監禁生活13日目 ママだーいすき!!



 俺は子供になってしまった。


 何を言っているのか分からないと思うが、俺も何を言っているのか分からん。


 ただ葵衣ちゃんが作った薬品を誤って嗅いでしまい、こうなったのだ。


 今急いで葵衣ちゃんに解毒剤を作ってもらっているが、その完成は早くても一週間はかかるとのこと。


 まあ、なってしまったものは仕方がない。



「……ふぅ、穴を掘るのも時間がかかるなぁ」



 身体が小さくなった上、体力もかなり落ちている気がする。


 いや、落ちているというよりは、子供相応になったということか。


 しかし、何もデメリットだけでは無い。



「……大分掘ったな。集中力は高いんだなぁ」



 そう、体力が子供並みになったにも関わらず、作業効率は何倍にもなっているのだ。


 体力が落ちても、集中力は上がっているのだ。


 あと二、三日もあれば神龍司家の敷地外に出られるのではないだろうか。



「……怖いのは、生き埋めになったりすることだよな……」



 それがここ数日の悩み。


 土の中を掘り進めるのは、意外と怖いのだ。


 暗くて前が見づらいし、そのうち空気だって足りなくなりそうだし。



「……穴掘りは、無謀だったかな?」



 ちょっと弱気になる。



「ん? 待てよ? 別に敷地外に出る必要は無いのか?」



 敷地外とまでは行かずとも、せめて庭に出られたらそれで良いのでは?


 そうすれば、あとは門を跨いで逃げるだけだし。



「よし。これからは庭の目立たない場所を狙って上に掘ってみるか」



 神龍司家の屋敷には広い庭がある。


 中には花壇の他にも木々が何本か生えているため、その陰になる場所へ出口を作れれたら万々歳だろう。


 方針を決めたところで、そろそろ時間だ。


 俺は地下から部屋に戻り、身体の汚れを落とすべくシャワーを浴びる。



「ふぅー、さっぱりしたー!!」


「こんな昼間っからシャワー浴びてたの?」


「うわ!? 翠理!?」



 シャワールームから出ると、翠理が腕を組んで立っていた。


 そ、そっか、今日は翠理が俺の当番か。



「……ホントに子供になっちゃったのね。葵衣から聞いた時は驚いたわ」


「あ、う、うん。……えっと、俺の顔に何かついてる?」


「いえ、別に。その、かわいいと思って……」


「そ、そうかな?」



 正直、女の子から可愛いって言われるのは少し複雑なんだよなぁ。



「今日はちょっと付き合いなさい」


「え? どこに?」


「良いから。あっ、逃げようとか考えないでね?」



 そう言うと、翠理は俺を連れて部屋を出た。


 しかし、今の俺は子供。

 歩幅が違うため、どうしても翠理の歩く速さに追いつけない。



「み、翠理、もう少しゆっくり歩いてくれよ!!」


「あっ、ご、ごめん。子供なの忘れてたわ。……少し、失礼するわよ」


「ちょお!?」

 


 何を思ってか、翠理は俺を抱っこした。



「ちょ、お、降ろして!! 流石にこれは恥ずかしい!!」


「あんたがちんたら歩いてるからでしょ。こら、暴れない!! 落としたら危ないでしょ!!」



 これは、なんていう羞恥プレイだ。


 幼馴染みの女の子に抱っこされながら移動するなんて、恥ずかし過ぎる。


 幸いなのは、この場に他の誰かがいないことか。


 なんて考えて油断してたら。



「あら? 翠理ちゃん、帰ってたのね」


「げっ、茜音姉さん!? なんで!? 空澄が元に戻るまで拘束されてるはずじゃ!?」



 え? 拘束? 茜音さんが?



「うふふ、抜け出しちゃった♡ 空澄ちゃんが可愛くなってるのに、私だけナニするか分からないから拘束なんてズルいもの!! ママだって小さい空澄ちゃんとイチャイチャしたいわ!」


「み、翠理!! 逃げて!! あれは肉食獣の目だ!! 俺のこと狙ってる!!」


「い、言われなくても逃げるわよ!!」



 翠理は俺を抱っこしたまま、全力で駆け出した。


 流石はアスリート界のアイドル。凄まじいスピードだが……。



「あらあら、鬼ごっこなんていつ以来かしら?」


「「フィジカルモンスターめ!!」」


「む。ママのことをモンスター呼ばわりするなんて、悪い子ね。これはたくさんお仕置きしてあげなきゃ♡」



 身長190cmの恵体の持ち主が、足が速くないわけがない。


 普段の翠理なら難なく逃げられるだろうが、俺というお荷物を抱えているため、今回はそういうわけにも行かないのだ。


 茜音さんが優しく朗らかに微笑みながら、全力疾走で迫ってくる。


 結構、迫力があって怖い……ッ!!



