監禁生活6日目 キュンとする




 木曜日。


 俺が扉の前で人が来るのを待ち構えていると、遂にその時はやって来た。


 ドアノブが回り、誰かが部屋に入ってくる。



「今だ!!」



 俺は強行突破作戦を決行し、その誰かの横を通り抜けようとした。


 ところがどっこい。



「……え?」



 俺は宙を舞っていたのだ。


 部屋に入ってきた少女に投げ飛ばされたのである。


 仮にも男である俺を投げ飛ばす。

 そんな芸当ができる人物を、俺は神龍司家で一人しか知らない。


 俺は床に頭から落下しながら、その少女の名前を呟いた。



「……翠理、だと……」


「あ、ご、ごめっ、急に向かってくるから!! 攻撃かと思って!!」



 どうやら攻撃されたと思って、咄嗟に投げ技を使ってしまったようだ。


 彼女の名前は神龍司しんりゅうじ翠理みどり


 俺と同級生の幼馴染みであり、様々なスポーツの世界大会を総ナメしている超ウルトラアスリートである。


 目鼻立ちがくっきりした、少し吊り目の絶世の美少女だ。

 胸は控えめだが、全体的に引き締まったスタイルの持ち主である。


 容姿が非常に整っていることもあってか、一部ではアスリート界のアイドルとも呼ばれていたりする。


 ちなみに翠理はスポーツの中でも剣道や柔道などが得意な分野だ。

 さっき俺を投げ飛ばしたのも背負投げ、だったと思う。



「……なん、で、翠理、が……」


「今日は私が当番なのよ。ていうか、本当に大丈夫よね? い、言っておくけど、私は悪くないからね!! 急に向かってきたそっちが悪いんだから!!」


「ソ、ソウデスネー。がくっ」


「え? ちょ、ちょっと、空澄!! や、やば、ど、どどどどうしよう!?」



 俺はその場で気絶してしまった。








「ん……ぐぅ……」


「あ、やっと起きた。……大丈夫? 痛いところとか無い? 無いわよね?」



 目が覚めると、俺の顔を覗き込む翠理がいた。



「これは……膝枕、か?」


「何よ? 私の膝枕に文句でもあるわけ?」



 ふむ。

 少し位置が高い気はするが……。



「どれ、もう一眠り」


「ちょ!! 起きたんならどきなさいよ!!」


「うわー、頭痛いわー。誰かさんに投げ飛ばされたせいで頭クッソ痛いわー。これ死ぬやつだわー」


「っ、ぐぬぬぬ」



 俺を投げ飛ばしたことを気にしているのか、翠理は渋々膝枕を続けた。


 まあ、元々の原因は逃げようとした俺なんだが、翠理は気付いていないようなので黙っておく。



「……本当に悪かったわよ」


「言うほど痛くないから大丈夫だよ」


「それでも、ごめんなさい」



 不意に翠理が俺の頭を優しく撫でてきた。



「ふふ。こんなに近くであんたのこと見たの、初めてかも」


「……なあ、翠理」


「何?」


「翠理も俺のことが好きなのか?」


「なっ!?」



 俺は何故か、神龍司家の姉妹に好かれている。


 好かれる理由は全く分からないが、全員が本気で俺を狙っていることだけは分かる。


 果たしてそれは、翠理もなのだろうか。


 そう思って訊ねたのだが……。



「……はぁ。あんたって昔からそういうところあるわよね」


「何が?」


「……何でもない。あんたのことが好きかどうか、よね。――好きよ。大好き」



 俺の目を見つめながら、真剣な声音で言う翠理。



「ずっと隣にいて欲しいし、誰にも渡したくない。もちろん、他の姉妹たちにも渡したくない。どんな手を使ってでもあんたを、空澄を私のものにしたい」


「お、重くないですかね? 翠理さん」


「……そうかもね。でもそれくらい、私はあんたのことが好き。大好き。愛してる。……あんたは? 私のこと、好き?」


「そ、それは……」



 まさか聞き返されるとは思わなかった俺は、言葉を詰まらせる。


 ……嫌い、ではない。


 むしろ俺は翠理のことが好きだ。

 しかし、それが恋愛的な意味かと訊かれると少し分からない。


 翠理とは幼稚園の頃からの付き合いで、彼女の良いところも悪いところも知っている。


 どちらかと言うと、妹のような感じがするのだ。



「俺は――」


「言わなくて良いわよ」


「え? んむっ」



 俺が翠理の問いに答えようとすると、翠理は俺の唇を人差し指で押さえた。



「もし嫌い、なんて言われたらショックで死にたくなるもの。今は大会だって近いし、メンタルは維持しておきたいのよ」


「そ、そっか」


「そうなの。でも、これだけは言わせて」



 翠理が俺の頬に両手を添えながら、口を開いた。



「私は姉さんたちにも、妹たちにも負けない。絶対にあんたを惚れさせてみせる。だから待ってなさいよ」


「お、おう」



 それだけ言い残して、翠理は部屋を出て行った。


 最後の一言で、思わずキュンとしてしまった俺はおかしいのだろうか?

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