監禁生活19日目 二人の葵衣ちゃん






 いよいよ脱出のための穴が開通した。


 しかし、まだ問題が残る。それは、俺が未だに子供のままということだ。


 脱出するのは、子供化を治す薬を飲んでからにしよう。


 今日はちょうど葵衣ちゃんが俺当番の日だ。解毒剤の進捗がどれくらいか聞いてみても良いかも知らない。


 そう思っていたのだが……。



「お兄さん、おはようございます」


「あ、おはよう、葵衣ちゃ――葵衣ちゃん!?」



 庭へと穴が通じた翌日、俺は部屋にやってきた葵衣ちゃんを見て驚愕した。


 目の下に、大きなくまがあったのだ。


 誰がどう見ても、寝不足である。



「だ、大丈夫? 葵衣ちゃん、ちゃんと寝てる?」


「あ、はい。気にしないでください。あと少しでお兄さんを治す薬ができそうなので……」



 てことは俺のせいじゃん!!



「葵衣ちゃん、俺のことは後回しで良いから、すぐに寝て?」


「いえ、三徹までは大丈夫なので……」


「今、何徹目?」


「……五」


「今すぐ!! 寝なさい!!」


「っ、は、はい……」



 俺が怒るとは思わなかったのか、葵衣ちゃんがベッドに潜って眠り始める。


 何故か、俺のベッドで。


 でもせっかく眠ったのに起こすのは、良心が痛むな。

 このまま寝かせておいてあげよう。


 コンコン。


 しばらくして、不意に誰かが俺の部屋の扉をノックした。



「ん? 誰だろう? はーい」


「お兄さん、失礼します」


「……え?」



 俺は完全に硬直した。


 何故なら扉から入ってきたのは、葵衣ちゃんだったからだ。


 えっと、え? 意味が分からない。


 葵衣ちゃんが二人いる? あれ? 葵衣ちゃんって双子だっけ? 実はお隣の七姉妹は八姉妹だったとか?


 いやいや、流石にそれは無いだろう。



「あ、驚かないでください。私は本体ではありませんから」


「いや、マジで意味が分かんない。え? 葵衣ちゃん、なんだよね?」


「はい。まあ、見た目が似ているだけですが。これを見て下さい」


「ん?」



 そう言って、葵衣ちゃんは腕を捲くった。


 色白な肌の下には、血管の代わりに光る線のようなものが無数に走っている。


 なんというか、機械っぽい?



「これは……?」


「この身体は人体をモデルとして、ナノマシンを利用した高度な義体なんです。そこに意識を移して、私という存在を確立させて――」



 葵衣ちゃんが丁寧に説明してくれるが、さっぱり分からない。


 まだ説明が始まったばかりだが、頭がパンクしてしまいそうだ。


 俺は一旦葵衣ちゃんを制止する。



「ちょ、ストップ。えっと、つまり、君は葵衣ちゃんの意識を移した葵衣ちゃん似のロボットってこと?」


「流石はお兄さん。その通りです」


「ヤバイ。分かったのに分からない。完全にオーバーテクノロジーじゃない!? それ!?」


「はい。現代の一般的な科学では有り得ない事象や原理を多様してますから」



 その言葉で、俺はふと思い出す。


 そうだった。

 この子、IQ300の天才なんだった……。


 いや、それにしたってファンタジーが過ぎるでしょうが!!



「まあ、細かいことは気にせず」


「全然細かくないと思うんだけど」


「生身の身体では活動に限界が来たので、こっちの身体を使うことにしたんです」


「そんな、鉛筆の芯が折れたから、みたいなノリで身体を乗り換えちゃ駄目だよ……」


「大丈夫です。私の理論に間違いはありません。安心安全に、肉体を乗り換えられますから。いずれは生身の肉体を捨てて不老不死、みたいなこともできるようになるかと」


「その発想は完全にマッドサイエンティストだよ!!」



 なんというか、今日初めて葵衣ちゃんの恐ろしさの片鱗を見た気がする。


 紫希ちゃんが時々見せる深い闇に比肩する、何かヤバイものを感じる。


 これは、一人の人間として注意しなければ!!