「こ、こうなったら!!」


「翠理、何か秘策があるのか!?」


「……ええ、あるにはあるわ。空澄、茜音姉さんに向かって私が言った通りに言ってみなさい」



 俺は翠理に耳打ちされ、こそばゆくてビクッとすると同時に、羞恥心に襲われる。



「そ、それを俺に言えってか? いくら身体が子供でも、心は高校生なんだぞ!?」


「やらなきゃあんたが喰われるのよ。エッチな意味で」


「ぐ、ぐぬぬぬ……。や、やるよ!! やればいいんでしょ!!」



 俺は半ばやけっぱちになりながら、追いかけてくる茜音さんに向かって叫ぶ。



「茜音ママ!!」


「!?」


「だ、だーいすき!!」


「ッ――――!?!?」



 次の瞬間、茜音さんが足を止めた。


 そして、鼻から大量の血を吹き出してその場で倒れ込んでしまう。



「ママって、空澄ちゃんが私のこと、ママって。うふ、うふふふふふ」


「……想像以上に効いたわね」


「俺、あんな恥ずかしい台詞二度と言わないからな」



 こうして、茜音さんと遭遇したことで時間を喰ってしまったが、俺と翠理は目的の場所に辿り着くことが出来た。


 そこは、神龍司家の敷地内にある温水のプールだった。



「この屋敷、どうなってんだ。なんで敷地内に学校の授業で使うようなプールがあるんだよ」


「……私は要らないって言ったんだけどね。茜音姉さんが作ってくれたのよ」


「やっべーな、神龍司家の財力」



 というか、やばいのは茜音さんの財力か。


 妹のために自宅にプール作るとか、お金の使い方が常人とはまるで違うな。


 まあ、あんなのでも百以上の大企業を束ねる大グループのトップだし、おかしくはないか。


 ……あんなのでも。



「それで、なんで俺をここに? もしかして一緒に泳ぐつもりか?」


「ち、違うわよ。あんたの水着があるならともかく」



 俺の水着があったら一緒に入るつもりだったのか……。



「ちょっとタイムを測って欲しいのよ。一人じゃ何秒で泳げたか分からないでしょう?」


「ああ、なるほど。りょーかい」



 俺はストップウォッチを受け取り、翠理のタイムを測定する。


 形式は100mの自由形だ。


 合図と同時に、競泳水着に着替えた翠理がプールへ飛び込み、俺はストップウォッチを押す。



「うわ、はっや」



 すいすい泳ぐ、とはこのことだろうか。


 プールに飛び込む際も殆ど音が無く、泳ぐ姿はまるで人魚のようだった。


 やがて翠理が100mを泳ぎ切り、水面から顔を上げる。



「ぷはっ、空澄!! 何秒だった!?」


「えーと、46秒44」


「っし!!」


「これって、速いんだよな?」



 恐ろしく速いことだけは分かるが、俺は水泳には詳しくない。


 しかし、翠理が嬉しそうに笑顔を浮かべていることは分かった。



「ええ!! 今のところ最高記録よ!! もう一本お願いしても良い!?」


「あいよー」


「あらあら、ここにいたのね?」



 二人だけの空間に響く、三人目の声。


 鼻から血を流した跡がある茜音さんだった。



「茜音さん!? うおわっ!?」



 突如として現れた茜音さんに驚いた俺は、思わず足を滑らせてしまった。


 頭から逆さになって、プールにダイブする。


 あらかじめ言っておくと、俺は金槌ではないが、今は子供の身体。


 思うように身体を動かせず、俺は溺れかけた。



「あっ、ちょ、何してんの、空澄!!」


「げほっ、ごほっ、うぅ、た、助かった……」



 翠理が咄嗟に俺を水から引き上げてくれたから大事にはならなかったが……。


 ふにっ。


 と、あまり大きくはないが、柔らかいものに俺は頭を埋めてしまう。


 俺はそれが何か、直感的に理解した。


 こ、これは……ッ!!



「……ちょっと」


「あ、す、すみません」


「……べ、別に、怒ってるわけじゃ……。それより、濡れたままじゃ風邪引くわ。早く着替えなさいよ」


「う、うん」



 俺はプールから上がり、更衣室で服を着替えた。



「あらあら、何だか私だけ除け者にされているような気が――」



 茜音さんが何か言ってたけど、気にしないようにする。


 だってあの人、着替えてる時の俺を舌舐めずりしながら見てくるんだもん。


 翠理がいなかったら、絶対に喰われてたと思う。


 俺は着替えた後、また翠理に抱っこされながら自分の部屋へ戻るのであった。

 


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