監禁生活27日目 仲直りゴーストシップ






 深夜。静かに海を進む豪華客船。



「……どうして……」


「……こんなことに……」



 豪華客船の甲板で、俺は翠理と一緒に項垂れていた。


 その原因は、ほんの数時間前の出来事にある。


 翠理は昨日まで色々なスポーツの大会に出場して優勝しまくっていたらしいが、今朝方ヘリコプターで豪華客船を追いかけてきたのである。


 そこで勃発してしまったのが、俺と翠理の大喧嘩であった。


 まあ、喧嘩と言っても一方的なもの。

 俺がマウントポジションを取られてボコボコにされる寸前まで行ったのだ。


 ちょうどそのタイミングで茜音さんが止めに入ってきてくれたため、事なきを得たが……。



「だ、誰よ、お化け屋敷ごっこしようなんて言い出したのは……」


「茜音さんだよ。あと橙華さん。紫希ちゃんや藍奈ちゃん、葵衣ちゃんも結構ノリノリだった。多分、この場に黄鈴先輩がいたら少なからず反対してくれたと思うけど……」


「私と同じで合流は後だもの。この場にいないんだから言っても仕方ないでしょ」



 茜音さん曰く「喧嘩した二人を仲直りさせるにはドキドキを共有するしかないわね!! ママに任せて!!」ということらしい。


 そうして急遽始まったのが、豪華客船のカスタマイズであった。


 茜音さんが監修し、紫希ちゃんや橙華さんが構成を考え、葵衣ちゃんがテクノロジーでそれらを実現し、藍奈ちゃんがゲーム性を追求する。


 その結果、とんでもないお化け屋敷――否、ゴーストシップが完成してしまった。



「こうなったのもあんたのせいよ!! 急に屋敷から逃げるから!!」


「に、逃げられるなら逃げてみろって言ったのは翠理だろ!?」


「そうだけど!! 分かってるけど!! やっぱり急にいなくなったら寂しいのよ!! せめて一言言ってから逃げなさいよ!!」


「んな理不尽な!?」



 どうやら翠理は、俺が逃げるのは良いけど、急に逃げるのは許せないらしい。


 ちょっとわけ分かんないです。


 いや、まあ、俺が逃げるか堕とされるかの勝負をしようって話をした時、翠理は賢者タイムだったから仕方ないのかも知れない。


 それに翠理が荒れている理由も俺には何となく分かる。



「うぅ、怖いのは無理なのに!!」



 そう、アスリート界のアイドル、神龍司翠理には一つの弱点がある。


 それは、怖いものだ。


 ビックリ系は平気らしいが、ことホラー系となると幼子のようにブルブル怯えてしまうのだ。


 茜音さんたち姉妹や幼なじみの俺しか知らない、彼女の意外な一面である。



「あ、あんたは平気だったっけ? 怖いの……」


「ん? 無理だよ? 幽霊とかは平気だけど、ビックリ系は耐えられない」


「そ、そう……」



 さて、どうしたもんか。



「……でもまあ、行かなきゃ終わらないよね」


「そ、そうね……」



 というわけで覚悟を決めて行く。


 スタート地点は甲板。

 そこから各施設を探索して、お宝を見つければゴール、というルールはシンプルなものだが……。


 これが意外にも難しい。


 各施設へ向かう途中にも様々なトラップが用意されていたのだ。



「きゃあ!! な、なに!? なんかヌルっとした!?」


「こんにゃく……。なんか、ベタだね」



 天井から吊るされたこんにゃくが、妙に哀愁を漂わせている。



「う、うぅ、空澄ぃ、もうやだぁ。ぐすっ」


「だ、大丈夫だから。ほら、泣かないで? 翠理は怖がり過ぎ」


「だ、だってぇ……」



 ここまで弱気な翠理を拝めるチャンスは滅多にないだろうが、流石に可哀想だ。



「……あ、空澄……」


「ん?」


「……手……握ってもいい……?」


「……うん。いいよ」



 俺が手を伸ばすと、翠理がギュッと握り返してくる。



「ひゃあ!! なんか変な音がっ!!」


「あぎゃあ!? ちょ、翠理!? 翠理さん!? 手!! 俺の手が潰れてるから!!」



 物音に驚いた翠理が、俺の手をそのまま握り潰そうとしてきた。


 俺は翠理のパワーの方が怖いよ。



『いちま〜い、にま〜い、さんま〜い』


「きゃあああああああッ!!!!」


「お、落ち着けって翠理!! 茜音さんの声だよ!!」


