監禁生活3日目 スプーン脱走術




「ハッ!! お、俺は、何を……」



 俺はベッドで目を覚まし、思わず飛び起きた。


 昨日の夜、何があったのか。


 記憶が酷く曖昧だ。

 物凄く良いことがあったような、でも怖い思いもしたような……。



「えーと。俺はたしか、そうだ」



 茜音さんとお風呂に入ったんだ。


 それから危うく貞操を奪われそうになったところまでは覚えている。


 そして……。



「あ、起きた。やっほー」


「……橙華とうかさん? あの、なんで同じベッドで寝てるんですか?」



 小麦色の肌をした金髪のギャルお姉さんが、何故か俺と同じベッドで横になっていた。


 茜音さんよりも身長は低いが、それでも女性にしては高い170cm程度。

 お胸はメロン並みに実っており、太ももがムチムチしている。


 彼女の名前は神龍司しんりゅうじ橙華とうか。神龍司家の次女だ。


 今話題の大人気モデルであり、茜音さんと同レベルの超絶美人だ。


 そして、昨夜俺が茜音さんに喰われそうになったタイミングで助けに入ってきたのが、この橙華さんである。

 見た目こそ派手で威圧感があるものの、小さい頃から何かと面倒を見てくれる人だ。



「あの、藍奈ちゃんと言い、姉妹揃って同じベッドに潜り込むのやめません?」


「えー? 藍奈のやつ、先にヤっちゃったの? ネタ被りしたかー。ってか藍奈みたいなちびっ子に興奮するとか、あすみんロリコンかよー。うりうり」


「ちょ、あの、頬を突っつくの止めてください。あと藍奈ちゃんに手は出してないのでロリコンじゃないです!!」


「あっはは、冗談だってー。本気にし過ぎ」



 そう言うと橙華さんはベッドから起き上がり、背筋をうんと伸ばした。



「はぁーあ、仕事行きたくないなぁー」


「大変なんですか、モデルの仕事って」


「大変だよー? ずーっと似たようなポーズしなきゃだし。何より、好きな男の子と一緒にいる時間無くなるし。あーしも茜音姉ちゃんみたいな経営者としての才能が欲しかったなー」



 たしかに茜音さんは百を超える大企業を取りまとめる傑物らしいが、いくつもの雑誌の表紙を飾っている橙華さんも大概だと思う。


 それにしても……。



「橙華さん、好きな人がいるなら俺と同じベッドで寝るのは不味いのでは?」


「……はぁ」


「え、なんですか? その溜め息」



 何故か橙華さんが大きな溜め息を零す。



「あのね、もうこの際だから言っちゃうけどさ。あーしが好きなのは、キ・ミ」


「え?」


「くぁー!! ホントにやってらんない!! 会う度に胸とかチラ見せしてアピールしてたのが馬鹿みたいじゃん!! マジで気付かなかったワケ!? あんなにあーしの胸見てたくせに!?」


「そ、その、すみません」



 橙華さんが、俺のことを好きなんて……。


 まったくピンと来ない。

 っていうか、俺って何か好かれるようなことしたっけ?



