監禁生活14日目 ふーふーあーん



「へっくしゅ!!」



 俺は風邪を引いた。


 昨日、プールに頭からダイブしてしまったせいだろう。

 すぐに着替えたが、こうもあっさり風邪を引くとは自分でも思わなかった。


 子供の身体になったせいで、免疫的なものが弱まっているのだろうか。


 穴を掘ったり、Xが誰か特定したり、やらなければならないことは沢山あるが、頭がボーッとして考えがまとまらない。


 うっかり地下室のことや謎のXのことを言ったりしないよう、気を付けないとな。



「ど、どうなの、葵衣ちゃん!! 空澄ちゃんは大丈夫なの!?」


「……ただの風邪ですね。特製の栄養剤と薬を投与しておくので、今晩には熱が引くと思います。それより」


「……あ、あら?」



 なんて考えてる横で、俺の診察をしていた葵衣ちゃんが、茜音さんに詰め寄った。


 相変わらずのジト目だが、何故か迫力がある。



「何故、茜音お姉さんは拘束から抜け出してるんですか?」


「あ、えっと、これは、あれなの!!」


「どれですか? 言いましたよね、子供のお兄さんに茜音お姉さんは悪影響だと。案の定、お兄さんはプールに落ちて風邪を引いてしまいました」


「あ、あれは、事故なの!! わざとやったわけじゃなくて!!」


「事故で済むならおまわりさんは不要です。で、どう責任を取りますか?」


「か、看病するわ!! ママが!!」


「……いえ、看病は私もしたいので、家族会議で決めましょう。」



 あ、看病は自分もしたいんだ……。



「……それから」


「ま、まだ何かあるの?」


「茜音お姉さんの鼻血でできた血溜まり、掃除しておいてください」


「あ、ハイ」



 ……恐ろしや、葵衣ちゃん。


 あの茜音さんをジト目と迫力で完封したぞ。


 二人は家族会議をするためか、一旦俺の部屋から退室し、辺りが静寂に包まれる。



「……静かだな……」



 先程まで騒がしかったからか、少し寂しくも感じてしまう。


 きっと、熱のせいだろう。


 少しでも早く風邪を治すため、俺は眠りに就こうと瞼を閉じた。


 その時。


 ガチャッ。

 不意に扉の開く音が響いた。どうやら誰かが俺の部屋に入ってきたようだ。



「空澄くん、調子はどう――おや、眠っているのかい?」


「……あ、黄鈴先輩……」


「む、起こしてしまったかな?」


「いえ、大丈夫ですよ」



 一週間ぶりの黄鈴先輩だった。


 いつもの凛々しい振る舞いは同じだが、その瞳は不安一色に染まっている。


 もしかして俺を心配してくれているのだろうか。



「今日は付きっきりで私が看病してあげるからね」



 そう言いながら、俺の頭を撫でてくる黄鈴先輩。


 まるで扱いが幼子である。いや、まあ、実際に今の俺は子供なんだが……。



「そんな、風邪、感染うつっちゃいますよ?」


「昔から風邪は他人に感染すと治ると言うだろう? 君の代わりになれるなら、私は嬉しいよ」


「駄目です」


「む、な、何故かな?」



 俺のハッキリとした物言いに、黄鈴先輩がたじろぐ。



「黄鈴先輩が風邪で苦しむくらいなら、誰にも感染うつさず自力で治します」


「……ふふっ。そうだったね、君はそういう人だった。見た目は子供になっても、中身は変わらないんだね」


「俺は俺ですから」


「そうか。っと、忘れるところだった」



 黄鈴先輩がくすくすと可愛らしく笑いながら、俺の前にトレイを差し出した。


 そこには、温かそうなお粥が乗っている。



「茜音姉さんが君に渡してくれ、と。一応、全員で見張っていたから怪しいものは入っていないよ」


「それはありがたいです。いただきます。……はふっ、んっ、むぐ」


「……どうだい?」


「おいしいです。でもちょっと熱い……」


「……ふむ。なら、少しスプーンを貸してくれるかい?」


「?」



 黄鈴先輩に言われるがまま、俺は彼女にスプーンを渡した。


 すると、黄鈴は少量のお粥をスプーンで掬い、髪を耳にかけて、冷ますようにお粥へ息を吹きかける。



「ふー、ふー。ほら、あーんして?」


「な、なんか恥ずかしいんですけど……」


「何も恥ずかしがることはないよ。君は病人で、私は看病する人。それだけだからね」


「……ありがとうございます」



 俺は若干躊躇いながら、黄鈴先輩が「あーん」してくれたお粥を食べる。


 先程よりも程よい温かさで食べやすい。



「茜音さんに、美味しかったって伝えてくれますか?」


「ああ、もちろん。茜音姉さんも君に申し訳なさそうだったから、きっと喜ぶよ」


「……今回は前と違って事故ですし、あんまり気にしないでと言っておいてください」


「うん、必ず伝えよう。ほら、あーん」


「あーん」



 黄鈴先輩にお粥を食べさせてもらいながら、俺はふとお風呂場で喰われそうになった翌日の出来事を思い出す。


 そう言えば、紫希ちゃん伝いに謝罪の手紙を貰ったなぁ。



「あっ」


「ん? どうしたんだい?」


「い、いえ、何でも無いです」



 茜音さんから受け取った手紙を思い出し、俺は内心で歓喜した。


 というのも、茜音さんがXの容疑者から外せそうだからだ。


 筆跡が明らかに違うし、これでXの可能性がある人物を三人にまで絞ることが出来た。


 残りは翠理、黄鈴先輩、橙華さんの三人である。


 しかし、翠理とは一番長い付き合いだ。

 あの紙切れにあった文字とは違うことくらい分かる。


 つまり、Xは黄鈴先輩と橙華さんの二人のうちのどちらか、か。


 なんて考えているうちに、俺はお粥を完食してしまった。



「ごちそうさまでした。……ちょっと眠いんで、寝ます」


「ああ、ゆっくり眠るといい」



 俺を安心させるように、黄鈴先輩が優しく微笑みながら頷く。


 女性ファンが多いのも納得だなぁ。


 元から美人なのに、微笑んだら美人レベルが更に上がるんだから。


 そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちる。



「……おやすみ……なさい……」



 俺は朦朧とする意識の中、ゆっくりと目を閉じた。


 そして、黄鈴先輩の声が聞こえてくる。



「ああ、おやすみ。私の愛しい人」



 ちゅ。


 と、柔らかい何かが頬に当たったのは、きっと俺の気の所為だろうか。



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