「いやぁ!! お化けはいやぁ!!」



 あまりの恐怖でパニックに陥る翠理。



『はちま〜い、きゅうま〜い……』


「一枚足りな〜い!! えいっ!!」


「むわ!?」



 どこから現れたのか、着物を着た、身長190cmはあろうかという背の高い女性が俺に襲いかかってきた。

 その場に押し倒されてしまい、大きな胸に押し潰されそうになる。


 やたらと甘い匂いがして、頭を挟まれたままぐりぐりされる。



「うふふ、ママおばけのぱふぱふ攻撃よ〜!!」



 茜音さんの声が響く。


 こ、これは、なんという破壊りょ――



「いやぁああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


「あら!?」



 次の瞬間、翠理の凄まじい蹴りが一閃。


 ギリギリで茜音さんは回避したようだが、髪の毛一本が掠っていた。


 そして、翠理が俺の腕を掴んで逃げ出す。



「はぁ、はぁ、はぁ、とんでもない目に遭ったわね……」


「だ、大丈夫?」


「え、ええ。私は平気よ。それより、思わず茜音姉さんを蹴っちゃったけど……大丈夫だったかしら」


「ま、まあ、掠ってはいたけど、ギリギリ躱してたし、多分大丈夫だよ。……ありがと、翠理」


「え?」



 俺の唐突なお礼に、翠理が首を傾げる。



「怖いのに、助けてくれただろ?」


「そ、それは、当たり前でしょ!!」


「うん。だから、ありがとう」


「……わ、私も、その、さっきは八つ当たりして、ごめんなさい。それと、あんたが逃げたことは、言うほど怒ってないから……えっと、とにかく、ごめんなさい!!」


「うむ、許してしんぜよう」


「……ふふっ、何よそれ。ばか」



 翠理と一緒に笑い合い、良い感じに仲直りする。

 さっきは危なかったけど、このイベントを突発開催してくれた茜音さんには感謝しないとな。


 そんなこんなでトラブルがありつつも、俺と翠理は探索を再開。


 火の玉が現れたり、奇っ怪な動きで迫ってくる人体模型があったり。


 特に怖かったのは、3mくらいある、蠢く肉の柱だった。

 ところどころから人間の手足が生えており、何十人もの呻く声を発する化け物だ。


 いや、本当に怖かった。

 あれだけ妙に気合が入ってたし、多分あれがこのゴーストシップの本命だったのだろう。


 翠理は気付いてなかったみたいだけど、多分見つけてたら発狂してたんじゃないかな。


 とまあ、そんなこんなで色々な仕掛けをクリアして、ようやく目的のお宝であるコインを発見。


 俺と翠理はゴール地点である甲板に戻ってきた。



「こ、怖かったぁ!!」


「お疲れ様です。翠理お姉さん、空澄お兄さん」



 涙を流す翠理に、葵衣ちゃんがお水が入ったペットボトルを渡す。



「二人共ビビリ過ぎ♪ あー、面白かった♪」


「うーん、ちょっと簡単過ぎたかも。もっとお宝を分かりにくい場所に隠した方が――」


「楽しかったの!!」



 橙華さん、藍奈ちゃん、紫希ちゃんが各々の感想を述べる。


 遅れて戻ってきた茜音さんは、少し物足りなさそうな顔をしていた。



「むぅ、どさくさと暗闇に紛れて空澄ちゃんを翠理ちゃんから引き離して、そのままママとラブラブエッチする計画だったのだけれど……」


「「「「「抜け駆けは禁止ッ!!」」」」」



 こうして、その日はお開きとなった。



「あ、お兄さん。参考までにお聞きしますが、どのギミックが一番怖かったですか?」



 不意に、葵衣ちゃんがそんなことを聞いてくる。



「え? うーん、そうだな。火の玉や奇っ怪な動きをする人体模型が怖かったかな」


「ふむ、なるほど。有り余りの資材で作ったものですが、好評なようで何よりです」


「あ、でも一番やばいと思ったのは、3mくらいある肉の柱かな? 蠢いていて不気味だったし、沢山生えてる手足が気持ち悪かった」


「……?」



 葵衣ちゃんが、こてんと首を傾げる。



「お兄さん、そんなギミックは用意してませんよ?」


「……え?」



 俺はその日から、翠理同様ホラー系も駄目になってしまった。



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