨ててまで他の女と繋がろうとした浮気者だとも思う。


 実の妹である麗華さんには申し訳ないけれど、とはいえ母の顔だって今の今まで忘れて過ごしてきた。

 彼女との良い思い出なんてこれっぽっちも無かったし、良い母親と呼べる存在でも無かったから。



 つまるところ私は、自分の親のことすら、どうとも思っていない。

 ある意味、私が一番――

 



 ふと我に返り、やってしまったと反省する。

 こんな時にまで暗い思い出を振り返る必要なんてないよね。


 ゲームのことを考えていよう。



 そういえば、と思い出す。


 麗華さんが言っていた。

 FLOには職業が沢山あると。

 その中に、栽培家という職業があり、中にはゲーム内にて花屋を営むプレイヤーもいるのだとか。


 けれど麗華さんの話によれば、どうしてもその手の職業は不人気らしい。

 

 仕方がない、と彼女は言った。

 FLOというゲームは自由度が高いことで人気を博しているが、その実、あくまでもメインはバトル。

 ゆえに、戦闘職もしくは戦闘に何らかの形で恩恵を与えられることのできる職業(つまり武具や消費アイテム系の生産職)が人気らしい。

 逆に自己満足として完結しやすかったり、戦闘にはあまり関係がないような部分が目立つ、栽培家や、他にも家具職人などは不人気だと。

 花を育てたところで、ステータスは上がらないからね。


 植物やインテリアは好きなので、それを聞いた私は少し寂しい気持ちになったんだっけ。

 

 

――小さい頃から植物が大好きだった。



 公園に咲く草や木や花、形や性質、色や香りなんかも全てが美しく見えて仕方がなかった。

 何か嫌なことがあっても、植物を眺めている時だけは素直に笑えていた気がする。

 

 間違いなく私は、自然に救われていた。


 

 そう、だからこれは、私がやりたいことなんだ。



 挑戦してみたい。自分で、触れて、育てて、愛でてみたい。

 

 不人気だから、は諦める理由にならない。

 ゲームは娯楽。楽しくてなんぼ、好きでなんぼなんだから。

 リアルの私みたいに他人の意見なんかを尊重する必要なんて無いんだよね。

 ゲームっていうのは、そういうものなんだから。


 暗闇の中でうんと頷く。

 そうして一つの結論に辿り着いた私は、

 

「私、栽培家になってみる!」


 下がった気持ちを再び上げるように。

 ひとりでにそう高々と宣言する私に呼応するかの如く、視界は徐々に光を取り戻していく。

 

【GAME START】


 画面の中央に現れたその文字に触れる。

 それはゲームが始まる合図だった。




◆ ◆ ◆




 真っ暗闇から一転、眩しいほどに真っ白な空間に切り替わった。

 ゲームなのにちゃんと地面に触れている感覚がある。さすが最新鋭。


「無垢なる旅人よ」


 感動している私に、一つの声が届いた。野太く、男の人のものだとすぐ理解できた。

 急に話しかけられて、驚いて振り向いた先には――


「我はロウマーノ。人の世を一律に統べる五国の内【西部国マウノ】を加護する神である」


――想像も及ばないほど大きなサイズの、があった。

 全身が鎧に包まれていているけれど、状況からして、それが「ロウマーノ」だということを瞬時に理解する。

 なんで鎧なんて着ているのか、私にはさっぱり分からない。

 あるいは、鎧自体が本体なのか。なんて深読みしてみるけれど、真相は知れない。



 鎧の大きさは、軽く5メートルは超えているだろうか。本当に大きい。

 両脇にはこれまた大きな大剣が、床に刺して携えられている。


 申し分ないその迫力に、私は呆気にとられてしまっていた。

 

 自身を神だと言った彼を見て想像以上の大きさに驚きを隠せないでいた私を尻目に、淡々と鎧は喋る。


「無垢なる旅人よ。己の色を我に示せ。さすれば街への道は開かれん」


 低くよく通るその声は、否応なしに私の脳内へと響く。

 しかし私がその言葉の意味を理解できずにいると、やがて視界にアクリル板のような半透明のウィンドウが出現した。


 「己の色を我に示せ」彼の言葉を思い出す。

 私の色をロウマーノに示す……。どういう意味なのか。

 この神、説明下手じゃなかろうか。


 しかし答えはすぐ目の前にあった。

 ふとウィンドウを見てみれば、一番上の欄には「キャラクターメイク」と書かれており、私はああなるほどと納得した。


 私の色というのは、私のキャラクターのことか。

 つまり、アバターを作れということなのかな。

 説明不足にも程がありゃしないか。


 まあ……そういうことなら、早速キャラクターメイクに取り掛かろうと思う。






 

