監禁生活26日目 マッドサイエンティスト





「では、診察は以上です。お疲れ様でした、空澄お兄さん」


「ありがとう、葵衣ちゃん」



 豪華客船の医務室。


 おそらくは怪我人が出た際、応急処置を施すためにあるであろう部屋で、俺は葵衣ちゃんから診察を受けていた。


 屋敷から脱走する前に俺が服用した、子供化を治す薬の効き目を確認するためである。


 薬の効き目はバッチリで、今の俺は中学生くらいだろうか。

 順調に元のサイズまで戻ってきたと思う。葵衣ちゃんの見立てでは、あと二、三日で完全に戻るらしい。


 良かった良かった。



「ところでお兄さん。昨日、夜中に何をしてたんですか?」


「ギクッ」



 や、やっべ、見られてたかな? 取り敢えずすっとぼけよう。



「な、何のことかな?」


「昨日、船の整備のために機関室で作業してたんです。作業が終わってから、自分の部屋に戻る途中でお兄さんが歩いているのを見かけて……」



 船の整備って!! 葵衣ちゃん本当になんでもできるんだね!!


 それにしても、まさか見られていたとは……。


 ひとまずここは誤魔化しておこう。



「えーと、実は船の中を探検してたんだ。ほら、俺こんな船に乗るの初めてだから。ちょっとテンション上がっちゃったんだよね」


「……深夜徘徊は程々にしてください」


「う、うん。気を付けるね、ははは」



 やらないとは言ってない。


 なんたって、もうこの船から逃げるための手段を見つけることができたからね!!


 この豪華客船には、おそらく非常時に使うと思わしきゴムボートがあったのだ。

 しかもエンジン付きの凄い高そうなやつ。


 あれを使えば、船から逃げることができるかも知れない。


 もっとも、現在地が分からないからゴムボートを使って逃げたところで遭難することは目に見えているんだけどね。


 つまり、今の俺に必要なのは現在地の情報。うん。もう詰みだよね!!


 仮に現在地の情報が手に入ったとしても、もうこの船は陸からかなり離れている。

 ガソリンが足りないだろうし、食料だって困ることになるだろう。


 ぐぬぬぬ。

 離島に着いたら本格的に脱走手段が限られてくるだろうし、困ったなあ。



「お兄さん?」


「おわ!!」



 思考に耽っていると、目と鼻の先に葵衣ちゃんがいた。



「……お兄さん、実は見てもらいたいものがあるんです」


「え? なに?」


「少し待っててください」



 そう言うと、葵衣ちゃんは何かを持って医務室のベッドを囲うカーテンを閉じた。

 カーテンの向こう側から、布の擦れる音が聞こえてくる。


 葵衣ちゃんは一体何をしているのだろうか。



「お待たせしました。……お兄さん? なんでファイティングポーズを?」


「あ、ご、ごめん。茜音さんとか橙華さんに似たような格好で襲われかけたことがあるから、つい反射的に」


「……私はお兄さんを襲ったりなんかしません」



 葵衣ちゃんが俺に見せてくれたのは、可愛らしい水着であった。

 フリルが沢山付いている青色のビキニで、葵衣ちゃんによく似合うデザインだ。



「……どう、ですか?」


「すごく似合ってる。可愛いよ!!」


「っ、ありがとうございます……」



 少し恥ずかしいのか、葵衣ちゃんがそっぽ向いてしまう。


 葵衣ちゃんのこういう反応は珍しいなあ。



「でもなんで水着? 甲板にあるプールで泳ぐの?」


「いえ、違います。お兄さん、茜音お姉さんから聞いてないんですか?」


「え? 何を?」


「私達が向かっている島は、日本から遥か南。つまりは南国にあるんです」


「あー、そうなんだ?」



 知らなかった。


 南国ってことはハワイとかグアムみたいな場所なのかな。


 うーん、少し楽しそうかも。



「でも、茜音さんがどえらい水着で迫ってきそうで怖い」


「いざという時は私が守りますので、安心してください」



 俺は昨日の出来事、藍奈ちゃんを説教する葵衣ちゃんの姿を思い出す。


 おお、すっごい頼りになるね……。



「じゃあその時は、葵衣ちゃんに守ってもらおうかな」


「っ、は、はい!! ふふっ」



 いつもは無表情な葵衣ちゃんが、俺の言葉に笑顔で頷く。



「そうだ、お兄さん。久しぶりに耳掻きしてあげます。せっかくなので、この格好のまま」


「え!?」



 この格好のままってことは、水着のまま?


 いや、流石に生足の膝枕は破壊力が強すぎるような気がするんだが。


 しかし、葵衣ちゃんが目を輝かせて俺を見ている。

 これは断れないやつだ。



「あー、うん。じゃあ、やってもらおうかな?」


「任せてください。今日はちょっとした秘密兵器もあるので」


「ん? 秘密兵器?」


「はい」


 

 葵衣ちゃんがどこからかリモコンのようなものを取り出して、ポチッとスイッチを押す。


 すると、二人の葵衣ちゃんが部屋に入ってきた。


 え!? あ、葵衣ちゃんが三人!? そ、そうか、これってこの前の……。



「お兄さんのお察しの通りです。ただ、こちらは前回と違って確かな生命体です」


「え? どゆこと?」


「私の遺伝子情報から全く同じ肉体を生成し、私の思考メカニズムを複製した、いわば偽物だけど本物の私です」


「またなんかマッドサイエンティストみたいなことやってるね!?」


「……////」


「ちなみに褒めてないよ」



 葵衣ちゃんが恥ずかしそうに頬を赤く染めるので、念のため言っておく。



「じゃあ、お兄さん。早速始めましょう」


「あ、う、うん」



 水着を着た葵衣ちゃん(本体)の生足を枕にして、俺を挟むように二人の葵衣ちゃんがベッドに寝転がる。


 しかも、かなり密着している状態だ。


 いくら葵衣ちゃん(本体じゃない二人)が普段と同じ格好でも、色々とドキドキしてしまう。



「じゃあお兄さん」


「これからお兄さんのお耳」


「沢山いじめちゃいますから」


「「「覚悟してくださいね」」」



 その次の日、俺は過去最高の目覚めを経験するのであった。





―――――――――――――――――――

あとがき

多分、葵衣ちゃんはゾア◯リックとか使っても発狂しないタイプ。

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