監禁生活1日目 起きて、寝る





「――ん。起きてください、空澄お兄さん」


「ふぇあ!?」



 耳元で囁かれ、俺は目を覚ました。



「あ、起きた。おはようございます、お兄さん。まあ、まだ夜なんですけど」


「え? あれ? 葵衣あおいちゃん?」



 目を覚ました俺の目の前にいたのは、近所の中学の制服を着た女の子だった。


 表情はあまり動かないが、可愛らしい銀髪の美少女である。


 この子の名前は神龍司しんりゅうじ葵衣あおいちゃん。

 噂ではIQが300あるらしく、夜な夜な怪しい実験をしているとか。


 茜音さんの妹であり、神龍司家の五女だ。



「えっと、葵衣ちゃん。ここは?」



 辺りをキョロキョロと見回せば、そこは俺の知らない場所であった。


 何というか、高級ホテルみたいな部屋だ。


 ベッドはシングルサイズで、ソファー等の家具は一通り揃っており、シャワールームと思わしきものもある。


 俺の顔をジト目で覗き込みながら、葵衣ちゃんが可愛らしく小首を傾げた。



「覚えてないんですか?」


「えーと、俺はたしか、茜音さんに借金を肩代わりしてもらって……」



 俺は自分の記憶を辿り、意識を失う直前にあったことを思い出す。



「そうだ、茜音さんに変な薬みたいなのを嗅がされたんだ」


「はい、私が作った睡眠スプレーですね。そして、お兄さんを監禁しました」


「あっ。あの謎の薬、葵衣ちゃんが作ったの? 凄いね。……え? 今なんて?」


「お兄さんを監禁しました」



 監禁? え、監禁?


 俺は頭の中で同じ言葉を繰り返し、困惑した。



「それは、どういう……?」


「そのままの意味です。何か質問はありますか?」


「いや、質問しかないんだけど!? え!? 監禁って何!?」


「監禁というのは、『身体の自由を拘束し、一定の場所にとじこめて外に出さないこと』です」


「言葉の意味を聞いたんじゃないよ!?」



 会話が噛み合わない。


 俺は慎重に言葉を選びながら、葵衣ちゃんに今に至るまでの経緯を訊ねた。



「えっと、なんで俺が監禁されてるの? 茜音さんが肩代わりしてくれた500万ならバイトして返すよ?」


「別にお金の問題じゃないですよ。取り敢えず、お兄さんの手足を繋いでる鎖、外しますね」


「え? うわ、ホントだ」



 今更気付いたが、俺の手足は頑丈そうな鎖で繋がれていた。

 どうやら俺は拘束された状態で椅子に座らせられていたらしい。


 葵衣ちゃんが鎖を一つ一つ丁寧に、鍵を刺して外してゆく。



「あ、先に言っておきますけど、逃げたらダメですから」


「……ニゲナイヨ」


「なら良かったです。はい、鎖を外しました」



 俺は立ち上がり、出口と思わしき扉へ向かって全力疾走した。

 ドアノブに手をかけ、勢い良く外に飛び出そうとして――



「あだ!?」



 鍵がかかっていたのか、扉は開かず、俺は頭から激突した。


 そのまま床に倒れた俺の顔を、葵衣ちゃんがジト目で覗き込む。



「念のため、扉に鍵をかけておいて良かったです」


「……俺をどうするつもりなの?」


「別にどうも。私は、いえ、私たちはただお兄さんのことを好きなだけですから」


「え?」



 俺のことを好き? というか、私たちって?



「……やっぱり、気付いてなかったんですね。会う度にアピールしてたのに……。少しショックです」


「えっと? ごめん?」


「謝罪は要らないです。とにかく、私たちにお兄さんを害するつもりはありません」


「……本当?」


「はい。私たちはただ、お兄さんのお世話をしたいだけなんです。おはようからおやすみまで、全部全部、私たちがお世話してあげますから」



 ジト目には変わりないが、何故か葵衣ちゃんの真っ直ぐな瞳に背筋が凍えた。


 いや、今は危害を加えられる心配は無いということに安堵しておこう。



「では私はこれで。今から姉妹全員で、お兄さんのお世話当番を決めてきます。少しの間ですが、さよならです」


「お世話当番って、犬じゃないんだけど……」


「……そうですね。お世話当番ではなく、『お兄さんを愛でる当番』にします」



 え、えぇー。

 あんまり変わってない気がするんだけども。



「あ、それから」


「ん?」


「お兄さんのこと、皆があの手この手で誘惑してくると思いますけど……」



 不意に葵衣ちゃんが、俺の耳元で囁いてきた。



「私以外になびいたら、ダメですからね♡」


「あふっ」


「ふふ。お兄さん、お耳が弱いんですね。良い弱点を見つけました。姉さんや妹たちより一歩リードです。では」



 それだけ言い残すと、葵衣ちゃんは部屋を出て行った。

 もう一度ドアノブに手をかけるが、しっかりと鍵がかかっている。


 部屋から出るのは不可能なようだ。



「なんか、大変なことになったな」



 俺は慌てることなく、まずは自分の持ち物を確認した。


 スマホは――無い。


 まあ、監禁されてるんだから、没収されるに決まってるよね。


 俺は窓から外に脱出できないかと思い、閉じられたカーテンを開いた。

 しかし、当てが外れてしまう。



「窓の鍵は……かかってるよなぁ。しかも鉄格子って。厳重過ぎるでしょ。あっ、俺の家が見える……」



 窓から見える景色は、俺がよく知っているものとあまり変わらなかった。

 遠目には俺が過ごしていた家があり、ここが家の隣りにあった豪邸の中ということが分かる。


 外に連絡する手段は無く、出口になりそうなものも無い。


 これは、本格的に監禁されているようだ。



「……よし。何も出来ることは無さそうだし、今は寝よう」



 今は寝て、少しでも英気を養う。

 脱出のチャンスがあれば、すぐにでも行動を起こせるように。


 ここから逃げなければ、俺は何故か駄目な人間になりそうな気がしてしまうのだ。


 幸いにもテレビは使えるようだし、外の情報が完全に遮断されているわけではない。

 こまめに外の情報を得ながら、脱出のチャンスを窺おう。


 俺はベッドに潜り、毛布を被って眠ることにした。






――――――――――――――――――――――

あとがき

次話から文字数が多くなります。

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