「これでよしっ」


 アバターの外見はこれで完了。

 設定し終えた私は、【決定】ボタンを押す。

 すると同時に、私の目の前に絢爛けんらんな鏡が出現した。これで容姿を確認しろということだろうか。


 素直に鏡を覗き込んで見る。


 そこに映ったのは、なんとも可愛らしい少女だった。

 

 体格や顔つきはリアルの私をベースに。

 髪形はミディアムボブ。髪色は、せっかくだし染めてみた。

 茶髪の毛先を桜色にした程度だけど。

 でも、普段ならこういうこともできないから、なんだか新鮮だ。

 

 そんな感じで、再度【決定】ボタンを押す。

 すると、ウィンドの画面が切り替わった。

 画面上には【職業】とある。


 職業を何にするかということなら、既に私の気持ちは決まっていた。


 下へ下へと続く一覧をスクロールし続ける。

 数ある選択肢の中から、ようやく見つけ出したそれに触れてみる。


《【栽培家】にしますか?》


 続いて《はい・いいえ》という二択。

 もちろん、《はい》だ。

 

 そして、次が最後の工程。



《名前を入力してください》


 その一文に沿うように、キーボードがウィンドウ内に出現する。

 これで文字を打つらしい。


 ……名前、か。

 麗華さんに本名は良くないって言われたし、凛桜りおという名前は使わないでおこう。

 

 少し考えて、私はひとりでに頷くと、「よし」と小さく呟いた。


《【りん】にしますか?》


 凛と桜、どっちかにしようかと考えて、結局、【凛】のほうを選んだ。

 桜は好きだけど、好きだからこそ私がその名を語ってはいけないという、変な思いの現れだ。

 

 まあ正直どちらでも良かったのだけれど、【凛】という名は結構気に入っている。

 特に響きが良いんだよね。


 そういうことだから、答えはもちろん《はい》のほうだ。







「無垢なる旅人よ。これがそなたの色であるか」


 ようやく完成したキャラクターだけれど、せっかく新しく得た名前を呼んでもらえずにむっとする私。

 どうやらこの神は、私を「無垢なる旅人」としか呼んでくれないらしかった。

 というか「無垢なる旅人」ってなんなんだ。


 思考する私をよそに、ロウマーノは淡々と喋り続ける。

 かと思いきや――


「綺麗な色だな」

「……へ?」


 いきなりのことだったものだから、間抜けな声を出してしまった。

 完全に不意打ちだった。


「色を持つ者は美しい。凛よ、そなたがこれから染め上げるであろう己の色を、我にも見せてくれ」


 すんとした神様かと思いきや、この急なイケメンムーブである。

 さらっと名前も呼んでくれたロウマーノ。実はすごくモテるのでは。

 


――しかし、私には分かる。なんとなくだけど。

 この神が放つ、どことなく寂しさを帯びた雰囲気を。


 私なんかには彼の事情は計り知れないけれど、でも、私以外の人の悲しそうな顔は、見たくなかった。

 いや、正確にはロウマーノの顔は鎧で隠れて見えないんだけどさ。




「そなたのさがさちあることを願う」


 なんか締めようとしているロウマーノ。

 かくいう私の視界も、白く淡い光で埋め尽くされようとしていた。

 このままだと、すぐにでもこの場所から追い出されてしまうのだろうと容易に想像がつく。


 一言。

 私の思い違いでも良いから、せめて一言だけでも彼に届くようにと。

 私は、今までに出したことが無いくらいの大きな声を、精一杯絞り出した。


「ロウマーノ!」


 勢いで呼び捨てにしてしまった。

 ロウマーノは神様なのだから、様でも付けたほうが良かったかなとも思ったけれど、過ぎたことは仕方がないよね。


 私が彼の名を呼ぶと、驚きからかロウマーノが息を呑む音が聞こえた。

 気付いてくれたのなら良かった。


「あなたの好きな色は、何色なのですか」


 励まそうとか頭では色々考えていたのに、結局変なことを聞いてしまった。


 返事も無いし。


 空間の景色も、段々と薄れていく。

 ロウマーノの影ですら、もう見えない。


 フェードアウトする意識の中、微かに、けれども間違いなく、確かにそれが聞こえた。



「……桜色と言ったら、笑うか」


「良いじゃないですか」間髪入れずに応える。

 もしかしたらもう聞こえてなかったかもしれない。それでも別に良い。


 返事を貰えたこと自体、すごく嬉しかった。 

 私も同じです! とも言おうとしたのだけれど、結局、それが叶うことはなかった。


 もう一人の私の人生が、始まったからだ。

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