監禁生活20日目 賢者タイム




 脱出の日は近い。


 まだ子供化を治す薬が無い以上、行動に移すことはできないからだ。


 しかし、予行演習はできる。


 俺は地下室へと移動し、そこから庭へと続く穴を通る。



「……周囲に人影は無し」



 念入りに周囲に人がいないか確認して、俺は穴の外へ出た。


 よし、ここまでは大丈夫。



「あとはできるだけ物陰を移動して……」



 そうして辿り着いたのは、高さ3メートルはあるであろう高い門。


 この門をよじ登ったら、俺は自由の身だ。


 しかし、俺はその門に嫌な気配をビンビンに感じている。


 ただの直感だが、何かがある。



「……ふむ」



 俺は庭に落ちていた手頃な石を拾い、軽く門に向かって投げてみた。


 すると。


 バチッ!!!!


 なんか凄い音と共に、投げた石が砕け散った。



「……防犯性能えっぐいなぁ」



 多分、電気か何かが流れてるんだと思う。


 これは迂闊に触れない。



「電気そのものを止めるか、あるいはゴム手袋でもあれば……っと、そろそろ戻らなきゃ」



 やはりこの屋敷から脱出するというのは、一筋縄とは行かなさそうだ。


 まあ、今はまだ脱出の時では無いのだろう。


 俺は来た時と同じく、見つからないように慎重に移動して地下室へと戻る。



「……この時間帯って、皆何してるんだろ?」



 今は朝日が登る手前。


 いつも誰かしらが日の出と共に俺の部屋へやって来るため、この時間帯にはもう起きているはず。


 脱出に一番良さそうな時間帯を知るためにも、情報は集めておいた方が良さそうだ。


 幸い、この地下室は屋敷の色々な場所の地下に通じている。

 すでに誰の部屋がどこにあるのかは把握しているため、情報収集にはもってこいだろう。


 今日はたしか翠理が俺当番の日だったし、翠理の声が聞こえる場所に行ってみるか。



『はぁ、はぁ、はぁ』



 翠理の部屋の辺りまで移動すると、誰かが息を切らした声が聞こえる。


 間違いなく、翠理の声だ。


 朝から運動でもしているのだろうか。



『はぁ、はぁ、んっ、空澄……っ♡』



 え? あ、え?


 あ、そういう……。い、いやいや、決してわざとではなくて!!


 どうやら翠理は今、一人で致している最中だったらしい。



『んっ、だめ、激しっ』



 おーい!!

 翠理の中の俺はどんだけ激しくしてんだ!! 女の子には優しくしろー!!


 ……くっ、翠理の声を聞いてたら俺まで変な気分になってきた!!



「……すぅ、はぁ……」



 俺は目を閉じて、心を落ち着かせる。


 久しぶりに菩薩モードだ。そう、今の俺の心は海のごとし。深く、深く瞑想するのだ。



『っ♡ はぁ、はぁ、はぁ……。はぁ、私、何やってんだろ……』



 翠理は賢者タイムに至ったのか、どうやら自分でも冷静になったらしい。


 あるある。



『……そろそろ空澄の部屋に行こうかな』



 !? や、やっべ、他人の一人遊びを盗み聞きしてる場合じゃない!!


 俺は大慌てで地下室へと移動し、自分の部屋へと戻ってきた。



「っ、シャワーシャワー!!」



 身体に土が付いていると怪しまれる。


 俺は急いでシャワールームに飛び込み、身体から土汚れを落とした。


 すると、ちょうどそのタイミングで翠理が俺の部屋に入ってくる。



「あんた、いつもお風呂入ってるわよね」


「あ、あはは、綺麗好きなんだ、俺!!」



 ギリギリセーフ!!



「……ねぇ、ストレッチはしないの?」


「え?」


「お風呂上がりなんかの身体が温まっている時にやると、健康に良いわよ。手伝ってあげるから、足を開いて床に座りなさい」


「あ、う、うん」



 俺は翠理に言われるがまま、足を開いて床に座った。


 すると、俺の背中を翠理が軽く押してくる。



「うっ、地味に痛い……」


「身体が凝り固まってる証拠よ。毎日お風呂上がりにやれば、そのうち痛みもマシになってくるわ」


「そ、そうなの?」



 しばらくストレッチをしていると、不意に翠理が呟く。



「……ごめんなさい」


「え? 何が?」


「……その、あんたをここに監禁してることよ。紫希と動物園に行ったらみたいだけど、結局は監禁されてるようなもんだし」


「あ、あー、うん、なるほど」



 まだ翠理の賢者タイム続行してるんだな、コレ。



「別に気にしてないよ。隙があったら逃げるつもりだし」


「……私たちが簡単に逃がすと思う?」


「思わない」



 だからこそ、慎重に行動しているのだ。



「……ねぇ、空澄が良かったらさ……」


「ん?」


「どこか別の国に行って私たちと結婚しない? それで子供を沢山作って、幸せに暮らすの。当然、正妻は私で」


「そ、それは……」



 すっごく魅力的だとは思う。


 しかし、あの地下室を作った先達……おそらくは茜音さんたちの父親らしき人のことを思い出すと不安になる。


 なんというか、本当に救いようが無い駄目な人間になりそうなのだ。


 その上でこの七姉妹は俺を甘やかすだろうから、本格的に自堕落な人間になってしまいかねない。


 それは、ちょっとアウトでしょ。



「俺は、ダメ人間になりたくないんだ。一応言っておくと、皆のことが嫌いなわけじゃないよ?」



 むしろ、好きである。



「でも、さっき翠理が言ったみたいに全員と結婚するなら、全員を養えるだけの力が僕には無い」


「そんなの、私たちがなんとかするわよ?」


「それが駄目なの!! それをやっちゃあ俺は本当にヒモ男になっちゃうの!!」


「……別に私たちは気にしないのに」



 だろうね。


 皆が俺のことを本気で好いてくれていることは、ここ数週間でとっくに理解している。


 でも、だからこそ、無責任な男にはなりたくない。



「……そう、でも分かったわ。じゃあ勝負ね」


「ん?」


「私たちが空澄を堕とすのが先か、あんたがここを脱出して、私たちを堕とすのが先か」


「待って。それは一度脱出する必要がある俺に不利な勝負なんじゃ……」


「細かいことは気にしなくて良いのよ。ところで空澄、あんたって」



 ん?



「何か変な運動でもしたの? なんていうか、筋肉の付き方が……うーん、穴掘りでもしたみたいな感じになってるけど」


「ギクッ」



 き、筋肉の付き方ぁ!? そ、そんなことまで分かるのか!?



「あ、えーと、ほら、俺ここに来る前は土木工事のバイトしてたから!!」


「ふーん? ……そう言えば、あんたクズ親のせいで借金があったんだもんね」



 ご、誤魔化せた!! あっぶねー!!


 俺は冷や汗を掻きながら、その日は翠理とストレッチするのであった。





――――――――――――――――――――――

あとがき

書き溜めしておいた分が無くなったので、明日から更新速度が下がります。

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