監禁生活7日目 赤い薔薇





「ぐぬぬぬ、ふんぬ!!」



 金曜日。

 俺は窓の鉄格子をどうにかして外そうと、四苦八苦していた。


 スプーン同様、食事時にくすねたステーキナイフで鉄格子の切断を試みているのだが……。


 結果は芳しくない。


 少しずつ鉄格子が削れてはいるのだが、所詮は食事に使うナイフだ。

 先にナイフの方が壊れてしまった。



「くっそ。鉄格子からの脱出はやっぱり無理か」


「何が無理なんだい?」


「ヒョア!?」



 女性の声が聞こえて、俺は思わず入り口の扉の方を見た。


 そこには凛々しい雰囲気をまとった絶世の美女が一人。

 男物の服を見事に着こなして立っていた。


 スタイルは分かりにくいが、その女性は茜音さんや橙華さん並みに抜群のスタイルだった。


 俺は思わず驚愕してしまう。



「し、神龍司先輩!?」


「やあ、空澄くん。でもここで神龍司はやめて欲しいな。私と君の仲だ。もっと親しげに、黄鈴きりんと呼んでくれたまえ」



 彼女の名前は神龍司しんりゅうじ黄鈴きりん

 日本有数の劇団の舞台女優であり、男性役を好んで務める麗人。


 ファンクラブの会員数は一万人を超えているそうで、その全員が女性なのだと言う。


 以前、俺が先輩と話しているところをファンクラブの会員に見つかってしまい酷い目に遭ったことがある。


 具体的には「黄鈴様に近づいたら殺す」や「黄鈴様に汚らわしい男が近づくな。殺す」とか「男は死ね」とか。


 最後の方はもはや黄鈴先輩関係ないじゃんって言いたくなるような殺人予告が届いたのだ。

 まあ、その件は黄鈴先輩がファンクラブに注意されて片付いたのだが……。


 閑話休題。



「な、何故、黄鈴先輩がここに……?」


「何故とは難儀な質問だね。私が君に会いに来るのに、理由が無くては駄目なのかな? まあ、強いて言うなら、今日の君当番が私だからだよ」



 そう言って黄鈴先輩が俺に近づいてくる。


 俺は思わず後ずさりしてしまい、壁際に追い込まれてしまった。


 すると、黄鈴先輩は。



「嗚呼。やはり、君を見ていると胸が息苦しくなる。こんなにも君を近くで感じられるというのに、私は何が不満なのだろうね?」


「ちょ、あの、ち、近いです、先輩」



 壁ドンされた。


 いや、ドンッなんて大きな音ではないから、正確には違うのかも知れないが。


 それにしても、ここまで接近されると改めて思う。


 黄鈴先輩はたしかに美人なのだ。


 そんな美人フェイスで、甘い言葉を吐くから手に負えない。

 ファンクラブの人が暴走するのもよく分かる。



「ふふ。恥ずかしいのかい? 実を言うと、私も結構緊張しているんだ」


「え?」


「ずっと想っていた少年が、我が家に監禁されているのだよ? 悪いことだとは分かっていても、興奮してしまうじゃないか。私は男性役よりも、悪女のような女性役の方が得意なのかも知れないね」



 そう言って、黄鈴先輩はどこからか一輪の赤い薔薇を取り出した。


 そして、その薔薇を俺に手渡してくる。



「これを受け取ってくれるかい?」


「えっと、はあ、くれるなら……」


「ありがとう。私はまたすぐに次の劇場へ向かわなければならないから、ここには長く居られないんだ。けれど、その薔薇が枯れる前にまた君の元を訪れる。これは約束だよ」


「そ、そうですか」



 俺は花瓶に水を入れて薔薇を刺し、テーブルに置いておく。



「……というか相変わらずですね、先輩は。背中のむず痒くなるような台詞を平然と言えるんですから……」


「おやおや。それではまるで私が軟派な女だと思われているようじゃないか。――私は君一筋だよ」


「うーん、神龍司家の七姉妹にここまで好かれる理由が本気で分からん」



 思わずそう呟くと、黄鈴先輩はくすくすと笑った。


 な、なんだ? 何がおかしいんだ?



「ふふ、ああ、いや。すまない。君のそういうところが魅力的なんだよ」


「答えになってないんですが」


「いずれ教えてあげるよ。手取り足取り、ベッドの上でね――」



 黄鈴先輩が耳元で甘く囁いたその時だった。


 ゴゴゴゴゴッ!! と建物が大きく揺れたのだ。



「地震!?」


「おっと、だ、大丈夫かい、空澄くん?」


「ちょ、先輩危ない!!」



 黄鈴先輩が突然の地震でふらついて、尻もちをついてしまった。


 そこはちょうど、俺が花瓶を置いたテーブルのすぐ近くで、今にも薔薇の刺さった花瓶が黄鈴先輩の頭上に落ちそうになっていたのだ。


 花瓶が落ちる寸前、俺はなんとか花瓶をキャッチすることに成功。


 その直後に地震が止み、俺は安堵の息を漏らす。



「あ、危なかった。先輩、俺の心配よりまずは自分の……心配……を……」


「あ、ああ、すまない。次からは気を……付け……ひゃんっ!!」



 凛々しい黄鈴先輩はどこへやら。


 年頃の少女のように頬を真っ赤にしながら、黄鈴先輩が可愛らしい声を出した。


 無理もないだろう。

 何故なら俺が、黄鈴先輩の豊かな胸を鷲掴みにしていたから。



「ぬお!? す、すみません!! わ、わざとじゃなくて!!」


「あ、ああ。分かっているよ。今のは事故だ。む、むしろお礼を言いたい。危うく花瓶が落ちてきて、怪我をするところだったからね」



 慌てて飛び退いた俺を気遣って、黄鈴先輩が優しい言葉をかけてくれる。



「そ、その、本当に、すみません」


「……気にしていないよ。そんなに謝られては、こちらが申し訳なく思ってしまうじゃないか。そうだね、むしろラッキーだったと思ってくれれば良いよ」


「いや、たしかにラッキーではあるんですが、いくら事故でも先輩は怒るべきですよ」


「え?」


「翠理なら拳が飛んできますね、多分」



 俺がそう言うと、黄鈴先輩はくすくすと笑った。


 いつものイケメン笑顔ではなく、少女のような朗らかな笑みだ。


 そして何を思ってか、俺の頬を引っ張った。



「いでででっ」


「これで許してあげよう」


「……うっす、気を付けます」


「……私としては、気を付けてくれなくても構わないのだがね」



 頬を赤くしながら何かを呟く黄鈴先輩。



「え? なんですって?」


「……君の前では、私は王子ではなくお姫様になりたいと思ってしまうな、とね」


「?」


「ふふ。では、私は行こう。またすぐに会いに来るよ。っと、その前に散らかってしまった部屋を片付けようか」


「あ、はい。ありがとうございます」



 俺と黄鈴先輩は、地震で散らかってしまった部屋を片付け始めた。


 のだが……。



「!?」


「どうかしたのかい、空澄くん?」


「あ、い、いや、何でもないですよ!! そ、それよりお腹空いたなーって思いまして!!」


「言われてみれば、もうお昼時だね。よし、食事を持ってこよう」


「ありがとうございます!!」



 黄鈴先輩が部屋を出て行く。


 俺は慌てて、ベッドの下を覗き込んだ。



「……なんか、ベッドの下に扉があるんだけど!!」



 地震の拍子にベッドがズレて、扉の端が見えるようになっていたのだ。


 ここは調査する必要があるかも知れない。



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