「あ、葵衣ちゃん!!」


「なんですか、お兄さん?」



 俺は葵衣ちゃん(義体)の肩をわしっと掴み、真っ直ぐに目を見つめる。



「俺は、葵衣ちゃんのすることを否定するつもりはないよ。でも、倫理感は絶対に捨てちゃ駄目だ」


「何故、ですか?」


「倫理感ってのは、人が最低限人であるために必要なものなんだ。それを捨てちゃったら、人とは違う生き物になっちゃうから」


「……」



 葵衣ちゃんが、スーッと視線を逸らす。


 俺はそれだけで、葵衣ちゃんが何を考えているのか薄々察してしまった。



「どんな非人道的な実験でも自分の身体を使うならセーフ、とか思った?」



 ビクッと身体を震わせる葵衣ちゃん。


 どうやら正解だったらしい。



「お兄さんは、超能力者ですか?」


「違うけど、葵衣ちゃんとは長い付き合いだからね。それから自分の身体だからセーフ理論はアウトだよ? 捨てちゃった倫理感を今すぐ拾いなさい!!」


「……」



 そっぽ向いて俺の言葉を聞き流す葵衣ちゃん。


 どうしてこういうところは年相応なんだ。



「葵衣ちゃん」


「……はい」


「葵衣ちゃんの理論が完璧だから、安心安全なのは分かったよ。でも、もしも何か不測の事態が起こったら悲しむのは周りなんだ。茜音さんたちは勿論、俺だって葵衣ちゃんに何かあったら悲しいし、怖い」


「……はい」


「だからあんまり危ないことはしちゃ駄目だよ」


「……次からは、気を付けます」


「素直でよろしい」



 多分、葵衣ちゃんは今後も危ないことをこっそりやるだろうけど、その度に俺の言葉を思い出すことを願おう。



「では、お兄さん。取り敢えずこの身体に意見をください」


「ん? 意見って?」


「おっぱいがもう少し大きい方が好み、とか」


「……え?」



 そう言うと、葵衣ちゃんは俺の手を握って、自らの胸を揉ませた。


 手に収まる程よい大きさで、まるで本物のように柔らかかった。


 ……一瞬、理解が遅れる。



「ちょお!?」



 俺は慌てて飛び退いた。


 しかし、葵衣ちゃんがジト目のまま迫ってくる。



「どうですか? お兄さん」


「ちょ、な、何を!? じ、自分の身体を大切にしなさい!!」


「……? 別に本物ではないので、セーフだと思いますが」


「え? あ、そ、そう、なのかな?」



 もうわけが分かんなくなってきた。



「どうぞ、触って確かめてみてください」


「あ、う、うん」



 本物じゃないなら、セーフなのか?


 俺は首を傾げながらも、困惑したまま葵衣ちゃん(義体)の胸に手を伸ばす。


 ……柔らかい。まるで本物のようだ。



「って!! 俺は何をやってるんだ!?」


「お兄さん、感想を聞かせてください」


「柔らか――じゃなくて!! ああもう!! この話は終わり!!」



 俺は感想を求める葵衣ちゃん(義体)から逃れるように、ベッドへ潜った。


 葵衣ちゃん(本体)が眠っていることを忘れて。



「すぅ、すぅ」


「っ」


「お兄さん、あまり私の寝顔を見ないでください」


「ご、ごめん。って、ちょ!?」



 そして、何故か葵衣ちゃん(義体)も、ベッドに潜ってくる。


 二人の葵衣ちゃんに挟まれている形だ。



「前みたいに、子守唄を歌ってあげますね」


「い、いや、その、こんなに密着する必要は無いんじゃ……」


「三人で眠るにはこうしないといけないので」



 こうして、俺は二人の葵衣ちゃんに挟まれながら一日を過ごすのであった。





――――――――――――――――――――――

あとがき


どうでも良い豆知識

葵衣ちゃん(義体)はIQが200くらいに下がるので、言わなくていいことも言っちゃう。

ちなみにおっぱいの部分はシリコンでできている。

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