第一・五章 豪華客船編

監禁生活24日目 深淵の幼女





 青い空。青い海。豪華客船。


 これらの言葉だけを聞けば、まるでバカンスに来たような錯覚に陥る。


 ところがどっこい。俺は敢えて叫ぼう。



「神龍司家の財力はどうなってんの!!」



 大きなプールがある船の甲板で、俺は四つん這いになって叫ぶ。


 本来なら何百人も乗せるような船を、俺を離島に移動させるというためだけに使うという発想がもう怖い。



「いや、神龍司家の財力じゃなくて、茜音さんの財力がおかしいのかな? ていうか離島って何よ。なんかもう神龍司家が怖いよ」



 しかし、嘆いている暇は無い。


 問題はどうやって逃げ出すか、だ。



「海に飛び込んだら……。うん、確実に死ぬよね。ヘリポートに置いてあるヘリコプターをこっそり盗む? いや、運転できないし」



 脱出方法が思いつかない。


 でも目的地である離島とやらに到着したら、本格的に逃げることは困難になるだろう。


 いっそのこと、もう諦めてしまおうか……。


 茜音さん達の父親が書いたと思わしき日記にもあったじゃないか。



『無駄な抵抗はしない方が良い。早々に諦めて、君もハーレムを満喫しよう!!』



 そうだよ、俺は頑張った。


 いきなり監禁されて、様々な誘惑にも屈せず、頑張って逃げようとした。


 よし、ここは素直に負けを認めて――



『……そう、でも分かったわ。じゃあ勝負ね』


『ん?』


『私たちが空澄を堕とすのが先か、あんたがここを脱出して、私たちを堕とすのが先か』


『待って。それは一度脱出する必要がある俺に不利な勝負なんじゃ……』


『細かいことは気にしなくて良いのよ』



 ふと、先日の翠理との会話が頭をよぎる。


 あの時の会話が、俺から諦めるという選択肢を奪ってしまった。



「うーん、ここで諦めたらカッコ悪いよね」



 やるからには、勝つ。逃げる。これはもう、そういう勝負なんだってことを忘れていた。



「……ふぅ。よし、切り替えて行こう!!」



 俺は自らの頬をパチンと叩いた。


 幸いにも、葵衣ちゃんから貰った薬のお陰で俺の身体は少しずつ元に戻っている。


 完全に戻るまであと数日は必要らしいが……。


 一気に戻すと反動でどうなるか分からないらしいので、仕方がない。戻れるだけでも良しとしよう。



「海へダイブは論外。ヘリも論外。いっそのことシージャックとかしてみるか?」



 思考が犯罪者だけど、相手は好きな相手を監禁する連中だ。


 向こうも立派な犯罪者である。


 目には目を、歯には歯を、監禁にはシージャックを。うん、変じゃない。



「いやいや、船を乗っ取っても動かせないから意味なっての!!」



 思わずセルフツッコミを入れる。


 しかし、今の俺は個室に監禁されているわけじゃない。

 船上では逃げ場が無いからなのか、あるいは別の理由があるのか……。


 それは分からないが、俺は船内の施設ならどこにでも行くことができる。


 これで何も行動しないのは、勝負を放棄するようなものだ。

 まあ、昼間は人目につくだろうし、本格的に行動するのは夜になるだろうけど。


 日中は船内の探索をせず、構造の把握に努めようか。

 


「空澄お兄ちゃん」


「ヒャッ!! な、なんだ、紫希ちゃんか。びっくりした……」



 振り向くと、そこには紫希ちゃんが立っていた。


 南国風のちょっぴり露出度が高い衣装を身にまとっており、少しおませな雰囲気だ。


 どう脱出しようか真剣に考えていたせいか、その姿を見て少し和む。



「!?」



 しかし、不意にゾッとする程の悪寒が俺を襲った。



「空澄お兄ちゃん」


「な、なに? どうしたの?」


「なんで、逃げたの?」



 くらい眼だった。


 光が無く、ただ闇が広がっている瞳。否、闇という表現では生ぬるいだろう。


 これは最早、深淵だ。

 闇よりも昏い闇、深淵を紫希ちゃんはその瞳に宿している。


 アカン、これ言葉のチョイスをミスったら死ぬやつや!!



「えーと、それは、その」


「ナンデ?」



 ど、どうする? なんて答える? どう言い訳するのが正解なんだ!?


 思わず軽いパニックに陥ってしまう。


 すると、そこで意外な救世主が現れた。



「はーい。そこまでにしとこ、紫希」


「橙華お姉ちゃん?」



 そう、橙華さんだった。


 おそらくは甲板にあるプールへ入るためか、小麦色の肌に映える純白のビキニをまとった橙華さんである。


 橙華さんは紫希ちゃんの小さな肩をポンポンと優しく叩いて、彼女を宥める。



「紫希。男ってのはね、追いかけると逃げようとする生き物なんだよ」


「……なんで?」


「そりゃ恥ずかしいからっしょ♪ 知らんけど。あすみんもそういうタイプだから、下手に詰め寄ると怖がらせちゃうよ?」


「……」



 紫希ちゃんは納得できないのか、頬を膨らませている。



「紫希、これは狩りなの」


「狩り?」


「そ♪ 時間と手間暇をかけて罠を張って、獲物あすみんを追い込む狩り。最終的に仕留めちゃえば良いんだよ♪」


「……仕留める……」


「逃げない兎を捕まえても楽しくないっしょ? 獲物の逃げ道を一つずつ、でも確実に潰して行くの。そうすれば、いつか手に入る。ま、あーしの持論なんだけどね♪」



 橙華さん、今までその理屈で動いてたの!?


 お、思ったよりガチで仕留めに来てる……。

 警戒レベルを茜音さんと同程度にまで引き上げる必要があるだろうか。



「分かった?」


「……うん。分かった!!」



 橙華さんの言葉に納得したのか、ぱあっといつもの笑顔を見せる紫希ちゃん。


 これは助かった、のか?


 いや、むしろ紫希ちゃんの目がよりキマってしまったような気が……。



「空澄お兄ちゃん、逃げたことはもう何も言わない!! お船の中、紫希が案内してあげる!!」


「あ、う、うん、ありがとう」



 気にしたら負けだ。そう思っておこう。



「あすみん」


「あ、は、はい」


「今度のあーしの当番日。逃げ出した罰ゲームと今日のお礼、してもらうから♪」


「……はい」



 紫希ちゃんには聞こえないようにそう言って、ウィンクする橙華さん。


 その仕草に、俺は思わずドキッとしてしまった。



――――――――――――――――――――――

あとがき

投稿時間を朝七時に変更します。

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