監禁生活11日目 罰という名のご褒美
昨日、俺は何者かから挑戦状を受け取った。
その内容は『私が誰か当ててみろ』というシンプルなようで難しいもの。
しかし、このチャンスを逃がすわけには行くまい。
この挑戦状の送り主を見つけ出せば、自由が得られるのだから。
「……いや、鵜呑みにするのは良くないか」
俺の知る限り、神龍司姉妹の中に他者へ希望を与えて弄ぶような人間はいない。
この挑戦状を書いた者は、俺が当てられたら本当に屋敷から逃がすつもりだろうが……。
確実とは言い難い。
それに、誰が送り主か分かるまで相当な時間を要するはずだ。
いつ分かるか分からない相手を見つけるよりも、確実に脱出できる穴掘りを優先した方が良いかも知れない。
「よし、ここは穴掘りを優先だな。空いた時間で挑戦状の送り主……仮にXとして、誰がXか考えるのが良いか」
方針は決まった。
今日も穴掘りをするため、早速地下に降りようとしたのだが……。
「空澄にぃー!! あーそーぼー!!」
「うお!? あ、藍奈ちゃん!?」
何やら胸が一回り膨らんでいる藍奈ちゃんが部屋にやって来た。
あ、巨乳化の薬を飲んだのか。
やたらと胸を強調するような仕草してるし、アピールしているんだろうけど……。
真実を知る俺からすれば虚しさしか無い。
「ん? あ、あれ? なんか空澄にぃの目が優しいような……。ど、どうしたの?」
思っていた反応と違う、みたいな顔をする藍奈ちゃんに対し、俺は努めて優しい声音で話す。
「……なんでもないよ。それより、今日は藍奈ちゃんが当番だったよね。今日もゲーム勝負かな?」
「なんか空澄にぃの反応が釈然としないけど、そうだよ♪ 今日もあたしとゲームで遊ぼ♪」
勝てる可能性は低いが、実を言うと藍奈ちゃんがゲーム機を丸ごと借りて隙を見ては練習しているのだ。
次こそは絶対に勝てる!! いや、必ず勝ってみせる!!
と、思ったのだが。
「藍奈。今日は勉強の日です。遊ぶのは後にしてください」
「ゲッ、葵衣ねぇ!? ちょ、でも、今日はあたしが空澄にぃ当番だし……」
「……なら、お兄さんの部屋で勉強を教えます」
「「え!?」」
俺と藍奈ちゃんが同時に反応する。
……いや、待てよ?
あの紙切れは手書きで文字が書かれていた。筆跡を見れば、Xを特定できるんじゃないか?
「あー、別に俺は良いよ」
「ちょ、空澄にぃ!?」
そうして始まったのが、勉強会だった。
「……最近の小学生って、因数分解なんてやるのか」
「違うよぉ。葵衣ねぇが教えてくるの」
「今から中学校で習う範囲を予習しておけば、色々と有利ですので」
なるほど。
葵衣ちゃんの教育方針ってことか。
しかし、どうやら藍奈ちゃんには不満がある様子。
「あたしは将来、というか今もプロゲーマーなんだし、テストで点が悪くても大丈夫だと思うんだけどなー」
「それは違うよ、藍奈ちゃん」
「え?」
俺は愚痴る藍奈ちゃんに対し、至って真面目に言う。
「将来、プロゲーマー以外にやりたいことが出来た時に良い学歴は役に立つんだ。そして、良い学歴を得るには良い学校に入らなきゃいけない。だから嫌でも勉強はしておいた方が良い」
「流石はお兄さん。私の考えてることを理解してもらえているようです」
「ぐっ、空澄にぃのくせに正論を……」
くせに、とはなんだ。くせにとは。
「では、お兄さんも勉強しましょう」
「……え?」
「ぷぷっ。ほら、空澄にぃもお勉強タイムだよ♪ 将来役に立つんだから、空澄にぃもお勉強しないと♪」
「い、いや、俺はその、高校生だし?」
「安心してください。私は小学生から大学で習う範囲まで全て教えられます」
「う、うーん」
ぐっ、まさか俺まで勉強会に参加とは……。
俺は渋々ながらも、葵衣ちゃんから教わることにした。
仮に外へ出られたとしても、学校に行っていなかった俺は間違いなく周囲から置いてけぼりにされてしまう。
年下から教わるのは恥ずかしいが、ここは恥を忍んで教わるべきだろう。
そう思って、俺もシャーペンを手に持った。
「くっ、分かりやすい!!」
葵衣ちゃんは教えるのがとても上手だった。
俺は勉強が苦手な部類だが、ここまで分かりやすいと楽しくなってくる。
「学校の先生より教えるのが上手いって、どういうことだ?」
「葵衣ねぇは怪しい薬を作るより、先生とかになった方が良いと思うんだよねー」
「お二人とも雑談はしないでください」
勉強の合間にそんな雑談を交えつつ、俺は隙を見て二人の文字をまじまじと観察する。
……違うな。
紙切れに書いてあった文字は、もう少し丸みのある女の子らしい字だった。
葵衣ちゃんと藍奈ちゃんの文字とは違う。
葵衣ちゃんはなんというか、カチッとした字体をしている。
藍奈ちゃんは……子供らしい字だった。
あ、別に字が汚いっていうわけじゃない。
読むことはできるのだが、アンバランスさが目立つというか、とにかくそんな感じ。
ふむふむ。
これなら二人は容疑者から外しても良さそうだな。
俺と一緒にお風呂に入っていた紫希ちゃんも同様に容疑者から外して良いだろう。
となると、謎のXは茜音さん、橙華さん、黄鈴先輩、翠理のうちの誰かか。
四人に絞れたのは大きいな。
次にその四人が俺の当番として部屋に来たら、適当な理由を付けて字を書いてもらうか。
「ふぅー」
「あひゅっ」
突然、俺の耳に息が吹きかけられる。
思わず変な声が出てしまい、咄嗟に背後へ振り向くと葵衣ちゃんがジト目で俺を見つめていた。
な、なんだ?
「お兄さん、考え事ですか?」
「え? あ、う、うん。ちょっとね……」
「そうですか。ですが、今は勉強に集中してください」
「あ、う、うん。ごめんごめん」
「……もしまた集中を欠いたら――」
再び葵衣ちゃんが俺の耳へ艶のある唇を近づけて、囁いてくる。
「ふぅー」
「んほおっ、ちょ、何を!?」
「……罰としてこうやって、お耳いじめますから」
いや、それは罰じゃなくてご褒美では?
「あー!! 葵衣ねぇ!! 今日の当番はあたしなのに空澄にぃとイチャイチャしないで!! 空澄にぃも何デレデレしてんの!!」
「別にイチャイチャなんてしてません。ね、お兄さん?」
「あふっ、み、耳元で囁くのは、や、やめてくれると……」
「何故ですか? 理由を言ってもらわないと分かりません。ほら、早く言ってください」
「あっ、ちょ」
葵衣ちゃんの声で脳が痺れる。
やっぱりこれは、罰じゃなくてご褒美だな。
「もー!! あたしも空澄にぃ、あたしにもデレデレしてよー!!」
こうして、今日は勉強会で一日が過ぎるのであった。
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