監禁生活12日目 トラブル健康診断





「健康、診断?」


「はい」



 勉強会の翌日、水曜日。


 葵衣ちゃんが病院で見るような医療機器を持って俺の部屋にやって来た。


 どうやら俺の健康診断がしたいらしい。



「あ、だから今日はナースのコスプレしてるんだ」


「はい。少し、スカートの丈が短いのは恥ずかしいですが」



 葵衣ちゃんは今、ナースのコスプレをしている。


 しかも普通のナースではなく、エナメル製の黒ナース服だ。

 本人が言うようにスカートの丈がとても短く、結構チャレンジャーな格好である。


 前回のバニースーツより布面積は大きいが、葵衣ちゃんが頬を赤らめていることもあって過激さが増している気がする。


 俺はできるだけ葵衣ちゃんをじろじろ見ないようにしながら、会話を続けた。



「お兄さんがうちに来てから一週間が経ちました」


「来たって言うか、誘拐だけど」


「細かいことは気にしなくて良いんです。ただ、環境の変化に慣れず、体調を崩していないか確認する必要があります」


「まあ、そう言うことなら。でも、悪いところがあったとして分かるの?」


「こう見えても医師免許を持ってますから」


「中学生が医師免許……?」



 ちょっと何言ってるのか分からない。


 俺が困惑していると、葵衣ちゃんが鞄から取り出した聴診器を俺の胸や背中に当てる。


 他にも口にアイスの棒みたいな奴を突っ込まれたり、医者っぽいことを本格的にやられたりした。



「……問題は無さそうです」


「そう? なら良かった」



 監禁されている状態で健康ってのもどうかと思うけれど。



「……良いデータが取れましたね」


「ん? 何か言った?」


「いえ、何でも無いです。それより」



 葵衣ちゃんが医療機器を鞄にしまい始める。


 その拍子に、葵衣ちゃんの鞄から何かがコロンと落ちた。

 どうやらガラスの瓶だったようで、床に落ちた拍子にヒビが入ってしまったらしい。


 中から赤紫色の液体が流れ出ている。


 何かの薬品だろうか。



「葵衣ちゃん、何か落ちたよ?」


「え? あっ、お、お兄さん!! 鼻と口を塞いで!!」


「え? なん……あれ……? 急に視界が……」



 急に目眩がして、俺はふらふらとベッドに倒れ込んだ。



「お兄さん!! お兄さん!!」


「ん……ぐぅ……」



 眠たい。気持ち悪い。頭がくらくらする。


 俺は一気に体調が悪くなり、暗闇の底へ意識を沈めてしまった。


 しかし、すぐに意識が浮上する。



「ん……あれ? 何があったんだっけ……?」


「お兄さん……」


「葵衣ちゃん? えっと、どうしたの? そんなに俺の方を見つめて。ん? なんか葵衣ちゃん、急に大きくなった?」


「ええと、その、これは……」



 ああ、胸の話ではない。


 なんというか、葵衣ちゃんの身長が俺よりも高くなっている。


 なんだか俺の身体が小さくなったような……。



「……お兄さん、驚かないでください」



 そう言って葵衣ちゃんが取り出したのは、一つの手鏡だった。


 俺は何気なく手鏡を受け取り、中に映る自分を見る。



「……え? これ、俺? な、なんていうか、その、小さくなってない?」



 鏡の中に映る俺は、幼くなっていた。


 年齢は十歳にも満たないくらいだと思う。小学校低学年くらいだろうか。


 こ、これ、どうなってんの!?



「はい。お兄さんは私が開発中だった、若返りの薬が気化したものを吸って、子供になってしまいました」


「ちょ!?」



 子供になった……だと……ッ!!



「え? だ、大丈夫だよね!? これちゃんと元に戻るよね!?」


「一応、多分、おそらくは」


「すっごい不安になる!!」


「何分、開発中だった未完成な代物なので……。戻ることは確かです。ですが、いつ戻るかまでは分かりません。明日か、明後日か。来週か、来月には」


「げ、解毒剤とか無いの!?」


「無いです」



 そ、そんな、マジか……。



「まあ、作れば良いだけの話ですが」


「え? 解毒剤あるの!?」


「無いので作るんです。そうですね、一週間もあれば完成するかと」


「お、お願いします!!」



 良かった。

 また子供からやり直すとか、一昔前の漫画やアニメみたいな展開にならなくて良かった。


 ……いや、子供になった時点で結構なファンタジーかも知れないが。



「……ところでお兄さん」


「ん? どうしたの?」


「ギュッてしても、良いですか?」



 相変わらずのジト目だが、心なしか目を輝かせながら葵衣ちゃんが言う。



「葵衣ちゃん、反省してないでしょ。ていうか、なんで未完成の薬なんか持ち歩いてたの?」


「未完成品は盗難を避けるために常に持ち歩いているんです。あと、反省はしています。それはそれとしてギュッとさせてください」



 目をキラキラさせながら、全く反省した様子を見せずに反省していると言う葵衣ちゃん。



「もう我慢できそうにないです、お兄さん」


「おわ!? ちょ、葵衣ちゃん!?」


「……葵衣お姉ちゃん、と」


「え?」


「今は、葵衣お姉ちゃんと呼んでください」



 こ、この子、今の状況を楽しんでやがる!!


 しかし、葵衣ちゃんは俺が言うまで抱きしめるのをやめるつもりは無いらしい。


 ぐぬぬぬ。恥ずかしいが、言うしかないか。



「あ、葵衣、お姉ちゃん?」


「なんですか、お兄さん。ナデナデして欲しいんですか?」


「わっ、ちょ!!」


「私、ずっと弟が欲しかったんです。今日からお兄さんは私の弟ということで」



 俺の頭を撫で回しながら、何かとんでもないことを言い始める葵衣ちゃん。


 やっぱり反省してないなッ!!



「……今日は健康診断だけのつもりでしたけど、予定変更です」


「え?」


「お兄さん、今からお姉ちゃんが添い寝してあげます」


「ふぁ!?」



 俺を抱きしめたままベッドに潜る葵衣ちゃん。


 きょ、距離がもの凄く近い!!



「ま、まだ昼間なんだけど……」


「子供にはお昼寝が必要です。寝る子は育つ、と言いますし。というわけで、お姉ちゃんとねんねしましょう、お兄さん」


「いや、子供じゃないんだけど!?」



 葵衣ちゃんが抵抗する俺のお腹をポンポンと優しく叩いて寝かしつけてくる。


 お、おお……。なんだ、急に眠気が……。



「子守唄も歌ってあげますね」


「あ、ちょ、耳元で話すのは……」


「――――♪」



 お腹をポンポンされながら、囁くように子守唄を歌われる。

 葵衣ちゃんからは女の子特有の甘い匂いがして、それがまた俺の眠気を誘った。


 あ、あかん、もう眠い……。

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