「あの、なんで俺のことを?」


「デリカシー皆無か!! そういうのは聞かずにおくものだってば!!」


「あだ!! ちょ、枕で叩かないでください!!」



 橙華さんを怒らせてしまい、ぼふぼふと勢い強めに枕で叩かれる。


 ふと、橙華さんがピタリと手を止めた。



「……もし。もしだよ?」


「?」


「もし、あすみんがあーしのこと一番大切にしてくれるんなら、教えてあげても良いよ」


「えっと、一番? それって――」



 その時、不意に部屋の扉が勢い良く開かれた。


 扉が開いたその先にいたのは、藍奈ちゃんよりも更に幼い女の子。

 一流の職人が手掛けた人形のように愛らしい、天使の如く美しい少女だった。



「あー!! 橙華お姉ちゃんが抜け駆けしてるー!! 今日は紫希の番なんだよ!!」


「げっ、やば。じゃ、じゃあ、あーしはお仕事行ってきまーす!!」


「あ、こらー!! ……もう!! 油断も隙もないんだから!!」



 ふんすと鼻を鳴らすこの子の名前は、神龍司しんりゅうじ紫希むらさきちゃん。

 神龍司家の末っ子、つまり七女だ。


 まだ幼稚園児ではあるが、数々のドラマに引っ張りだこな子役女優である。



「おはよ、空澄お兄ちゃん!!」


「あ、うん。おはよう」


「えへへ。月曜日は私がお世話するからね!!」


「……月曜日……」



 そうか。

 借金取りが家に来たのが金曜日だったから、今日は月曜日なのか。


 ……。



「が、学校どうしよう……。そ、そうだ!!」



 ここで一つ、俺は妙案を思いついた。


 あまり褒められたやり方ではないかも知れないが、背に腹は代えられない。


 俺は未だに頬を膨らませている紫希ちゃんに笑顔で話しかけた。



「あのね、紫希ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」


「なぁに? なんでも紫希に言って!!」


「俺、ちょっと学校に行きたいから外に出して欲しいなーって」


「……」



 名付けて、『幼女にお願いして逃してもらおう大作戦』である。


 相手はまだ難しいことが分からない幼女。

 少しお願いしたら、きっと俺の頼みを聞いてくれるはず。



「……なんで?」



 可愛らしくこてんと首を傾げながら、紫希ちゃんが言う。

 その瞳は深淵のように昏く、何か闇深いものを俺に感じさせた。


 思わず背筋がゾッとする。



「え、なんでって……」


「なんで? お兄ちゃんはずっとここにいるんだよ? 紫希たちとずーっとずっと、ここで一緒に暮らすんだよ? 外になんか出さないよ?」


「ヒェ!?」



 この幼女、一番目がキマってる!!



「あ、いや、なんでもないです。言ってみただけなんで……」


「……えへへ、そっかぁ。空澄お兄ちゃんは冗談が面白いんだね!! あ、朝ご飯食べる?」


「あ、も、もらいます」



 紫希ちゃんが一旦退室し、トレイに朝食を乗せて戻ってきた。



「はい、召し上がれ!!」


「い、いただきます」


「あ、それとこれ。茜音お姉ちゃんからお手紙」


「え? 茜音さんから?」



 受け取った手紙の内容は、以下の通り。



『ごめんなさい。空澄ちゃんが可愛くて、ついつい無理矢理しそうになっちゃったの。ママのこと嫌いにならないでね?』



 自分のことを『ママ』と言ってる時点で反省してないな、茜音さん。


 どうやら紫希ちゃんが運んできた朝食は茜音さんが作ったものらしいが……。

 昨日のお風呂の件と言い、睡眠スプレーの件と言い、朝食にも何か入ってそうな気がする。



「……いや、流石に紫希ちゃんがいるし、それはないか。いただきます」



 俺は朝食を食べる。


 普通に、めちゃくちゃ美味しい。



「空澄お兄ちゃん」


「ん?」


「あーん」


「あ、うん。あーん」


「えへへ、美味しい?」


「うん。美味しいよ」



 先程の闇を感じさせる瞳はどこへやら。

 楽しそうに「あーん」してくる紫希ちゃんが、ものすっごく可愛い。


 こんな天使みたいな笑顔を見れるなら、このままここで暮らすってのも悪くないんじゃ――



「ってアカーン!! それは、それは人間としてダメな気がする!!」


「お兄ちゃん? 急に叫んでどうしたの?」


「はっ、い、いや、なんでもないよ。あはは……」



 俺は笑って誤魔化した。


 ここにいたら、俺は間違いなく駄目人間にされてしまうだろう。


 幸せの暴力に屈し、怠惰な生涯を送ってしまうに違いない。それは人間として、とても駄目なことだ!!


 俺は改めて脱走を決意する。



「えへへ。じゃあお兄ちゃん。今日は紫希、ドラマの撮影があるから、また夜ね!!」


「……うん」



 ニコニコ笑顔で部屋を出て行く紫希ちゃん。


 その後ろ姿を見送った俺は、こっそりパクっておいたスプーンを取り出す。



「このスプーンで壁を掘る!!」



 昔、映画か何かで見たのだ。


 刑務所のコンクリートの壁にスプーンで穴を開けて脱獄した囚人の話を。


 俺はスプーンで順調に壁を削った。しかし……。



――ガキンッ!!



 何か硬いものがスプーンの尖端に当たった。まるで金属と金属がぶつかったような……。



「……壁の中に鉄板って。どんだけ厳重なセキュリティしてんだよ、この部屋」



 どうやらスプーン脱走術はとっくに対策されていたらしい。



「……テレビでも見るか」



 俺はソファーに腰かけて、月曜日を過ごすのであった。


 ちなみに、夕食も凄く美味しかった。

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