監禁生活21日目 それぞれへの印象
「空澄くん……」
「き、黄鈴、先輩……」
翠理のナニを目撃してしまった翌日。
俺は黄鈴先輩にベッドへ押し倒されていた。俺に逃げ場は無い。
黄鈴先輩は俺の顎をくいっと持ち上げ、唇をゆっくり近づけてくる……。
「あ、あの、ちょっと近くないですかね?」
「む、近すぎるかい?」
ああ、先に言っておくが、別にやましいことをしているわけではない。
黄鈴先輩は一度俺から離れて、枕元に置いてある台本にペンで何かを書き込む。
そして、黄鈴先輩が俺の方に振り向いて困ったように笑った。
「すまないね、空澄くん。稽古に付き合わせてしまって」
「いや、まあ、心臓には悪いですけど。お役に立てて何よりです」
「まったく、紫希には困ったものだよ。でも……」
実は黄鈴先輩、近々ドラマに出るらしい。
紫希ちゃんが出るドラマなんだが、男優の一人が諸事情で降板してしまったのだとか。
代役に誰を起用しようか制作陣が悩んでいたところ、紫希ちゃんが「黄鈴お姉ちゃんにお願いしてみる!!」と言ったそうだ。
黄鈴先輩は演劇俳優なので、ドラマ撮影等は専門外なのだが……。
「可愛い妹の頼みは、断れないからね」
そういうことらしい。
「それにしても、どんなドラマなんですか?」
「おや? 気になるかい?」
「そりゃまあ、多少は?」
黄鈴先輩が「ふふっ」と甘い笑みを浮かべながら、台本をちらっと見せてくれた。
「いわゆる刑事ドラマだね。私の役は『ベテラン刑事である主人公の娘を誘拐して犯そうとする男』だよ」
「うわ、凄い役……」
「ああ。ふふ、本音を言うと少しワクワクしているんだ。今まで男装といっても、王子様役が多かったからね。変態を演じるのが楽しみなんだ」
うーん、でもどうなんだろ?
この人がそういう役をやったら「キャ!! 好き!! 抱いて!!」ってなる女の人が沢山出てくると思う。
「あの、大丈夫ですか?」
「何がだい?」
「いや、ほら、黄鈴先輩って美人ですし。男装したらそんじょそこらのイケメンよりカッコ良いですし。そういう変態役は難しいんじゃ?」
「まあ、そうだね。だから、身近にいる変態を参考にすることにしたんだ」
「え?」
黄鈴先輩が台本をテーブルに置いて、軽く咳き込む。
すると、黄鈴先輩がまとう雰囲気が変わった。
「空澄ちゃん!! 今日もママに好きなだけ甘えて良いのよ!!」
「!?」
一瞬、黄鈴先輩が別人のように見えた。
そして、それが誰の真似をしたものなのか刹那の間に理解してしまう。
これ、茜音さんだわ。
なるほど、確かに身近にいる変態と言われたら茜音さん一択だろう。
「これを男性っぽくやるんだ」
「さ、流石ですね。本能で警戒しましたよ」
「ふふ、私は無理矢理襲ったりしないよ?」
「分かってますよ」
たしかに、今のを男性っぽくやったら怖いかも知れない。美人だから余計に。
「……空澄くんは、茜音姉さんが嫌いかい?」
突然、黄鈴先輩がそんなことを聞いてくる。
「え? いや、嫌いではないですよ? ただ、なんて言うんですかね……。俺を見る目が肉食獣のそれなんですよ」
「……ふむ。では橙華姉さんは?」
「うーん。ベッドに潜り込んでくること以外は……あっ、でも茜音さんと共謀してる時は捕食者の目だから怖いかも」
質問の意図は分からないが、俺は素直に答える。
「なら翠理や葵衣は?」
「うーん、翠理とは付き合いが一番長いですし、話しやすいですかね。葵衣ちゃんは危ない実験とかしてるっぽいし、少し心配かも」
「……ふむ。じゃあ、藍奈や紫希は?」
「藍奈ちゃんはなんというか、いつか負かしてやりたい気持ちが強いです。いつもゲームに負ける俺を煽ってくるんで。紫希ちゃんは……その、闇を感じます……」
「……そうか。じゃあ最後に、私は?」
え!?
「ほ、本人に言うのはちょっと……」
「良いから教えてくれ」
俺の目を真っ直ぐに見つめながら、答えを催促してくる黄鈴先輩。
う、うーん。
流石に本人に話すのは恥ずかしいけど、皆の印象を言った後で言わないのは悪い気がする……。
「……頼れる人、ですかね? ぶっちゃけ、一番安心感があると言うか。この人なら警戒しなくても良いかなって感じです」
「……ふむ」
俺の言葉に黄鈴先輩が頷く。
こう言っちゃあなんだが、黄鈴先輩は個性が強い神龍司姉妹の中でも、翠理に並ぶ常識人だ。
ぶっ飛んだ変態ではないし、あまり闇も感じない。
隣りにいると心地良いというか、妙に安心してしまうのだ。
「それは、少し良いことを聞いたかな」
「え?」
「何でも無いよ。でも、そうだね……。空澄くん」
不意に、黄鈴先輩が俺をベッドに押し倒す。
「あ、あの、黄鈴先輩?」
「私は君を襲わない。でも、私だって女なんだ。あんまり無防備だと――」
黄鈴先輩が、俺に顔を近づけてくる。俺は思わず目を瞑ってしまい……。
「いつか、襲ってしまうかも知れないよ」
「あふっ」
「ふふ、少しからかい過ぎたね。じゃあ、私はそろそろ行くとしよう」
それだけ言い残すと、黄鈴先輩は立ち上がって部屋を出て行った。
ちょっぴり、心臓がドキッとした。
俺に囁く直前、黄鈴先輩の目は女の顔をしていた。王子様を演じる顔ではなく、おそらくは彼女本来の……。
「……あの人、心臓には悪いな……」
俺は上手く言い表せない感情を胸に、その日を過ごすのであった。
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